連載「つたえること・つたわるもの」(38)
自分が考える「わたし」らしさ、相手が感じる「あいつ」らしさ
連載 2018-04-10
「キャリア形成基礎」の授業では、神戸女学院大学名誉教授の内田樹さんの著書、『街場のメディア論』(光文社新書、2010年)から、「仕事が能力を要求する」という、見事なまでに明快な一文を紹介した。
勤め始めてすぐに仕事を辞める人が口にする理由というのは、「仕事が私の適性に合っていない」「私の能力や個性がここでは発揮できない」「私の努力が正当に評価されない」、だいたいそういうことです。僕はこの考え方そのものが間違っていると思います。仕事っていうのはそういうものじゃないからです。みなさんの中にもともと備わっている適性とか潜在能力があって、それにジャストフィットする職業を探す、という順番ではないんです。そうではなくて、まず仕事をする。仕事をしているうちに、自分の中にどんな適性や潜在能力があったのかが、だんだんわかってくる。そういうことの順序なんです。
(『街場のメディア論』17ページ)
ここで、あえて前言をひるがえすようだが、相手(くだんの上司)が感じた「あいつ(原山)」らしさが、そのとき自分が考えた「わたし」らしさを、真面目に生きた結果としてあらわれたのだから、出版社時代にA・B・Cの窓から覗いた(覗かれた?)56歳までの「わたし」は、その後70歳の定年まで大学教員という未知の自己(Dの窓)を生きることになった。さらに、72歳を迎えたこの2月、第35回日本東方医学会の大会長(会頭)を無事務めることができた。文教大学ではことし30コマの生涯学習講座を受け持つ。出版社勤務、大学の教員、生涯学習講座、これらすべてが、ときどきのライフワークという「天職」なのだ。
内田さんは同書で、「その能力が必要とされたときにはじめて潜在能力は発動する」と述べている。
なるほど、A・B・Cの窓から覗いた「わたし」らしさをいったん自己否定すると、それまではDの窓から覗いても見えなかった、未知の「わたし」らしさが瞬時に発動し、「天職」が向こうからやってくる。
……なんて、偉そうなことを書きながら、『悪魔の辞典』(アンブローズ・ビアス著、西川正身訳、岩波書店、1983年)をめくったら、「天職」ならぬ「天啓」という言葉が目に入った。自省、反省、猛省しきり。
★天啓(revelation) 自分は愚か者であると、人生の黄昏時になって発見すること。
【プロフィール】
原山 建郎(はらやま たつろう)
出版ジャーナリスト・武蔵野大学仏教文化研究所研究員・日本東方医学会学術委員
1946年長野県生まれ。1968年早稲田大学第一商学部卒業後、㈱主婦の友社入社。『主婦の友』、『アイ』、『わたしの健康』等の雑誌記者としてキャリアを積み、1984~1990年まで『わたしの健康』(現在は『健康』)編集長。1996~1999年まで取締役(編集・制作担当)。2003年よりフリー・ジャーナリストとして、本格的な執筆・講演および出版プロデュース活動に入る。
2016年3月まで、武蔵野大学文学部非常勤講師、文教大学情報学部非常勤講師。専門分野はコミュニケーション論、和語でとらえる仏教的身体論など。
おもな著書に『からだのメッセージを聴く』(集英社文庫・2001年)、『「米百俵」の精神(こころ)』(主婦の友社・2001年)、『身心やわらか健康法』(光文社カッパブックス・2002年)、『最新・最強のサプリメント大事典』(昭文社・2004年)などがある。
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