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連載コラム「つたえること・つたわるもの」⑤

東アジアの留学生、おもざし・まなざし・こころざし。

連載 2016-11-29

出版ジャーナリスト 原山建郎

 先ごろ、武蔵野大学大学院言語文化研究科言語文化専攻ビジネス日本語コース「10周年記念シンポジウム」が、同大有明キャンパスで開催された。2006年春、東アジア(中国、台湾、韓国、モンゴル、マレーシアなど)の留学生を対象に、日本語によるビジネス・コミュニケーションに求められる高度な業務遂行能力習得と、国際間をつなぐブリッジ人材育成を目的に開設されたビジネス日本語コースは、日本と東アジアの国々で、あるいは彼らの母国で多彩な能力を発揮する多くのビジネス・パーソンを送り出してきた。

 私は2006年~2010年までの5年間、特定課題研究成果(修士論文レベルの研究発表)の原山ゼミを担当した。一期生は中国人四名と台湾人一名だったが、二~四期生には中国以外に、韓国、マレーシア、モンゴルからの留学生も学んでいた。一期生の女性陣のうち、二人はそれぞれ日本人男性と結婚して首都圏で暮らしているが、残る一人の消息はよくわからない。男性陣のうち、母国から妻を呼び寄せてコンビニ店オーナーになった一人はよく連絡をくれるが、もう一人は母国に帰って地元の大学で教員をしている。

 この日は、4名の修了生によるパネル・ディスカッションでの堂々たる発表に、私は目頭が熱くなった。

 創業100年を迎える化学品専門商社で営業職7年目の中国人男性のZさん、モンゴルで5年前に旅行会社を立ち上げたモンゴル人男性のSさん、6年前に母国に戻って地方公務員となった二児の母・中国人女性のCさん、3年前に就職した日本の大手菓子メーカーの広報室で活躍する中国人女性のLさん、4人は高度な日本語能力を駆使して、大学院での学びを現在の仕事にどのように生かしているかを語ってくれた。

 とくに、SさんとCさんの面差し(おもざし)、眼差し(まなざし)、志(こころざし)が素晴らしかった。

 モンゴル人のSさんは、大学の日本語学科卒業後、企業で日本語通訳をしていたが、2006年に朝日新聞奨学生として来日し、2008年春、ビジネス日本語コースに入学した。漢字圏からの留学生と違って、彼の苦手は「漢字」だった。そこで、中国人留学生や日本人学生との交流をはかり、漢字理解も含めた日本語能力を磨いたという。彼は「原山ゼミ」の2010年修了生だが、すでに大学院二年のとき、母国で旅行会社を立ち上げる決意を固め、帰国の翌年(2011年)、モンゴルで旅行会社を設立し取締役に就任。今年は日本人観光客のモンゴル誘致のために、妻と三人の子どもとともにしばらく日本で暮らすことにした。日本人社員の雇用も考えている。凛とした「おもざし」が素敵なSさんは、いま働き盛りの三十六歳である。

 Cさんは大学院修了後、進路選択の最優先順位に「親孝行」を置いて、故郷・福建省P市の行政機関「商務局」に入職した。中国の公務員試験はかなり難関だが、このときは大学院修士課程修了が役に立った。6年のキャリアを経て、現在では「副主任」の要職についている。彼女の担当は外国からの投資部門だが、公害を起こす恐れのある工場誘致ではなく、IT系米国企業からの投資促進に力を入れている。三十歳代半ば、これからの人生に熱い「まなざし」を向けるSさんは、孔子(『論語』)から「三十而立、四十而不惑」を引いて、仕事の上でも家庭生活でも「不惑」の四十歳をめざすと、力強い「こころざし」を語ってくれた。

 この発表を聴きながら、私は昔懐かしい文部省唱歌『故郷(ふるさと)』の一節(三番)を心の中で口ずさんでいた。

「志(こころざし)を はたして/いつの日にか 帰らん/山は青き 故郷/水は清き 故郷」

 東アジアの留学生は総じてつましい学生生活を過ごしていた。2006年暮れの忘年会は一人2000円の会費だったので、ビールなど飲み物代は教員たちがカンパした。留学中の学費や生活費のために、昼間のアルバイト+コンビニの夜勤かけもちで疲労困憊、肝心のゼミで居眠りする学生もいた。アルバイト収入から、母国の両親への仕送り、パソコン機器を買いそろえると残りはわずかだが、心の財布の中身は豊かである。

 2009年ゼミレポートに、母国で日本語教育者になる夢を持つHさんの「こころざし」が記されている。

 日本語教育に対する強烈な熱情をもちながら、これから日本語教育への道を踏もうときめました。正しい選択かどうかは分かりませんが。(原山)先生がわれわれに贈ってくださったメッセージ「March winds and April showers bring forth May flowers(三月の風と四月の雨は、五月の花を咲かせる)」のように、これから地道に自分の好きな日本語教育学を研究しようと考えています。

 凛とした「おもざし」、熱い「まなざし」から伝わる、力強い「こころざし」に、大きな拍手を贈ろう。

【プロフィール】
 原山 建郎(はらやま たつろう) 
 出版ジャーナリスト・武蔵野大学仏教文化研究所研究員・日本東方医学会学術委員

 1946年長野県生まれ。1968年早稲田大学第一商学部卒業後、㈱主婦の友社入社。『主婦の友』、『アイ』、『わたしの健康』等の雑誌記者としてキャリアを積み、1984~1990年まで『わたしの健康』(現在は『健康』)編集長。1996~1999年まで取締役(編集・制作担当)。2003年よりフリー・ジャーナリストとして、本格的な執筆・講演および出版プロデュース活動に入る。

 2016年3月まで、武蔵野大学文学部非常勤講師、文教大学情報学部非常勤講師。専門分野はコミュニケーション論、和語でとらえる仏教的身体論など。

 
 おもな著書に『からだのメッセージを聴く』(集英社文庫・2001年)、『「米百俵」の精神(こころ)』(主婦の友社・2001年)、『身心やわらか健康法』(光文社カッパブックス・2002年)、『最新・最強のサプリメント大事典』(昭文社・2004年)などがある。

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