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連載「つたえること・つたわるもの」(63)

『万葉集』巻五序(題詞)←『文選』巻十五(歸田賦)。漢字の言霊。

連載 2019-04-09

出版ジャーナリスト 原山建郎

 新元号「令和」が発表された4月1日、安倍晋三首相は午後の記者会見で、「歴史上初めて国書を典拠とする元号を決定した」と満面の笑顔で大見得を切った。首相談話のポイント部分を再録してみよう。

『令和』というのは、いままで中国の漢籍を典拠としたものと違ってですね、自然のひとつの情景が目に浮かびますね。厳しい寒さを越えて花を咲かせた梅の花の状況。それがいままでと違う。そして、その花がそれぞれ咲き誇っていくという印象を受けまして、私としては大変、新鮮で何か明るい時代につながるようなそういう印象を受けました。

 その出典とされた『万葉集』巻五にある題詞(前書き)「梅花歌卅二首并序」は、れっきとした漢文(中国語=漢語)である。これを書き下し文(邦文)にすると「梅花の歌三十二首并(あは)せて序」となる。新元号の典拠とされた引用文(漢文)、書き下し文(旧漢字・旧仮名遣による邦文)は次の通りである。

于時初春令月 氣淑風和梅披鏡前之粉 蘭薫珮後之香
 初春(しよしゆん)の令月(れいげつ)にして 氣(き)淑(よ)く風(かぜ)和(※やはら)ぎ 梅(うめ)は鏡前(※きやうぜん)の粉(こ)を披(ひら)き 蘭(らん)は珮後(はいご)の香(※かう)を薫(※くゆ)らす

 ところが、首相官邸のホームページに掲載された書き下し文は、【和(やわら→やはら)ぎ、鏡前(きょうぜん→きやうぜん)、香(こう→かう)】など、旧仮名遣ではない「現代仮名遣」で書かれている。原文の「氣」を「気(常用漢字)」としている。また、「薫(かお)らす」と訓読しているが、香(かをり)は「薫(くゆ)らす」のほうが似つかわしい。国書(漢籍・仏典・洋書などに対して、日本で著述された書物。和書)を典拠とするというならば、もっと万葉集へのリスペクトがあって然るべきではないか。これはすなわち、高校時代の「古文」の授業で習った「春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎ~」という『枕草子』の冒頭を、「春はあけぼの。ようよう白くなりゆく山ぎ~」と書くようなものである。

 万葉集は七世紀から八世紀にかけて編まれた日本最古の歌集だが、五世紀ごろ朝鮮半島(百済)を経由して伝えられた「漢字」の音韻(発音)を借り(仮借)て、日本語(やまとことば、和語)の語順に「漢字」の音韻をあてた万葉仮名で書かれた、四千五百四首あまりの和歌(短歌、長歌、旋頭歌)が収められている。やまとことば(和語)で書かれた和歌の前書き(序)は「詞書(ことばがき)」というが、漢文で書かれた万葉集の和歌の前書きは「題詞(だいし)」という。狭義の意味で「国書」をとらえるならば、漢文で書かれた題詞は「漢籍(中国人によって書かれた漢文形態の書物)」、和語(やまとことば)で詠われた和歌が国書(国文)ということになる。しかし、万葉集の題詞は「日本人によって書かれた漢文形態の文章」であることに注目すれば、広義の意味で漢文である題詞も「国書」と呼べるものだといえるだろう。

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