PAGE TOP

連載「つたえること・つたわるもの」150

医師と鍼灸師が医療で連携する〈心あたたかで人間的な東方医学〉

タイヤ 2022-12-13

出版ジャーナリスト 原山建郎
 去る12月3日、東京・御茶ノ水ソラシティで、メインテーマに〈心あたたかで人間的な東方医学〉を掲げた第40回日本東方医学会が開催され、私も会員の一人として参加した。今回のコラムは、東方(東洋)医学の鍼灸治療と現代西洋医学とのコラボレーション、医師と鍼灸師の医療連携がトピック(話題)である。

 会頭を務めた吉祥寺中医クリニック院長・長瀬眞彦さんは会頭講演のなかで、「メインテーマに掲げた前半部分の〈心あたたかで〉は、肺結核で三度の大手術をされるなど、多くの〈病い〉とともに生き、当時の入院環境などの改善を訴えた作家・遠藤周作さんが、1982年に始められた〈心あたたかな医療〉キャンペーンからアイディアをいただいた。40年前の1982年と今年2022年を比較すると、入院環境や病院の対応はかなり改善してきているが、それでもなお、誰もが〈心あたたかな医療〉を受けたいと思うのではないか」と述べた。後半部分の〈人間的な東方医学〉については、長瀬さんが現代西洋医学に東方医学を併用するようになって学んだことのひとつに、日々の診察を通して「(※中国伝統医学の)陰陽学説で言われるように〈生〉と〈死〉とは対立する概念ではなく、それは連綿として〈ひとつ〉に繋がっているもの(※生死一如)である」と述べた。たとえば、誰にもいつかは必ず訪れる「死」に向ってどう生きるか、たとえば、病気と折り合いをつけて過ごす(※無病息災ではなく、一病息災)生き方もある、という視点が求められている。
 また、欧米など西方地域で確立した医学をルーツにもつ現代西洋医学(western medicine)、インドや中国など東方地域の伝統医学をもとに発展した東方医学(eastern medicine)、それぞれの診断・治療におけるアプローチの違いに、〈人間的な東方医学〉を考えるヒントがあるという。
 会頭講演の抄録(エッセンス)を一部紹介しながら、〈人間的な東方医学〉について考えてみたい。文中に出てくる医学用語には、(※)に簡単な補足説明を加えた。

たとえば、現代西洋医学で治療を行う際に、下記のようなスタンスを取りがちです。

1. 疾患をどのように治すか。
2. 疾病と診断し、治療薬を選択し投与する。
3. QOL
(※生活の質)改善のためには症状をなくそう。
これらのことは、すっきり治る病気であればよいのですが、我々
(医師)が診る多くの病気は残念ながらそうではない慢性疾患です。そして、85歳以上の高齢者における進行期のがんでは、積極的治療をしない傾向(肺がんで58%、胃がんで56%の人が積極的治療を選択しなかった)が高まっています。(国立がん研究センター2017年)。このような背景がある中で、東方医学的視点に立てば、次のようなスタンスに転換できます。

1.疾患を持つ人を支え、いかにエンパワー
(※励まし勇気づける)するか。
2.症状を兆候(サイン)と捉え、できるところから「調(ととの)えて」いく。改善に向かう対処
(※症状に合わせて適切な処置を行う)を増やし、増悪(※症状が悪化すること)に向かう対処を減らす。
3.全体的な健康度を上げる。未病
(※病気に向かう状態)のアプローチも含む。
ややもすると無機質に感じられるRCT
(※Randomized Controlled Trial:ランダム化比較試験。評価の偏りを避け、客観的に治療効果を評価することを目的とした研究試験の方法。効果の測定に用いる試験薬だけでなく偽薬を混入させたり、医師や患者に知らせない二重盲検法などがある)を基にしたガイドラインによる治療(もちろんそれも科学者として重要だとは思いますが)のみよりも、このような(※東方医学的)治療も提供できれば、(※治療を)受ける側も、(※診断・治療を)差し出す側も、その医療を「人間的」であると感じられるのではないでしょうか?
(第40回日本東方医学会「抄録集」9~10ページ)

 ここで重要なのは、現代西洋医学か東方医学かという「二者択一」の医療選択ではなく、日々の「診察・診断・治療」において、患者の症状、病態に応じて、双方のよさを活用する「東西医療連携」にある。
 現代西洋医学で治療にあたる医師の一部は、各種検査(血液・尿検査、レントゲン・CT・MRI検査、生体検査・細胞診断)データを盲信するあまり、患者の身体を見る・触れる(視診・打診・触診・聴診)ことなしに、パソコン画面に表示される検査値や画像で診断を下すことがある。また、東方医学的な治療を行う鍼灸師の場合でも、手首の脈を診る脈診、おなかを診る腹診、舌の色や状態を診る舌診を行って、患者の「証(診断)」を見極めた上で、鍼灸治療を行うのだが、さきにふれた西洋医学的な各種検査データや検査値別のリスク情報をもたないために、がんや難病(難治性疾患)など隠れた病気を見落としてしまうことがある。

 午後の部に行われたシンポジウム「医師・鍼灸師連携の発展と課題」では、パネリストの一人、赤羽峰明さん(乃木坂あか羽鍼灸院院長)が、(個人で開業している)地域鍼灸院の問題点(患者の不利益につながる事象)として、シンポジウム(基調講演)抄録に、次の3つを挙げている。
1.他の医療従事者とのディスコミュニケーション(※意思疎通のズレ)から起こる齟齬(※食い違い)。
2.(※現代西洋医学に関する)知識不足から起こる(※隠れている)疾患の見落とし。
3.治療家然とした
(※独善的な)態度から起こりやすい患者の抱え込み。
(第40回日本東方医学会「抄録集」21ページ)

 本来なら、現代西洋医学を修めた(医学部・薬学部・看護学部で学び、国家試験に合格した)医師・薬剤師・看護師が東方医学を学ぶこと、東方医学を修めた(専門学校で学び、国家試験に合格した)鍼灸師・あん摩マッサージ師が現代西洋医学を学ぶことが望ましいが、たとえば医学部で学ぶ6年間の専門教育内容、専門学校で学ぶ3年間(鍼灸大学は4年間)の専門教育内容を短期間で身につけるのは、並大抵のことではない。
 かつて健康雑誌の編集者だった30歳代半ば、私が取材でお世話になった歯科医(日本歯科東洋医学会の認定医)、松尾通さんに2本の奥歯(親不知)を麻酔注射ではなく、両手の合谷(ごうこく)とい経穴(ツボ)に鍼を打って痛みをコントロールする鍼麻酔で抜歯してもらったことがある。まったく無痛、鍼麻酔のすごい効き目に驚いた。まさに身をもって東方医学の効果を知った私は、2013~2014年にかけて、東京・新大久保にある東洋鍼灸専門学校の非常勤講師として、一般科目「社会学(いのちとからだの社会学)」と「コミュニケーション論(患者の接遇)」の授業をもった。看護師の国家資格を持つ学生は数名いたが、働きながら学ぶ社会人学生や脱サラの学生が多く、中には何人か60歳代の学生もいた。卒業の3年次後半に行われる国家試験に出題される「あ(あん摩マッサージ指圧師)・は(はり師)・き(灸師)」の授業・実技科目がとくに重要視され、何が何でも国試合格をめざす「予備校」という印象が強かった。

 1973年設立の「医師東洋医学研究所」を前身として1983年に発足した日本東方医学会は、現代西洋医学を修めた医師を対象に、湯液(漢方薬)・鍼灸セミナーや症例検討会を40年間、積み重ねてきた。40年といえば、遠藤さんが1982年に始めた「心あたたかな医療」キャンペーンも、ことしで40年目を迎えた。
 さらに、もうひとつ、医師と鍼灸師が同じ「一人の患者」を対象に、それぞれの立場で「診察・診断・治療」方法を検討する試みとして、日本東方医学会では、数年前から「医療連携鍼灸師」育成セミナーを行っている。正式名称は「医師・鍼灸師・薬剤師の地域連携(医鍼薬地域連携)」なのだが、当面は医師と鍼灸師の地域連携を先行させ、2019年から定期的に「医師と鍼灸師による症例検討会(カンファレンス)」を行っている。個人開業が圧倒的に多い鍼灸師にとって、東方医学(医療)に理解のある医師とのディスカッションやコラボレーションは、まさに「心あたたかな医療」を提供するのにふさわしいフィールドである。日本東方医学会のホームページには、鍼灸師への呼びかけ(心あたたかなアナウンス)が掲載されている。

 医療連携・多職種連携の教育を受けていない鍼灸師にとって、日々の臨床は閉ざされたものになりやすいです。そこで、医療連携を経験した鍼灸師が症例を報告し、医師の目を通じて検討することで、症例に対する新しい視点・現代医学的な診断やケアへの助言を得る機会を設けました。医師をはじめとし、コメディカル(※看護師、薬剤師、理学療法士など)も参加するこの会で、鍼灸師は、医療者同士のコミュニケーション・マナーを身につけ、臨床に役立てて欲しいと思います。ご興味のある方は、是非ご参加ください。
(日本東方医学会ホームページ「医師・鍼灸師・薬剤師の地域連携について」)

※上記の「地域医療連携」とは、地域の医療機関がそれぞれ持っている医療機能や専門性を活かして役割を分担し、医療機関同士が協力して連携を図りながら、個々の患者に適切な医療をその地域で提供すること。「多職種連携」とは、多職種(複数の職種)のメディカルスタッフ(医師、看護師、薬剤師、理学療法士などの医療専門職)が連携して、治療やケアに当たることで、チーム医療とも呼ばれている。

 やはりシンポジストの一人、三井記念病院総合内科・膠原病リウマチ内科医師、増田卓也さんは、「医師と鍼灸師がコラボする、より良い診療を目指して」と題するシンポジウム(基調講演)抄録の中で、「精密検査の結果でも原因不明の症状や、原因が判明した後も西洋医学で治療困難な症状の」患者に、鍼灸師の治療介入(※医療連携を行い、鍼灸治療を受けさせる)によって、症状のコントロールが達成された症例を数例経験したが、鍼灸師との医療連携が成立するためには、次のような「前提」が必要であると述べている。

1.医師側に東洋医学の素養がある、鍼灸に理解があり、その適応病態(※鍼灸治療が得意とする症状)の判別が可能であること。
2.平素より顔の見える、安心して治療を依頼できる鍼灸師が身近に存在すること。
3.患者への鍼灸治療の説明と同意
(※インフォームドコンセント)、特に期待される効能や有害事象(※鍼灸治療によるリスク)などを適切に説明し、治療の同意が得られること。
(第40回日本東方医学会「抄録集」24ページ)

 しかし、現実にはさまざまな問題が横たわっている。たとえば、医学部でも漢方薬教育のカリキュラムが導入され、東洋医学に関心のある医学生がある一定数存在するものの、鍼灸の教育カリキュラムはほとんどの医学部ではまだ導入されていない。鍼灸師の養成課程においても、医療機関での実習のチャンスはほぼ皆無である。したがって、鍼灸院を受診した患者に新たに別の症状が発生した場合、その症状に緊急性があるかどうか、西洋医学的精査・加療(※精密検査と新たな治療)が必要であるか、どのタイミングで鍼灸院から医療機関への受診紹介が好ましいかの判断が困難となるケースがある。それらの問題を解決するためには、医師と鍼灸師の教育・研修、医療機関と鍼灸院の連携体制の構築が求められる、と増田さんは指摘する。

1.医師への鍼灸の啓発活動や、医師のための鍼灸適応(※治療効果が期待できる症状)目安の明確化。
2.鍼灸師への西洋医学的観点での症候
(※心身に現れた病的な変化)からの診断学等のEducation(教育)の場の構築。
3.全国での、診断学や全人的医療(※ホリスティックメディシン)に精通した総合診療科を筆頭とした医療機関への鍼灸院からの精査依頼等を引き受ける体制づくり。
(第40回日本東方医学会「抄録集」24ページ)

 増田さんが所属する三井記念病院のホームページを検索すると、総合内科(≒総合診療科)の概要特色として「当科では、内科系疾患で症状あるいは検査異常があるものの適切な診断がついていない患者さんに対応しております。最もふさわしい内科系あるいは内科以外の専門科との密接な連携を取りながら、一人ひとりの患者さんに適した内科診療をすすめていきます」というコメントがあった。
 この「内科以外の専門科との密接な連携を取りながら、一人ひとりの患者さんに適した内科診療」を行う専門科の選択肢のひとつに、東方医学的治療である「鍼灸)」が加わることの意味は大きい。

 2019年、長瀬眞彦さんの母校である順天堂大学医学部・医学研究科に「学生のための東洋医学研究会」が誕生(2021年、部活動として正式認可)した。具体的な活動には、通年の定期勉強会、月1回のランチョンセミナー、週1回のヨガワークショップなどがある。そして、同研究会の発足当初からずっと講師を担当されているのが、東方医学を日々の診療に活かしている医師の長瀬眞彦さん、そして今回の学会でシンポジストを務めた鍼灸師で清明院院長の竹下有さんである。
 このように現代西洋医学を学ぶ医学生たちが、東方医学の診察・診断・治療理論、鍼灸治療の実技を学ぶ研究会の誕生は、先に紹介した東方医学会の「医師・鍼灸師・薬剤師の地域連携」の取り組みとともに、〈心あたたかで人間的な東方医学〉というゴールに向けて放たれた、とてもナイスなアプローチショットである。

人気連載

  • マーケット
  • ゴム業界の常識
  • とある市場の天然ゴム先物
  • つたえること・つたわるもの
  • ベルギー
  • 気になったので聞いてみた