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連載「つたえること・つたわるもの」142

「プロアクティブ」を支える、患者・看護師・医師の「互尊」。

連載 2022-08-09

出版ジャーナリスト 原山建郎

 肺結核で三度の大手術、糖尿病、肝臓病、腎臓病など、多くの「病い」とともに生きた作家、遠藤周作さんが1982年4月、讀賣新聞夕刊に寄稿したエッセイ『患者からのささやかな願い』から始まった「心あたたかな医療」キャンペーン、そして、同年6月、「病人の愚痴や嘆きを、じっと聞いてあげるボランティアになってくれる人はいませんか」という、遠藤さんの呼びかけに応えた6人の主婦によって発足した「遠藤ボランティアグループ」は、この3年ほどはコロナ禍で活動休止中ではあるが、ことしで41年目を迎えた。

 来年(2023年)は、遠藤さんの「生誕100年(1923年3月27日生まれ)」という節目の年を迎える。かつて健康雑誌で遠藤さんの「からだ番記者」であった私は、そしていま遠藤ボランティアグループの代表をつとめる私は、「心あたたかな医療」キャンペーンを始めた遠藤さんの思いを21世紀の医療現場に語り継ぐ「つとめ」があると考え、今月から『遠藤周作の遺言――心あたたかな病院がほしい――』(仮題)という原稿を書き始めた。これまで本コラムでもとり上げたいくつかのトピック(『患者からのささやかな願い』『日本の「良医」に訴える』ほか)に加えて、生前の遠藤さんと深いつながりのあった、何人かの医療者(医師、看護師、ソーシャルワーカーなど)の活動についてもふれるつもりである。

 1986年秋、お役所ことばが多かった「東大病院の入院案内」の内容が大きく変わった。そこには患者のプロである遠藤さんのアドバイスもあったのだが、その橋渡し役をつとめたのが、当時の看護部長だった小島通代さんである。遠藤さんが1982年に始めた「心あたたかな医療」キャンペーンに深い関心を寄せていた小島さんから私に、「入院案内改訂に、遠藤先生のアドバイスをお願いしたい」と相談があり、すぐ遠藤さんに電話すると、「天下の東大病院が変われば、全国の病院も変わるかもしれない」と、その場で快諾を得た。

 遠藤さんが挙げた改訂のポイントは、次の四つであった。
 ①上意下達の命令口調を避け、語りかけ口調にする。
 ②むずかしい漢字を少なく、ひらがなを多く用いる。
 ③禁止口調をできるだけ避け、やわらかい表現に。
 ④冷たい官庁用語を避けて、積極的に日常語を使う。

 新しい表紙のタイトルは「入院案内」から「入院のご案内」に変わった。たとえば、目次も「入院手続きについて」→「入院のためにおこなうことは」、「食事(基準給食)」→「お食事は」、「支払い」→「会計は」、「入院中お守りいただくこと」→「入院中のすごしかた」に変わった。さらに、「看護婦(看護師)は」「あなたを診察する医師は」「ご自分の病気のことについての説明は」などの項目も新たに加えられた。

 のちに東京大学大学院(医学系研究科健康科学・看護学専攻)教授となった小島さんは、1994~2000年まで毎年開催された「看護職の主体性に関するシンポジウム」で中心的な役割を担い、1993年3月29日付の『週刊医学界新聞』(医学書院発行の電子新聞)に、総括レポートとして『主体性から「互尊」へ』を寄稿している。シンポジウムで看護職の「主体性」をとり上げた理由の一つ目は、看護職に「主体性の発揮」が不足していることにある。(※以下、3箇所の青字表記は『週刊医学界新聞』からの引用)

 施設内医療の最小単位は、患者と医師と看護職との相互作用である。その相互作用の中で,看護職には、先に述べた3つの行動原理(※(1)健康の原理に基づき、(2)患者の立場に立ち、(3)心を通わせる行動原理に基づいて看護をすること)から医療を担うことが期待されている。それにもかかわらず、看護職は医師の指示に従って動くことに慣れすぎ、必要な範囲を超えていることに気づかない。その結果、本来期待されているはずの役割を果たしていないという面が多くみられる。

 例えば、看護職が健康の原理に基づくことに徹底していれば、必ずしも安静を必要としていない患者が、1日中ベッドにいるしか方法がないような病院の使い方、あるいは病院の設計にはならないはずである。

 看護職が患者の立場に立つことに徹底していれば、ベッドで寝ている患者に、職員の靴音が響くような病院にはならないはずである。

 そして、理由の二つ目は、看護職の「主体性」ということばの意味が、誤解されやすいことにある。

 医師の立場や考えを理解しないまま、医師をむやみに攻撃したり、看護から医師を排除して、それが主体性を発揮したことだと思っている看護職がいる。だとすれば、それは主体性の誤った理解である。誤った理解でことをなせば、看護は孤立して魅力がなくなり、やせ細っていくだろう。

 主体性を発揮するということは,相手を非難したりないがしろにすることではまったくない。相手の主張を理解し認めつつ、自らの主張を整理して相手にわかっていただくことなのである。(中略)

 患者と医師が、それぞれの主体性を発揮しやすいようにすることが、看護職の主体的な仕事なのである。すなわち、相手の持っているよい面、リソース(成果を得るのに役立つ状況、情報、考え方、人、もの、財源など)を発見して、尊重することだと言える。

 「主体性」を発揮するためには、患者・医師・看護職がお互いを理解し助け合う「互尊」が求められる。

 看護職に本来求められている主体性を、現在の医療現場で正しく発揮するためには,看護職は看護そのものの内容とともに、コミュニケーション技術を豊かにする必要があるだろう。熱心なあまり、医師と対立することが増えたために職場の雰囲気が暗くなってしまい、「これはおかしい」と自ら気づいてシンポジウムに参加したという前途有為な看護職がおられる。(中略)「主体性、主体性」と唱えるよりも、これからはむしろ、「互尊」をテーマにするほうがよいと考えるようになった。互尊とは、「互いに尊敬しあい、助け合って人間の値打ちを発揮し、幸福な世界を造るという精神」である。看護の場の基調は「互尊」なのである。

 遠藤さんが帰天(1996年9月29日)された翌年に上梓された『看護ジレンマ対応マニュアル』(代表 小島通代著、医学書院、1997年)では、看護師が医師と異なる判断をしているとき、自分の考えを生かすことができずに立ち往生することがある、小島さんはその状況を「看護ジレンマ」と定義し、その相反すると思う二つの状況から「1.どちらを選んでよいかわからない/2.選んだ一方がよかったかどうかわからない/3.選んだ一方が悪かったと思う/4.よくないと思う方を選ばなければなければならない/よいと思う方を選ぼうとしている」というようなことが、看護師と医師との間で起こっている場合の対処法が紹介されている。

 小島さんは、看護ジレンマ――患者にとっても、看護師にとっても、医師にとっても困った状況――を解決するために「交渉の考え方を取り入れる」ことを提案している。少し長い引用になるが、次に紹介する具体的な事例を見ながら、さきに引用した「相手の主張を理解し認めつつ、自らの主張を整理して相手にわかっていただく」という、看護職における「主体性」の意味について考えてみよう。

 1)事例
 ICUから病室に戻ってきてしばらくの間、食事が進まなかった患者が、ようやく「今日は食べてみよう」と言った。看護婦は(※当時の呼称。現在は看護師。以下同)この機会を生かしたいと、座位になるのを助け、食事をとる準備が整ったところに、医師が包帯交換にやってきた。医師は「外来、手術、その他で忙しい。時間はない。短い時間なのだからよいでしょう」と言い、包帯交換を行った。看護婦はなにも言えず、医師の包帯交換を補助した。患者は、包帯交換を終えた時には食欲を失い、再び食べようとはしなかった。
「これまで患者の食欲を促すように工夫してきて、ようやく今日、初めて食欲が出かけたのに、患者がかわいそうである。工夫が無駄になって残念だ」と看護婦は思った。


 2)事例を「交渉」の立場からとらえる
 この事例を、「交渉」という立場から解釈しなおしてみます。
 a.看護婦と医師の双方の要求はなにか
  ①「昼食をこのまま進める」:看護婦の要求

  ①’ 「今、包帯交換をする」:医師の要求
 b.双方の要求を実現する方法を、交渉の原理を借りて考える
  ●医師が突然現れて、看護婦にとって困った要求をしたので、看護婦は冷静さを失ってしまい、考えられなくなっていたかもしれない。こういうときは平常心に戻れるような方法が何かないか。例えば深呼吸を3回する。/●「医師の要求は理不尽だ」と看護婦が怒った表情をしては、できる交渉もできなくなる。にこやかにいこう。/●医師は熱心に診療・治療をしている。看護婦は医師の熱心さを認めているので、その気持ちを保って交渉を進めよう。/●医師は包帯交換をする必要がある。忙しいことも事実だ。/●「今しかない」と医師は言って、看護婦をやや脅している。看護婦は、患者が食事をするのは今しかないと思っている。脅しに負けない。/●医師の要求の優先順位は、1)包帯交換をする。2)今する、であろう。/●看護婦の優先順位は、1)今食事をする。2)包帯交換をする、だ。/●双方とも「患者の回復」という目的は一致している。


 c.看護婦の新しい対応
 以上のことを考えてから、医師に話した。
 看護婦:「先生もお忙しいですね……Nさん(患者)は、だんだん調子がよくなって喜んでおられます。
今日は気分がよくて、久しぶりにご自分から、食事しようとおっしゃいました。今日は、Nさんの好きなバナナが出ているんです……先生、30分お時間をいただけますか? Nさんにお食事をしていただいて、それから包帯交換をしていただけると、とてもありがたいのです……」

 医師:「30分、いいですよ。じゃ、12時半に来ますから、Nさん、お昼おいしそうだね」
(研究グループによるロールプレイより)

(『看護ジレンマ対応マニュアル』「交渉の考え方を取り入れる」52~54ページ)

 1996年3月のある日、東京大学の教授を退官されるタイミングで、小島さんからご連絡をいただいた私は、その最終講義を東京大学山上講堂で拝聴した。小島さんは最終講義のメインテーマである「看護におけるプロアクティブな考え方とその実行」の中で、患者や医師の言動に対しては、反射的な「リアクティブ(反応)」ではなく、適切な「プロアクティブ(看護職として適切に配慮・交渉・対応する)」の大切さを強調された。

 看護職の「プロアクティブ」を支える、患者・看護師・医師それぞれの「互尊(respect each other)」。

【プロフィール】
 原山 建郎(はらやま たつろう)
 出版ジャーナリスト・武蔵野大学仏教文化研究所研究員・日本東方医学会学術委員

 1946年長野県生まれ。1968年早稲田大学第一商学部卒業後、㈱主婦の友社入社。『主婦の友』、『アイ』、『わたしの健康』等の雑誌記者としてキャリアを積み、1984~1990年まで『わたしの健康』(現在は『健康』)編集長。1996~1999年まで取締役(編集・制作担当)。2003年よりフリー・ジャーナリストとして、本格的な執筆・講演および出版プロデュース活動に入る。

 2016年3月まで、武蔵野大学文学部非常勤講師、文教大学情報学部非常勤講師。専門分野はコミュニケーション論、和語でとらえる仏教的身体論など。

 おもな著書に『からだのメッセージを聴く』(集英社文庫・2001年)、『「米百俵」の精神(こころ)』(主婦の友社・2001年)、『身心やわらか健康法』(光文社カッパブックス・2002年)、『最新・最強のサプリメント大事典』(昭文社・2004年)などがある。

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