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連載コラム「つたえること・つたわるもの」⑮

縦書き思考はロマンの夢、横書き思考はリアリズムの刃。

連載 2017-04-25

出版ジャーナリスト 原山建郎

 49年前、『主婦の友』の新前記者だった私は、縦書き仕様の原稿用紙(1枚20字×10行=200字)に、万年筆で記事を書いていた。料理課の記者の場合は、下書き用紙に鉛筆で書いて、デスクのチェックを経て、付けペンや万年筆清書する方式だったので、提出原稿の書き損じはなかった。しかし、読み物課(芸能記事、社会ルポなど)に配属された私は、ぶっつけ本番で原稿を書くので、誤字や書き直しをするたびに、書き損じの原稿用紙を丸めて屑籠に放りこんだ。ちょっと見には、流行作家が原稿用紙を破りながら呻吟する光景だが、「原稿はまだか」という鬼デスクの督促に怯えながら、頭の中は真っ白になっていた。

 大学(商学部)卒業まで、授業ノートは横書き、教科書の多くが横組み、答案用紙も横書きで、わずかに年賀状と手紙だけが縦書きという時代をすごした私が、縦組み(当然、縦読み)の雑誌『主婦の友』の記事を、縦書きの原稿用紙で書く記者稼業、「縦(組み・書き・読み)」社会の住人になったのである。

 その私が、当初は止むなくだったのが、やがてどっぷり「横書き」社会に定住することになったのは、1980年代後半、「全員、ワープロ(ワードプロセッサ)で原稿作成」という社命がその出発点だった。

 慣れない手つきでワープロ(その後はパソコン)をポツンポツンと叩くうちに、ある変化に気がついた。

 それまでは、縦書き原稿用紙1枚、10行のマス目を両眼(視野)で意識しながら、これから書く200字分の記事内容を構想しつつ、当面の20字を書き進めるので、途中で気が変わるたびに原稿用紙を屑籠へというパターンを繰り返していた。やがて、ワープロで横書き仕様の原稿に慣れると、文章のセンテンスがどんどん短くなった。真っ白な文書作成画面にはマス目がなく、英文タイプのように文字列が折り返すまでの「目前の1行」に集中せざるをえない。しかも、一定の文字数ごとに「文字変換・確定」を繰り返すので、1センテンスを短く完結させるようになった。

 すると、縦書きのときより「わかりやすく」なった。文法的には、主語と述語、目的語の関係が明確になった。約200字分をイメージしながら書く縦書き原稿用紙では、どうしても前後の文章をつなぐ接続詞(しかし、すると、また)を多用するので、読者の目には「前置きの説明が多すぎて、何が結論かわかりにくい」と写ったかもしれない。「回りくどい」文章から、「ひと言で伝達」の文章への変身である。

 本格的にパソコン(Word文書)で原稿を書き始めてから、もう30年近くなる。その後の文章修業は、まず40字程度の「ひと言で伝達」を作成し、それに20字前後の「関連情報」を2つか3つ追加しながら、1つのパラグラフ(意味のひとまとまり)を構築する文章作成法(パラグラフ・ライティング)に磨きをかけた。これはワープロでの横書き(Word文書)体験30年から生まれた文章表現メソッドだが、その基礎となったのは、18年間、ひたすら縦書き原稿用紙に書き続けた月刊誌の取材記者キャリアだったと思う。

 京都産業大学文化学部・若井勲夫教授(現名誉教授)が、「私の人生について」という課題を縦書きと横書きで書かせ、その違いをどう感じたかを調べた研究(2003~2005年)の結果は、とても興味深い。

① 縦書きによる文章作成では、重みと引き締まりがあり、内面の思考を深める。考えることが重要な論文や、想像力を働かせる小説などに適している。

② 横書きによる文章作成では、軽さとゆるみがあり、物事をスパッと切り分けるのが得意。短いセンテンスによる日記、箇条書きでポイントを示す説明書きなどに適している。

 全体の「まとめ」に、私が文教大学の「文章表現」で用いたレジュメ資料(若干加筆)を紹介しよう。

「縦書きの文章脳、横書きの文章脳」
●横書きの「大学ノート」は、1884(明治16)年、東京大学の近くにあった文房具・洋書店の「松屋」が売り出したことに由来する名前。当時としては珍しいクリーム色の洋紙を使用した、横罫線のみでマス目のない「大学ノート」が誕生した。

●縦書きの「原稿用紙」は、活版印刷が盛んになった明治時代中期に登場した。
 新聞や雑誌に掲載する原稿は「字数を正確に把握する」必要から、当初は19字×10行(190字詰原稿用紙)だったが、やがて20字×20行(400字詰原稿用紙)が日本語「作文」のスタンダードになった。

●A 原稿用紙に「縦書き」で書く、B ワープロで「横書き」で打つ、思考スタイルの違い。

A 縦書き思考では、「熟考力」が磨かれる

① 視線(思考)は、右上から斜め左下へ動く。
 縦書きの文章を右の行から左の行へと書くときは、すでに書かれた右側の行(右上の行頭)を視野に入れながら、斜め左下の行末に向かって書く。「読みつつ・考え・書く」文章脳が「熟考力」を磨く。

② 1段落(100字程度)ずつ書きながら、同時に次の1段落(100字程度)を考える。
 400字詰め縦書き原稿用紙では、100字=20字×5行が「ひと思考」の範囲内にある。この「ひと思考」は、同じ事柄に関係する文の集まり、つまり1つのパラグラフ(意味のひともとまり)を構成する。

③ 日本語(漢字・ひらがな・カタカナ)は、ストロークが左上から右下ないし真下に抜けていく。
 横書きの習慣が当たり前のようになった現在でも、縦書きの歴史が長かった日本語の書き順(運筆)と視線の移動が同調する。これは日本人の身体感覚、または日本語のDNAがなせるわざであろう!

④ 縦組みのコデックススタイル(冊子体の組み体裁)では、見開き2ページが同時に視野に入る。
 斜め(飛ばし)読み(右上から斜め左下へ、文字列のパターン認識)ができる。縦書き習慣は、上から下に、つまり天から地を貫く「時間の流れ」をとらえ、ロマンティシズムの夢を育む。

B 横書き思考では、「発信力」が身につく

 ① 視線(思考)は、左上から斜め右下へ動く。
 横書きの文章を左上の行から下の行に順次書いていくときは、視線は現在書きつつある行の左から右を凝視する。すでに書かれた左上の行も一応視界に入っているが、現在の行(40字)を最優先で「読みつつ・閃き・書く」文章脳が「発信力」を身につける。

②1センテンスが短く(40字程度)なる。
 とくにWord文書ではその傾向が強いる。横書きの場合は、40字(1行)が標準的なひと思考の単位。

③日本で日本語の横書きが始まったのは、明治以降のことである。
 明治初期、活版印刷の先駆者・本木昌造が正方形の活字を作るまでは、基本的に日本語は縦向きに書かれていた。「日本語が横にも書ける」ことを、日本人はわずか100年前に「発見」したのである。

④横組みのコデックススタイルは、見開き2ページで、右・左の1ページ単独に視野に入る。
 まず右ページ、次いで左ページと、1ページずつが視野に入る。1段落(ひとまとまりの文章)ごとに集中して読むことができる。横書き習慣は、左から右への水平な「空間の広がり」をとらえ、リアリズムの刃を研ぐ。

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