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連載「つたえること・つたわるもの」(43)

「締め切り(納期)」のお願い、「締め切り(収穫)」というゴール。

連載 2018-06-27

 駆け出し記者のミッションには、作家や画家の「原稿取り(小説・エッセイ・挿絵受領)」があった。

 のちに出家して瀬戸内寂聴尼となる前(1973年)、まだ長い髪だった瀬戸内晴美さんの自伝小説、『いずこより』の原稿取りを命ぜられた。そのころは、瀬戸内さんの仕事場が、目白台(東京)のマンションと丸太町御池(京都)にあった。締め切り日が近くなると、「お原稿のほうはいがかでしょうか?」と電話を入れると、「○○日に来てちょうだい」とギリギリの日を指定される。たとえば京都のときは新幹線でお昼前に丸太町御池の仕事場にうかがう。たいてい「まだできていないの。タクシーで好きなところに遊びに行ってきて」と言われるので、洛北の大原三千院、鞍馬寺あたりまで足を延ばす(タクシー代は瀬戸内さん持ち)。夕方、戻ってくると、「まだできてないの。しゃぶしゃぶの店(瀬戸内さん持ち)を予約したから、食べていらっしゃい。今晩はどこかホテルに泊まって(主婦の友社負担)、明日の朝五時にとりにきてちょうだい」と言われ、翌朝、五時にうかがう。

 薄明りのともる玄関の衝立の陰から、原稿用紙を握った手がにゅっと出る。ざんばらになった長い髪を他人に見せたくない、という思いがこもった手である。原稿用紙をいただいて、ゆっくり読む。前号の内容と矛盾はないか、読めない字はないか、いわゆる閲読である。「ありがとうございました」と御礼を申し上げ、すぐさまタクシーを飛ばして京都駅へ。朝一番の新幹線に乗って、東京までとんぼ返り。

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