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連載コラム「つたえること・つたわるもの」⑰

そらいろ、スカイ・ブルー。さくらいろ、ローズ・ピンク。

連載 2017-05-23

出版ジャーナリスト 原山建郎
 新緑がまぶしい初夏。日本人は若葉などの「緑」色を、昔からずっと「青」と表現してきた。

 「あらたうと青葉わか葉の日の光」(日光東照宮にある松尾芭蕉の句碑)/「目には青葉山ほととぎす初がつを」(江戸時代の俳人、山口素堂が鎌倉で詠んだ一句)/『青い山脈』(石坂洋二郎の小説。同名の映画。昭和歌謡の曲名)/『青葉繁れる』(井上ひさしの青春小説)/リンゴ(赤く熟す前、未熟な緑色の状態で収穫したリンゴ。酸味が強い)/青虫(蝶や蛾の幼虫のうち、長い毛で覆われていない緑色の幼虫)/青竹(幹が緑色の竹)/青ネギ(おもに緑色の葉の部分を食べるネギ)/青物(とくに葉の緑色が濃い野菜の総称)/青信号(青みがかった緑色だが、道路交通法の条文には「青色の灯火」と表記されている)

 「青葉」は三夏(初夏・仲夏・晩夏)の季語だが、英語では「グリーン・リーブス」(緑葉)、同じように、青い山脈=グリーン・マウンテン/青リンゴ=グリーン・アップル/青虫=(グリーン)キャタピラー/青ネギ=グリーン・オニオン/青物=(グリーン)・ベジタブル/青信号=グリーン・ライトなどなど。

 これは、四季の変化に恵まれた日本人の黒い瞳(正確には濃褐色)に映る「青(青緑)」が、淡褐色や青い瞳の欧米人(北欧には緑の瞳、ロシアには灰色の瞳が多い)の目には「緑」と映るのかもしれない。

 早速、本棚の奥から『色の名前事典』(福田邦夫著、主婦の友社、2001年)をとりだした。

 人間の目に色として見える太陽の光(可視光)は、赤外線寄りの波長の長い光では赤い光を感じ、波長が次第に短くなるにしたがって、橙色から黄などの光を感じ、中波長領域では緑を、さらに紫外線寄りの短波長の光では青から青紫の色を感じるようになるという。また、太陽の光は地球を包む大気圏を通過する際に、大気の粒子とぶつかって散乱現象を起こすので、よく晴れた昼間の空では短波長(青から青紫)の散乱光が強いので、青空として見える。これが日本語で「そらいろ(空色)」と表現される色である。

 雑誌やポスターなどのカラー印刷では、元の映像を赤・緑・青の3原色で3つにカラー分解した画像を、それぞれの補色のC(シアン=青緑)、M(マジェンタ=赤紫)、Y(イエロー=黄)の混色+K(キープレート=黒)の配合割合によって、元の色を再現している。このカラー分解の技術を用いて、着物の染料や壁画の顔料(絵具)など日本古来の色、外来の絵画や織物の色などを、忠実に再現できるようになった。

 ところで、「暗黙知」とは、なかなか言葉で説明するのが難しい、長年の経験やコツ(ノウハウ)、仕事の勘どころ(直感)、イメージに基づくアナログ的な知識のことだが、「以心伝心」で体得する職人技、「習うより慣れろ」で身につく自転車の乗り方・水泳の仕方などがある。世界各地には、長年、同じ地域に住む人々の歴史のなかで培われた、民族ごとの「集団的な共有意識」、暗黙知としての「民俗知」もある。

 染め色の「あはひ(組み合わせ)」を大切にした日本の染色文化は、さまざまな色を生み出した。北原白秋が作詞した『城ヶ島の雨』の歌詞、「利休鼠(C35・M10・Y30・K50)の雨が降る」は、茶人の利休から茶葉の連想で「緑みの鼠色」を指す。英語で木炭の色を表す「チャコール・グレイ(C60・M60・Y38・K70)」は、暗い灰色だが、日本の染職人はこれに消炭色と名前をつけた。また消炭鼠、消炭黒ともいう。

 さきにとりあげた緑色の「青リンゴ」のことだが、古代の日本では、和語の「みどり」を「瑞々しい」という意味に使った。「みどりご(嬰児)」とは緑色の肌の子どもではなく、瑞々しい新生児、顔を真っ赤にして泣く「あかご(赤ん坊)」のことである。なるほど若葉の新芽をよく見ると、少し赤みを帯びている。

 青(青緑)リンゴの「アップル・グリーン(C45・M8・Y100・K0)」にC(青緑)を加えM(赤紫)を減らせば「わかくさいろ(C48・M3・Y100・K 0)」に、さらに青緑を加え黄を減らし赤紫をなくすと「コバルト・グリーン(C63・M0・Y65・K0)」、「エメラルド・グリーン(C75・M0・Y74・K0)」となる。

 日本の代表的な色である「そらいろ(C50・M0・Y3・K0)」は、青緑が強く赤紫とK(黒)は両方ともゼロ。英語の空色である「スカイ・ブルー(C39・M11・Y8・K7)」は、青緑がやや弱く赤紫と黒が少し加わる。日本の「みずいろ(C42・M0・Y10・K0)」は、先の「そらいろ」とほとんど差はない。

 日本の国花・桜花は、ほんのり「さくらいろ(C0・M18・Y7・K0)」である。英国の国花・バラの花色は、赤からピンクまでをローズというが、可憐な「ローズ・ピンク(C0・M58・Y20・K0)」は赤紫と黄がやや強く、バラ色の人生を象徴する「ローズ・レッド(C0・M93・Y36・K0)」は明るい色調の赤となる。「ローズ・ピンク」にほんの少し黄を足せば「ももいろ(C0・M59・Y29・K0)」になるが、英語で桃をいう「ピーチ(C0・M18・Y23・K0)」は、花色ではなく果実(果肉)の色、薄いオレンジ色である。

 現在、子どもたちがお絵かきに使う、クレヨンの標準的な12色セットは「しろ・きいろ・きみどり・みどり・みずいろ・あお・あか・だいだいいろ・ペールオレンジ・ちゃいろ・はいいろ・くろ」だが、16色セットには「むらさき・ももいろ・こげちゃ・おうどいろ」の4色が加わり、24本セットにはさらに「レモンいろ・みかんいろ・うすちゃ・しゅいろ・はいあかむらさき(灰赤紫)・ふかみどり・あいいろ・ぐんじょう」の8色が加わる。その昔にはあった「はだいろ」は、人種差別につながりかねないとの配慮から、最近になって「ペール・オレンジ(C0・M30・Y35・K0)」(淡いだいだい色)に変更されている。

 これまで困難だった民族や地域ごとの色彩感覚(集団的な共有意識)の説明、たとえば「パウダー(コバルトガラスの顔料)・ブルー(C92・M82・Y0・K0)」と「ティール(小鴨)・ブルー(C100・M30・Y10・K48)」、「なすこん(C73・M86・Y43・K60)」と「てつこん(C78・M40・Y23・K78)」の微妙な色合いも、CMYKカラーモデルの登場で前進した「暗黙知の数値化」によってわかりやすくなった。

【プロフィール】
 原山 建郎(はらやま たつろう) 
 出版ジャーナリスト・武蔵野大学仏教文化研究所研究員・日本東方医学会学術委員

 1946年長野県生まれ。1968年早稲田大学第一商学部卒業後、㈱主婦の友社入社。『主婦の友』、『アイ』、『わたしの健康』等の雑誌記者としてキャリアを積み、1984~1990年まで『わたしの健康』(現在は『健康』)編集長。1996~1999年まで取締役(編集・制作担当)。2003年よりフリー・ジャーナリストとして、本格的な執筆・講演および出版プロデュース活動に入る。

 2016年3月まで、武蔵野大学文学部非常勤講師、文教大学情報学部非常勤講師。専門分野はコミュニケーション論、和語でとらえる仏教的身体論など。

 おもな著書に『からだのメッセージを聴く』(集英社文庫・2001年)、『「米百俵」の精神(こころ)』(主婦の友社・2001年)、『身心やわらか健康法』(光文社カッパブックス・2002年)、『最新・最強のサプリメント大事典』(昭文社・2004年)などがある。

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