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連載「つたえること・つたわるもの」(37)

気持よく挨拶を交わす、贈与と返礼、よきパッサーでありたい

連載 2018-03-27

 贈り物というのは、それ自体に価値があることが自明であるようなものではないのです。それは、受け取った側が自力で価値を補填しないと贈り物にならない。挨拶を送った側が返礼がないと傷つくこともそれで説明ができます。挨拶を返さない人は「あなたが発した空気の振動には何の価値もない」という判定を下した。私たちはそのことに傷つくのです。 (「『贈り物』としてのノブレス・オブリージュ」)

 『ひとりでは生きられないのも芸のうち』(内田樹著、文春文庫、2011年)の「文庫本のためのあとがき」には、【「贈与」というのは「コンテンツ」の問題ではなく、「構え」の問題だということ、程度の問題ではなく、原理の問題だということ】と書かれている。この「構え」とは、相手との「ほどよい間合い(関係性)のとり方」であり、前々回のコラムでとり上げた【②「場(間合い)」を作る〈ちから〉。】とも通じる。

 予祝に対しては予祝を以て応じなければならない。「おはようございます」に対しては「おはようございます」と返礼することが義務づけられている(この義務を怠るものにはきびしい社会的制裁が待ち受けています)。それと同じように、「あなたなしでは生きてゆくことができません。あなたの末永い健康と幸福を私は切に願います」という予祝の言葉に対しても、それと同文の言葉を返すことが人類学的には義務づけられています。(中略)私たちは自分が欲するものを他人にまず贈ることによってしか手に入れることができない。それが人間が人間的であるためのルールです。今に始まったことではありません。人類の黎明期に、人類の始祖が「人間性」を基礎づけたそのときに決められたルールです。
(「文庫本のためのあとがき」)

 なるほど、「おはよう(ございます)」「こんにちは」「こんばんは」「さようなら」という予祝の挨拶(ファーストサーブ=贈与)に対しては、同じ予祝の挨拶(リターン=贈与への返礼≒感謝)をそのまま返す、そのことで初めて「贈与と返礼」のサイクルが完結する。つまり、挨拶(予祝のファーストサーブ)を受ける側は、つねに「贈与への返礼≒感謝」のリターンを着実に返す「構え」(心構え・気構え・身構え)が必要だ。内田さんは、この「贈与と返礼」のサイクルを、ボールゲームにおけるパスにたとえて説明している。

 それはボールゲームで「受け取ったボールをワンタッチで予想外の多彩なコースにパスするファンタスティックなプレイヤー」のところにボールが集まるのと同じ原理です。受け取ったボールを決して手離さないプレイヤー、受け取ったボールをつねに同じコースにしかパスしないプレイヤーにはそのうち誰もパスしなくなる。僕たちの時代がしだいに貧しくなっているのは、システムの不調や資源の枯渇ゆえではなく、僕たちひとりひとりが「よきパッサー」である努力を怠ってきたからではないかと僕は考えています。僕たちは人間の社会はどこでも贈与と返礼のサイクルの上に構築されているという原理的なことを忘れかけていた。だから、それをもう一度思い出す必要がある。僕はそう思います。
(「文庫本のためのあとがき」)

 日ごろ、私たちは「挨拶」を難しく考えすぎているのかもしれない。そうか、気持ちよく挨拶を交わすことは、「贈与」と「返礼」という、予祝のパス回しだったのか。お互いに、「今日も元気にがんばりましょう」というエールの交換だったのか。感謝のアドバンス(前払い金)には、もちろん気前よさが求められる。

 しかし、油断は禁物! 『悪魔の辞典』(アンブローズ・ビアス著、西川正身訳、岩波書店、1983年)で「感謝」という言葉を引くと、こんな警句が載っていた。おのおの方、くれぐれもご用心召されよ。

★感謝の念(gratitude) すでに受けた恩恵と、これから期待する恩恵との中間に位置する感情。

【プロフィール】
 原山 建郎(はらやま たつろう) 
 出版ジャーナリスト・武蔵野大学仏教文化研究所研究員・日本東方医学会学術委員

 1946年長野県生まれ。1968年早稲田大学第一商学部卒業後、㈱主婦の友社入社。『主婦の友』、『アイ』、『わたしの健康』等の雑誌記者としてキャリアを積み、1984~1990年まで『わたしの健康』(現在は『健康』)編集長。1996~1999年まで取締役(編集・制作担当)。2003年よりフリー・ジャーナリストとして、本格的な執筆・講演および出版プロデュース活動に入る。

 2016年3月まで、武蔵野大学文学部非常勤講師、文教大学情報学部非常勤講師。専門分野はコミュニケーション論、和語でとらえる仏教的身体論など。

 おもな著書に『からだのメッセージを聴く』(集英社文庫・2001年)、『「米百俵」の精神(こころ)』(主婦の友社・2001年)、『身心やわらか健康法』(光文社カッパブックス・2002年)、『最新・最強のサプリメント大事典』(昭文社・2004年)などがある。

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