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連載「つたえること・つたわるもの」(39)

原爆死没者慰霊碑、国連憲章前文、二つのwe(われわれ/われら)。

連載 2018-04-24

出版ジャーナリスト 原山建郎

 先月訪れた広島平和記念資料館(原爆資料館)に、2016年の公開以来、ロングランを続ける長編アニメ映画『この世界の片隅に』(監督・片渕須直、原作・こうの史代)に描かれた被爆の惨状が展示されていた。原爆投下直後、4000℃の熱線(※太陽の表面温度は5700℃)で焼けただれた皮膚、着物の柄が黒く焼きついた被爆者の背中、丸焦げの市内電車、電柱に熱転写されたヤツデの影などの写真や展示物の数々は、73年前の広島で、8月6日8時15分に起こった、おそろしい出来事を、まざまざと思い起こさせるものだった。

 一階の企画展示室正面に、同資料館HPで見たことのある「伸ちゃんの三輪車」が展示されていた。

 その日、自宅前で遊んでいた3歳11か月の伸ちゃん(銕谷伸一君)は、三輪車に乗ったまま被爆し、全身にやけどを負ってその晩亡くなった。父親の信夫さんは、原爆で焼かれた体をもう一度火葬にするのはかわいそうだと考えて、その日、一緒に遊んでいた隣の女の子(きみちゃん)の亡骸を伸ちゃんと手をつながせて、死んでからも遊べるようにと、黒焦げになった三輪車も一緒に自宅に庭に埋葬した。そして、被爆から40年後の1985年、父親は伸ちゃんをお墓に収めるため、遺骨と三輪車、鉄カブトを掘り出した。このときの、錆びだらけの三輪車と鉄カブトが、銕谷信夫さんから広島平和記念資料館に寄贈されたという。

 1996年、「負の」世界遺産として登録された原爆ドーム(広島平和記念碑)を正面に望む、アーチ形の原爆死没者慰霊碑(広島平和都市記念碑)の前で、私は静かに手を合わせた。

「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」という碑文は、自らも被爆した英文学者で広島大学教授・雑賀忠義さんが、昭和24(1949)年、当時の広島市長から要請を受けて撰文、揮毫したものである。公式訳(広島市)は Let all the souls here rest in peace, for we shall not repeat the evil. だが、文中のwe(われわれ)は原爆を投下したアメリカを指すのか、連合国(united nations)と戦って負けた日本(単独)を指すのか、あるいは「われわれ=人類」を指すのか、we(主語)をめぐる論争はいまも絶えない。

 ところで、8年前(2010年)、雑賀さんが書いた和紙と3枚の色紙に碑文の原文、二種類の英訳が発見された。色紙の英訳は公式訳と同じもの、和紙には英訳後半が、for to repeat the fault we shall ceaseと書かれていた。原山流の直訳では「過ちの繰り返し(戦争の手段としての原爆の投下)を、我々は終わらせなければならない」となる。ここで気になるのが、公式英訳が「(責任を伴う)過ち」を意味する faultでなく、「悪(邪悪)」のevilを用いたことだ。これらは、日本がサンフランシスコ講和条約に署名する昭和26(1951)年の2年前に作成された英文案であったことから、あくまでもこれは私見であるが、アメリカの過ち(原爆投下の責任)への言及を避け、当時まだ占領下にあった日本流の「忖度」だったかもしれない。

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