連載「つたえること・つたわるもの」(109)
〈伝わりにくい〉を、わかりやすく〈伝える〉――その1
連載 2021-03-23
出版ジャーナリスト 原山建郎
昨年12月に掲載された本コラム№103では、診察時に「えらい、しんどい、こわい、きつい」などの不快症状を〈伝える〉患者のお国ことば(方言)が、医師や看護師になかなか〈伝わりにくい〉ことから、国立国語研究所特任助教・竹田晃子さんらがまとめた『東北方言オノマトペ方言集』を手がかりに、オノマトペ(擬声語・擬態語)表現を用いて訴える患者の症状を、診察にあたる医療者が正確に理解することの重要性について考えた。今回は、診察時に医師などが医学や医療の専門用語で〈伝える〉病気や症状の説明が、医学の知識にうとい患者にはなかなか〈伝わりにくい〉ケースについて考えてみたい。
この一年あまり、新型コロナウイルス関連のテレビ番組に出演し、感染防止対策を訴えた感染症や免疫学の専門家の説明の中にも、私たち一般市民に〈伝わりにくい〉専門用語がいくつか散見された。
たとえば、私たちはワクチン接種の「副反応」という言葉から、すぐに薬の「副作用」を連想しがちだが、それはまったく別の意味をもつ医療用語である。まず、「副作用」とは、医薬品を使用したときに起こる望ましくない働きや、有害な反応のことであり、治療目的にかなった有用な作用のことは「主作用(主反応)」という。もう一つの「副反応」とは、ワクチンの接種を受けた後に生じる(接種部位の)腫れや発赤・発熱・発疹など、免疫を附与すること以外の反応をいう。
ところで、41年前(1980年)、それまで女性誌(『主婦の友』『アイ』)の編集記者だった私は、突然、健康雑誌(『わたしの健康』)編集部に異動した。すでに12年の編集キャリア(『アイ』では副編集長)があったので、健康医療・医学関連の記事もすぐ書けると高をくくっていた私に、ベテラン編集長のKさんから「あなたは健康雑誌では新人記者ですから、東西医学の専門用語をわかりやすく説明してくれる医師や薬剤師の取材から始めてください」と言われた。そのときは「ムッ」としたのだが、脂質代謝症(血液中の悪玉コレステロールや中性脂肪が基準値より高くなってしまう状態)の専門医・中村治雄さんや、そのころ注目され始めた中医学(中国の伝統医学)の専門家で薬剤師の猪越恭也さんの取材では、専門的な内容を一般読者も理解できる解説だった。その後、いくつか医学の学会を取材する機会があったが、学術大会の口頭発表は発表時間がたいてい10分間(発表7分、質問3分)程度、しかも医学用語を駆使しての口頭発表で、「健康雑誌の新人記者」の私にはほとんど理解不能の内容だった。なるほど、「健康雑誌の記者には、医学・医療の専門家から取材したことを理解できる言葉に翻訳して、一般読者にも〈伝わる〉ように〈伝える〉力が求められる」というK編集長のアドバイスが、ストンと腑に落ちた瞬間だった。
このような〈伝わりにくい〉医療用語を、わかりやすく〈伝える〉ヒントは、2009(平成21)年、国立国語研究所「病院の言葉」委員会の【「病院の言葉」を分かりやすくする提案】の中に、「病院の言葉(医療用語)」が〈伝わらない〉原因(現状)⇒わかりやすく〈伝える〉工夫(対策)が示されている。
① 患者に言葉が知られていない。⇒日常語で言い換える:類型A
② 患者の理解が不確か(意味が分かっていない/知識が不十分/別の意味と混同〕。⇒明確に説明する:類型B〔B―(1) 正しい意味を/B―(2) もう一歩踏み込んで/B3―(3) 混同を避けて〕
③ 患者に心理的負担がある。⇒心理的負担を軽減する言葉遣いを工夫する。
たとえば、「日常語で言い換える:類型A」の中から、新型コロナワクチンの有効性や副反応などの説明に用いられる言葉である「エビデンス」を、患者にわかりやすく〈伝える〉ポイントを見てみよう。
☆「エビデンス」 まずこれだけは→「証拠」。この治療法がよいと言える「証拠」。/少しくわしく→ 「この治療法がよいといえる証拠です。薬や治療方法,検査方法など、医療の内容全般について、それがよいと判断できる証拠のことです」/時間をかけてじっくりと→「この治療法がよいといえる証拠です。医療の分野では、たくさんの患者に実際に使って試す調査研究をして、薬や治療方法がどれぐらい効き目があるかを確かめています。その調査研究によって、薬や治療方法,検査方法などがよいと判断できる証拠のことです」/言葉遣いのポイント→「エビデンス」の認知率は23.6%、理解率は8.5%であり(※このデータは2009年当時)、一般にはほとんど理解されない言葉であるので、患者に対しては使わないで説明する方がよい。「エビデンスがある薬」と言いたい場合は「よく効くことが研究によって確かめられている薬」,「エビデンスに基づく治療」は「研究の結果、これがよいと証明されている治療」など,文脈に応じて日常的な表現で言い換えるのがよい。※医療用語として用いられる「エビデンス」は、ほとんどがEBМ(エビデンス・ベイスト・メディスン=医学的根拠)のこと。「病気にかかった人に実際に使って効果が確かめられている医療です」と説明する。
次に、「正しい意味を:類型B―(1) 」の中から、「ウイルス」の説明を見てみよう。
☆「ウイルス」 まずこれだけは→細菌よりも小さく、電子顕微鏡でないと見えない病原体。/少しくわしく→「細菌より小さく、電子顕微鏡でないと見えない病原体です。抗生剤(抗菌薬)が効きません。/時間をかけてじっくりと→「病原体の一種で、細菌よりずっと小さく、電子顕微鏡でやっと見えるくらいです。細菌は自分で増えることができますが、ウイルスはほかの生物の中で増えて、病気を引き起こします。細菌には抗生剤(抗菌薬)が効きますが、ウイルスには効果がありません」/患者はここが知りたい→最近は抗ウイルス剤が開発されつつあるが,多くのウイルスは抗生剤が効かないことなどを説明すると、ではどうやってウイルスを退治すればよいのかという疑問が、患者にはわいてくる。人のからだに備わった免疫の力によって、ウイルスを退治していくことを、免疫の仕組みとともに分かりやすく説明することが効果的である。
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