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連載「つたえること・つたわるもの」(84)

34年前、東大病院の「入院案内」が変わった。〈教育講演〉その2

連載 2020-02-25

①上意下達の命令口調を避けて、語りかける口調にする。
 ☆ポイント
 「面会は、必ず看護婦(※2001年以降は看護師)の許可を得てからにしてください。面会の方は病室内での飲食はできません」の命令口調では、患者を囚人のような心理に追い込む。「許可を得て」ではなく、「ご相談ください」「お申し出ください」のような、語りかけ口調がよい。

 改訂後は「ご面会の方は、看護婦にお申し出ください。ご面会の方の病室での飲食は、ご遠慮ください」となった。現在は、総合案内で面会カードの受付を済ませたあと、「ご面会の方は、フロアで看護師にお声掛けください」となっている。

②むずかしい漢字を減らし、やさしいひらがなを用いる。
 ☆ポイント
 「入院時は、きまり次第電話等にてご連絡します」などのように、漢字(漢字熟語)が多いと患者に威圧感を与える。堅苦しい文語調より、ひらがなの多い、語りかけ口調がよい。

 表紙タイトルは、改訂前の❶「入院案内」→❷改訂後「入院のご案内」⇒❸現在「入院のご案内」のように、ひらがなの多い「語りかけ口調」に変更されている。また、目次のタイトルも、【❶入院手続きについて→❷入院のために行うことは⇒❸入院のためにお願いしたいこと・入院のために行っていただくこと/❶入院時の携行品について→❷入院されるときの持ち物は⇒❸入院されるときの持ち物/❶給食について→❷お食事は⇒❸お食事/❶面会について→❷ご面会は⇒❸ご面会/❶入院中の心得→❷入院中のすごしかたは⇒❸入院中のすごしかた/❶入院料金の支払いについて→❷会計は⇒❸会計】のように、ひらがなの多い、語りかけ口調に変更された。

 参考までに、主要な大学病院のホームページ(2020年入院案内)から、「目次」タイトルを見てみよう。

○九州大学附属病院の入院案内 入院にあたってのご注意/入院する時の持ち物/食事について/面会について/病室での1日/入院費のお支払い

○大阪大学附属病院の入院案内 入院されるまでの手順/入院の持ち物/※目次に「食事」の項目なし/面会(お見舞い)について/病院のルール/入院費のお支払いについて

○京都大学附属病院の入院案内 入院の流れ/入院に必要なもの/食事について/お見舞いについて/入院生活について/診療費等のお支払いについて

○慶応義塾大学病院の入院案内 入院の準備/入院時にお持ちいただくもの/お食事/面会について/入院中の決まりごと/入院の費用について

○北海道大学附属病院の入院案内 入院の予約・入院の決定・入院当日の手続き/入院時の持ち物/お食事/面会時間/入院中の過ごし方、決まりなど/入院費のお支払い

③禁止口調をできるだけ避けて、やわらかい表現を心がける。
 ☆ポイント
 「患者の寝具は病院の物を使用することになっておりますので、個人の物は持ち込まないでください」などの禁止表現は、ただでさえ緊張している患者の不安を増幅する。「寝具は病院で用意します」でよい。

 改訂後は「布団やねまきは、病院でご用意します」という禁止表現はなくなり、「患者の寝具」は「布団やねまき」と具体的な言葉に書き換えられた。現在では、さらに「寝衣(パジャマ等)・タオル類(フェイスタオル、バスタオル)は、患者さんがご持参いただくか、〈入院セッ卜〉レンタル制度をご利用いただくこともできます」と、患者や家族による持参とレンタルの選択制(有料)に変更されている。

④冷たい感じの官庁用語を避けて、日常語を積極的に用いる。
 ☆ポイント
 「食事は、普通食、軟食、流動食、特別食に分かれており、医師の指示によって給食されます。自炊はできません」では、いかにも官僚的である。給食は「食事が用意されます」でよい。「特別食」はわかりにくい。

 改訂後は「医師の指示によって」が削られ、「給食」が「お食事」となり、「普通食、軟食、流動食、特別食」は「症状によっては特別なお食事」という表現に変更されて、「お食事は、すべて病院で用意いたします。症状によっては特別なお食事(流動食、糖尿病食、肝臓病食、腎臓病食、幼児食など)が用意されますので、食べものや飲みものを自宅からお持ちにならないでください」となった。

⑤入院患者の「孤独」や「不安」をやわらげる表現を工夫してほしい。
 ☆ポイント
 「病室の消灯は午後九時です」の一文は、もちろんその通りだが、患者が「孤独」と「不安」の闇に包まれる夜の時間は、夜勤の看護婦さんの存在だけが心の支えになる。

 生死をかけた三度の大手術と長い入院体験を通して、遠藤さんは「入院患者は消灯後の時間が孤独である。その孤独感を救ってくれるのは、看護婦さんだ」と述べていた。改定前の「病室の消灯は午後九時です」が、改定後は「どなたも睡眠を充分おとりになれるよう、消灯時間を二十一時に定めております。消灯の後ご用のときは、ナースコールをお使いください。看護婦はお返事しませんが、静かにベッドサイドに伺います」となり、現在では「どなたも睡眠を十分におとりになれるよう、消灯時間を21時に定めております。消灯後ご用のときは、ナースコールをお使いください。看護師がベッドサイドに伺います」となっている。

 現在の「入院のご案内」では削られている改訂版の「看護婦はお返事しませんが」のひと言は、患者の心に届く響きがあったと思う。

⑥新しい項目の追加、その1――「医学部附属病院としてのお願い」
 ☆ポイント
 終末期患者の採血検査を、「止めてほしい」と申し出たが、「ここは大学病院ですから」と断られたことへの疑問に、大学病院としてきちんと説明してほしい。

 改訂後には「大学附属病院では、医学および看護の学生・生徒の教育実習がおこなわれておりますので、ご協力いただくことがございます。実習は必ず指導医師・指導看護婦の監督下におこなわれます。よろしくお願いいたします」の一文が加わり、大学の医学部附属病院としての「教育・研究」という役割に理解を求めている。現在の入院案内には、この一文はないが、「入院のためにお願いしたいこと」の項目にある「患者さんの権利」には、「ご自身の意思で医療を選択することができます」と書かれている。

⑦新しい項目の追加、その2――「インフォームド・コンセント」
 ☆ポイント
 従来、患者の不安を募らせる「(病名の)宣告」という、医師による一方的な申し渡しから、新たに導入された「インフォームド・コンセント」(説明と同意)とは何か、医学知識のない患者にも理解できるように、わかりやすく説明してほしい。

 改訂後に「ご自分の病気のことについて、よく説明を受けましょう」という項目が新設され、その中に「医師や看護婦は診療についてのあなたのご要望をすすんでお聞きします。またご自分の病気のことについても充分の説明をうけてください」の一文が加わった。現在では「医師や看護師から、ご自分の病気や検査・治療について充分な説明を受けてください。病気についてのプライバシーを守るため、患者さんご自身以外に病気の説明を受ける方を、ご家族など信頼できる人の中からあらかじめ選んでおいてください」となっており、患者の家族への「配慮」が示されている。

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