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連載「つたえること・つたわるもの」(53)

臭いものに蓋をする、触らぬ神に祟りなし、見て見ぬふり。

連載 2018-11-27

出版ジャーナリスト 原山建郎

「臭いものに蓋をする」という言葉がある。

 もう十年も前の話だが、私が某大学の非常勤講師に採用され、まずは「非常勤講師研修会」に出席するよう命ぜられた。ほかの大学で非常勤講師に採用されたときには、「非常勤講師の心得」がPDFで送られてくる程度で、まるで新入社員教育みたいな「○○研修会」などはいっさい受けたことがなかった。

 渋々出席した研修会の冒頭、「セクハラ防止委員会」の委員長から、「女子学生の顔をジロジロ見ないように」とキツーイお達しがあった。真面目を絵に描いたような女性の委員長は、「最寄駅からバス通学のときに、男性教員から顔をジロジロ見られたという女子学生の訴えが何件かあった。これはセクハラです。教員の方はそういう(いやらしい目つき?)つもりではなかったとしても、その女子学生がセクハラだと感じた時点で、立派なセクハラとなります。とくに男性の非常勤講師の皆さんは、バスの車内で女子学生の顔をジロジロ見ないようにしてください」と、私たち男性教員に警告を発したのである。

 これは、男性教員にキツーク対処することで、「大学としては研修会を開いて、説明しましたよ。ちゃんと責任を果たしました」という実績を示す狙いがあったのだろうか?

 おそらくその大学では、バス通学中の女子学生の何人かが「男性教員に顔をジロジロ見られた」という被害届を出したので、とくに新任の男性非常勤講師への「セクハラ防止」教育を行ったものだろう。いやらしい目つきで女子学生を見るなどの破廉恥行為は、もちろん、論外だが、「セクハラ」であるかどうかの判断は女子学生にすべて委ねられ、被害届を突き付けられた男性教員は即レッドカード、一発退場となる。

 私はバス通勤の間、しかたがないので、文庫本を読むか、車窓を流れる風景に目をやるようにしていた。授業中に机の下で隠れスマホをする男子学生は一喝するが、女子学生の場合はなるべく顔を見ないで注意するようにしていた――というのは半分冗談だが、あの「研修会」を受けたあとは、教員である私と学生たちとの間に、ある意味での「溝」というか、見えない「隙間」ができていたように思う。

 もう一つ、「触らぬ神に祟りなし」という言葉もある。

 たとえば、企業研修でやっている「セクハラ防止」講座がそれである。建前としては「電車内での痴漢行為を未然に防止するため」に、しかし本音としては「痴漢行為の嫌疑をかけられないため」に、男性社員は混雑した車内では「両手を挙げた」状態を保つべしという「自衛策」に出たのである。近年、電車内の痴漢容疑で訴えられ、裁判では「無罪」となるケースがいくつか見られる。もちろん、痴漢は破廉恥な犯罪であり、到底許されるべきではないが、こうした冤罪事件があるということも忘れてはならない。

 だから、企業は裁判で冤罪を争うよりは、バンザイ(両手を挙げる)作戦をとることにしたのである。

 三つめに、「見て見ぬふり」という言葉がある。

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