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連載「つたえること・つたわるもの」(43)

「締め切り(納期)」のお願い、「締め切り(収穫)」というゴール。

連載 2018-06-27

 また、小説の挿絵は画家の小磯良平さんだが、こちらもアトリエは披露山(逗子)と御影(神戸)の二カ所だった。ということは、『いずこより』の原稿を東京でもらったら、生原稿のコピーと挿絵の割付を逗子に持参するか、神戸まで日帰りで届ける。『いずこより』の原稿を京都でもらったら、いったん東京に帰り、生原稿のコピーと挿絵の割付を神戸に届けてから東京にもどる。ときには逗子のアトリエにいる小磯さんに届ける――毎月、新幹線での往復となるが、万が一、紛失や盗まれることのないように、カバンの中に入れた原稿(原稿用紙、挿絵)はトイレに立つときも肌身離さず、もちろん網棚に載せたりしない。

 漫画家の荻原賢次さんには、「家庭川柳(指導・川上三太郎)」の挿絵(漫画)をお願いした。しかし、一枚の漫画をもらうのに、毎月、必ず「泊り」があった。西荻窪にあった萩原さんの自宅には、編集者用の「泊り」部屋があって、夕刻に訪れると、奥さまに「こちらへどうぞ」と案内される。天丼かかつ丼の夕食をいただき、音を消してテレビを見たり、持参した本を読む。早めに布団に入る。翌朝は4時ごろ起きて、布団をたたみ、洗面をすませ、そのときを待つ。午前五時きっかり、荻原さんから渡された挿絵をカバンに入れて、早朝の中央線緩行電車でお茶の水の主婦の友社に向かう。この日はつまり徹夜勤務あつかいなので、13時間の残業代がつく。冬など、からだは疲れて冷えていても、ふところはそれなりに温かい。

 たとえば、作家に執筆のお願いをする編集者の立場から言えば、校閲・校正、入稿、挿絵依頼、印刷に間に合わせるためのデッドラインが「締め切り(納期)」であるが、もうひとつ見方を変えてみると、原稿を完成(脱稿)するための「締め切り(収穫)」は、毎月のゴールラインの役目を果たしているのだ。

 22歳で雑誌の原稿を書き始め、50年後の現在も毎月3回の締め切り(本コラム2回+月刊誌1回)に追われる(←現状)、あるいは追いかける(←願望)私にとって、「締め切りがないと、書かない(書けない)」、あるいは「締め切りがあるから、書く(書ける)」ということに、日々感謝しながら書き続けている。

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