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連載「つたえること・つたわるもの」(92)

ブラック・ライヴズ・マター、免疫バリア。2つの〈共生〉。

連載 2020-06-23

 2つ目の〈共生〉は、新型コロナ禍から逃れるための超清潔化習慣、過剰な〈殺菌・滅菌・除菌〉で共生菌(皮膚常在菌)を排除した結果、皮膚を病原体の侵入から守っていた〈免疫バリア〉の破壊リスクだ。藤田さんが3年前に上梓した『手を洗いすぎてはいけない――超清潔志向が人類を滅ぼす』(光文社新書、2017年)のタイトルは、今回の新型コロナ禍対策の王道に待ったをかけた形だが、藤田さんの主張は前々回のコラム「ウィズ・コロナで生きる、ミトコンドリア・腸内細菌との共生」の大きな流れと一致する。

 少し長い引用になるが、さきの「清潔でキレイ・臭くてキタナイ」を考える手がかりにもなると思う。

 人間の皮膚には、表皮ブドウ球菌や黄色ブドウ球菌をはじめとする約一〇種類以上の「皮膚常在菌」という細菌がいて、私たちの皮膚を守ってくれています。彼らは私たちの健康において、非常に重要な役目を担っています。皮膚常在菌は皮膚から出る脂肪をエサにして、脂肪酸の皮脂膜をつくり出してくれているのです。この皮脂膜は、弱酸性です。病原体のほとんどは、酸性の場所で生きることができません。つまり、常在菌がつくり出す弱酸性の脂肪酸は、病原体が付着するのを防ぐバリアとして働いているのです。
 皮膚を覆う弱酸性のバリアは、感染症から体を守る第一の砦です。これがしっかり築かれていれば、病原体が手指に付着することをそれだけで防げるのです。
 では、石けんで手洗いをするとどうなるでしょうか。石けんを使うと、一回の手洗いで、皮膚常在菌の約九〇パーセントが洗い流されると報告されています。ただし、一割ほどの常在菌が残っていれば、彼らが再び増殖し、一二時間後にはもとの状態にもどることもわかっています。したがって、一日一回、お風呂に入って体をふつうに洗う、という程度であれば、弱酸性のバリアを失わずにすみます。
 しかし、昔ながらの固形石けんでさえ、常在菌の約九割を洗い流してしまう力があるのです。薬用石けんやハンドソープ、ボディソープなどに宣伝されているほどの殺菌効果が本当にあるのだとしたら、そうしたもので前述の手洗い法のように細部まで二回も洗い、アルコール消毒などしてしまえば、さらに多くの常在菌が排除されることになります。しかもそれを数時間おきに行ってしまうと、どうなるかわかりますか。わずかながら残されている常在菌が復活する時間さえ奪ってしまうことになるのです。
(中略)
 脂肪酸のバリアを失って中性になった皮膚には、外からの病原体が手に付着しやすくなります。こうなると、手指から口に病原体が運ばれやすくなります。洗いすぎると皮膚は感染症を引き起こしやすい、「キタナイ」状態になってしまう、というのはこういうことだったのです。
(『手を洗いすぎてはいけない――超清潔志向が人類を滅ぼす』36~37ページ)

 日本では昔から、清潔といえば〈白(ブライト)〉、不潔といえば〈黒(ダーク)〉をイメージしていた。正義の味方は〈白〉で清廉潔白、悪者の親分は〈黒〉で腹黒いなどという。しかし、日本語には両義性があって、「白々しい(嘘であったり、本心でなかったりすることが見え透いているさま)」や「素人(しろうと:初心者)」、「みどりの黒髪(黒く艶のある女性の美しい髪)」や「玄人(くろうと:熟練者)」ともいう。

 私たちは、これまでの「清潔でキレイ」&「臭くてキタナイ」という一面的な思考をやめて、たとえば、手指の過剰なアルコール除菌が「清潔だがキタナイ」状態をもたらす〈免疫バリア〉破壊リスクを疑ってみたり、消化管の大便に棲む腸内常在菌が「臭くてキレイ」な効果をもたらす食習慣を推進するなど、ガイア(地球生命共同体)を構成するヒトと微生物との〈共生〉に感謝しながら生きていきたいものである。

 ジェームズ・ラブロックが「ガイア仮説」の中で訴えた〈自己治癒力〉とは、地球上に存在するすべての生物・無生物が相互に関わり合い助け合いながら〈共生〉する、ガイアの大きな生命の流れのことである。

【プロフィール】
 原山 建郎(はらやま たつろう)
 出版ジャーナリスト・武蔵野大学仏教文化研究所研究員・日本東方医学会学術委員

 1946年長野県生まれ。1968年早稲田大学第一商学部卒業後、㈱主婦の友社入社。『主婦の友』、『アイ』、『わたしの健康』等の雑誌記者としてキャリアを積み、1984~1990年まで『わたしの健康』(現在は『健康』)編集長。1996~1999年まで取締役(編集・制作担当)。2003年よりフリー・ジャーナリストとして、本格的な執筆・講演および出版プロデュース活動に入る。

 2016年3月まで、武蔵野大学文学部非常勤講師、文教大学情報学部非常勤講師。専門分野はコミュニケーション論、和語でとらえる仏教的身体論など。

 おもな著書に『からだのメッセージを聴く』(集英社文庫・2001年)、『「米百俵」の精神(こころ)』(主婦の友社・2001年)、『身心やわらか健康法』(光文社カッパブックス・2002年)、『最新・最強のサプリメント大事典』(昭文社・2004年)などがある。

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