連載「つたえること・つたわるもの」(165)
有頂天のしっぺ返し、どんでん返し、禍福はあざなえる縄の如し
連載 2023-07-25
出版ジャーナリスト 原山建郎
文教大学(越谷校舎)のオープン・ユニバーシティ『エピソードで綴る〈自分史〉ハイライト』の最終(第5回目/7月20日)講座では、各回で受講者が行った1分間スピーチを「400字」(200字詰めの原稿用紙2枚程度)にまとめ、その原稿の原文を損なわぬ程度にリライト(推敲)した『エピソードで語る〈自分史〉ハイライト作品集』(A4判縦書き/表紙も入れて9ページ)を5回分の成果物(お土産)として配布した。
ちなみに、各回のテーマは①「私は○○な人間です」(「△△が好きです」「◇◇が得意です」「☆☆にハマってます」でも可)、②「思わず涙したこと」(「思わず微笑んだこと」「大笑いしたこと」「心から感動したこと」でも可)、③「腹が立ったこと」(「残念だったこと」「悔しかったこと」「大失敗したこと」でも可)、④「お世話になったこと」(「迷惑をかけたこと」「私の人生を救った人」「ラッキーな出来事」でも可)、⑤「ずっと続けてきたこと」(「私のライフワーク」「大切にしていること」「心がけていること」でも可)であった。
野口悠紀雄さんは著書『「超」文章法』(中公新書、2002年)の中で、「多くの物語には、共通の骨組みがある。もちろん、バリエーションはあるが、共通性は驚くほどだ。その典型は冒険物語に見られる」と書いている。物語の基本的な骨組みは、「登場人物(主人公と敵)」と、彼らが行動する「場(故郷と旅)」という二つの要素で構成されているとして、映画「オズの魔法使い」や「ロード・オブ・ザ・リング」の原作『指輪物語』を例に引きながら、冒険物語を構成する「共通要素」(基本パターン)を、次のように解説している。
【1】故郷を離れて旅に出る
冒険物語は、主人公が故郷を離れて旅に出ることで始まる。桃太郎は、おじいさんとおばあさんに旅立ちを告げ、鬼退治に出かける。カンザスの農場生活に厭(あ)き厭きしていた「オズの魔法使い」の主人公ドロシーは、竜巻に飛ばされ、虹の彼方のお伽(とぎ)の国にゆく。トールキンの『指輪物語』では、平和なホビット村からの出発だ。旅の目的は、桃太郎に典型的に見られるように、宝物の探求である。北欧指輪伝説では、世界を支配する指輪だ(ただし、トールキンの物語では、指輪の獲得ではなく棄却が目的)。
【2】仲間が加わる
一人旅は面白くない。また物語の発展可能性も制約される。そこで、必ず道連れが現れる。実際、『指輪物語』第一巻のタイトルは、「旅の仲間」(The Fellowship of the Ring)となっている。仲間の個性は、「望ましい属性」を象徴している。『桃太郎』では、犬(勇気)、猿(知)、キジ(徳?)が家来になる。「オズ」では、裏返しの形で性格が示される。すなわち、かかし(知の欠如)、ブリキ男(心の欠如)、ライオン(勇気の欠如)だ。(※映画シリーズ=エピソード1~6)「スター・ウォーズ」は「オズ」を下敷きにしているので、かかし(R2-D2)、ブリキ男(c-3PO)、ライオンが仲間となる(ただし、欠如性は強調されない)。
【3】敵が現れる
旅は順調には進まない。敵が現れて、主人公も目的達成を邪魔する。敵は、仲間に対立する概念である。主人公とその仲間が「善」であり、これに対抗する敵が「悪」である。敵には、巨悪(大親分)や小悪(手先)がいる。『指輪物語』の大部分は、旅の途中での困難との遭遇であり、敵との戦いだ。主人公は、絶体絶命の危機に陥るが、そのつど救出される。
【4】最終戦争が勃発する
善と悪が対立し、その決着をつけるために最終戦争が勃発する。『桃太郎』では鬼が島での戦いであり、「オズ」の場合は魔女の城での戦いだ。『指輪物語』では、指輪大戦争である。これらが物語のクライマックスになる。戦争は数々の英雄的エピソードに彩られる。敬愛される王が悲劇的な死をとげ、英雄が現れる。この過程で、登場人物の意外な素性が明かされたりする。邪悪な敵は倒れ、最終戦争は主人公側の完全な勝利に終わる。
【5】故郷へ帰還する
主人公は戦後の国にとどまることを要請されるが、故郷への帰還を希望し、日常生活に戻る。桃太郎は宝をもって故郷に帰る。ドロシーはオズの国にとどまらず、故郷カンザスの農場に戻る。
(『「超」文章法』「骨組みを作る(1)――内容面のプロット」56~58ページ)
今回の講座では、この「冒険物語」の基本パターンを、野球(ベースボール・ゲーム)の走塁ルート(ダイヤモンド)になぞらえて説明した。野球(ベースボール・ゲーム)では、各ベースを結ぶ「内野部分」を「ダイヤモンド」と呼ぶのは、その形がトランプカードのマークの一つ、ダイヤ(ひし形)に似ていることに由来する。ヒットを放った走者が本塁(ホーム・ベース)からスタートして、一塁→二塁→三塁を駆け抜けて、再び本塁(ホーム・ベース)に戻ってくる(アウトにならず生還する)と、1点が入る(得点する)。
それはたとえば、メーテルリンクの童話『青い鳥』では、チルチル、ミチルの兄妹がわが家(ホーム)を出て、「幸せの青い鳥」を探して旅(外の世界)に出かけるが、どうしても見つけられず、とうとう探すのをあきらめてわが家(ホーム)に戻ると、そこに鳥籠に入った「幸せの青い鳥」を見つけた、という冒険物語であるように、野球ではホーム・ベース(わが家)に生還した走者は、貴重な1点(ダイヤモンド=宝石)を手にすることができる――これが野口さんの解説にあった「故郷に帰還する」ことではないだろうか。
今回、『エピソードで語る〈自分史〉ハイライト作品集』の関連資料として、講師である私の運命を変えた「エピソードで綴る〈自分史〉ハイライト――悔しかったこと/嬉しかったこと」を配布した。これに少し加筆した「原山建郎の運命を変えた〈自分史〉ハイライト」が、次の一文である。
☆有頂天のしっぺ返し、どんでん返し、禍福はあざなえる縄の如し
「その原稿は、誰のために書くというんだ」「自分のためです」
「それなら、いますぐ断れ! 他社の出版物に原稿を書くとは、どういうつもりだ」
1997年12月某日、当時の上司であったM常務に怒鳴られた。
実はその前日、作家のIさんから「原山さん、折り入って頼みがある」と呼び出しを受けていた。Iさんが書いた単行本(エッセイ集)が文庫化されるので、巻末にその解説文を書いてほしいという。
Iさんには、日刊紙の連載コラムで、初めて上梓した拙著『からだのメッセージを聴く』(日本教文社、1993年)の読後感を3回に渡って書いていただいたご縁はあったが、Iさんからの「解説文」執筆依頼は、想定外の出来事だった。その瞬間、「有頂天」になった私は、もちろん「はい、私でよろしければ一所懸命書かせていただきます」と答えたのだが、わずかに残っていた冷静さが「一応、私は主婦の友社の人間ですから、明日、上司に話して許可をもらいます」と言わせた。
その帰り道、私は天にも昇る心地のまま、Iさんからお預かりした単行本のエッセイ集を読みながら「解説文」の構想を練っていた。ほんとうは夢なのではないか、夢であるなら醒めないでほしいと強く願った。
その当時、雑誌・書籍など編集全般担当の取締役だった私は、Iさんの著書を主婦の友社から出したいと思い、日ごろから「つながり」を保つよう心がけていた。したがって、このときの「文庫解説」執筆依頼も「つながり」の一環だと自分なりにとらえていた。前の晩、すっかり舞い上がっていた私のおでこには、「有頂天」の3文字が浮き出ていたはずである。
「常務、お言葉を返すようですが、オーナー(当時の会長)はWさん(作家)の文学全集に原稿を寄せています。文庫本の解説も同じような類いの原稿ではないでしょうか?」
「会長とお前とでは、そもそも格が違う。すぐに、I先生とその出版社に文庫解説の原稿を断ってこい。」
I事務所と出版社に断りの電話を入れ、これで一件落着のはずが、もう一つ余計なおまけがついてきた。
「原山さん、申し訳ない。文庫に投げいれる新刊案内チラシの【解説・原山建郎】を削除して、新しく差替えるべきところ、校了時に見落としてそのまま残ってしまった。お詫びに伺いたいが……」
集英社文庫担当のY部長から電話が入った。旧知の集英社K常務からも同じ主旨の電話があった。
「校了時ミスの問題は、同じ出版社の人間としてそれなりに理解できます。それより、著者のI先生とほんとうの解説執筆者にその説明とお詫びをしてください。わざわざ社にきていただかなくても、私から常務に報告をしておきますので、この件はどうぞご放念ください」
ところが、私の報告を受けたM常務は、「もう訂正できないタイミングで報告するとは、お前は確信犯だろう」と、また烈火のごとく怒った。文庫本にはさみ込む新刊案内に名前だけが載って、それを確信犯などとなじられても「傍(かたは)ら痛し」というほかはないが、M常務には腹に据えかねる思いがあったのだろう。
そして、M常務に叱責を受けた翌年(1998年)、取締役としての担務が編集全般から、突然、制作(紙・印刷・製本、制作進行)に変更されたので、それ以降、作家との付き合いは原則的には担務外となった。
そんなある日、直木賞作家の半村良さんから電話が入った。
「原山さんに、ボクの小説の担当をしてもらいたいんだが……」
じつは、半村さんは10年も前から、主婦の友社で小説を書くという約束があり、『緑の火』という仮題まで決まっていたのだが、一向に筆が進む気配がなかった。半村さんとは粗大ゴミの会(作家の忘年ゴルフ会)などでご一緒する機会が多く、とくにライアル・ワトソンの著書『生命潮流』(木幡和枝・村田恵子・中野恵津子訳、工作舎、1981年)にある「百匹目のサル」や『生命のニュー・サイエンス』(ルパート・シェルドレイク著、幾島幸子・竹居光太郎訳、1986年)の「形態形成場」仮説の話題では大いに盛り上がったものである。
半村さんに「だから、原山さんに担当してほしい」と言われ、ここは引き受けるしかない。そこで、形式上は現場の担当者を立てておいて、実質的な小説担当を務めることにした。それからは、堰を切ったように「請う調査」のファックスが入り始め、その対応に追われる日々がつづいた。まだインターネット検索などない時代で、困難な調査が多かったが、私がのちに本を書くときの貴重な肥やしになった。肝心の原稿のほうも1章ごとにフロッピーディスク(半村さんはワープロの「文豪ミニ」を使用していた)で頂戴し、わずか8カ月で単行本(四六判)1冊約400ページ分の原稿を手にした。書名はジェームス・ラブロックのガイア仮説にちなんだ『乂丫(ガイア)伝説』に変更され、半村さんの最晩年を飾る作品のひとつになった。
1999年6月、取締役から常勤監査役に転じた私は、社外監査役(公認会計士)から、「監査役は取締役とは違う。どこから本を出そうと構わない」と助言されて、1999年秋に『からだ革命』(日本教文社)を、2000年夏に『手づくり安眠枕の本』(日本ヴォーグ社)を上梓した。
2001年2月、主婦の友社から出版した『乂丫(ガイア)伝説』が、『ガイア伝説』として集英社から文庫化されることになった。そして、著者の半村さんから直々の指名を受けて、同書の解説を〈8カ月間の半村番記者〉だった私が書くことになった。何と!【解説・原山建郎】という夢がはかなく消えてから4年後、400字詰め原稿用紙で約10枚、『ガイア伝説』巻末に【解説・原山建郎】として復活した。予想もしていなかった「夢」が叶った瞬間だった。
2001年5月、もうひとつご褒美のような出来事が起こった。1993年に上梓した拙著『からだのメッセージを聴く』が、集英社から文庫化(初版2万部)されることになったのである。
2001年5月7日、小泉純一郎首相が国会の初演説でとり上げた新潟・長岡藩の故事「米百俵」が、かつて山本有三が昭和18(1943)年の『主婦之友』に1年間連載した戯曲だったことから、私はこれを主婦の友社で緊急出版したらどうかと提案した。M社長の「それは、原山が書け」というひと声でゴーサインが出た。M社長とは、あの「有頂天」舌禍事件で私を一喝した元常務のMさんである。昼間は監査役と財団(現・石川武美記念図書館)常務理事の仕事があるので、深夜から早朝にかけてと休日の土日をめいっぱい使って、丸々10日間で1冊分の原稿を仕上げた。同書では、戯曲『米百俵』の現代的意味の解説だけでなく、内戦で疲弊したカンボジアに校舎を贈る「米百俵スクール」活動レポート、県立長岡高校OGの評論家・櫻井よしこさんの雑誌対談再録など、雑誌的書籍スタイルをとった。初版1万2千部、最後は50部を保存用に買いとった。
「禍福はあざなえる縄の如し」という言葉がある。それは私たちの眼に「禍福(災いと幸せ)」と映っているだけで、それはいつか「シンクロニシティ(必然の偶然)」だとわかるときがくる、という意味なのかもしれない。
【プロフィール】
原山 建郎(はらやま たつろう)
出版ジャーナリスト・武蔵野大学仏教文化研究所研究員・日本東方医学会学術委員
1946年長野県生まれ。1968年早稲田大学第一商学部卒業後、㈱主婦の友社入社。『主婦の友』、『アイ』、『わたしの健康』等の雑誌記者としてキャリアを積み、1984~1990年まで『わたしの健康』(現在は『健康』)編集長。1996~1999年まで取締役(編集・制作担当)。2003年よりフリー・ジャーナリストとして、本格的な執筆・講演および出版プロデュース活動に入る。
2016年3月まで、武蔵野大学文学部非常勤講師、文教大学情報学部非常勤講師。専門分野はコミュニケーション論、和語でとらえる仏教的身体論など。
おもな著書に『からだのメッセージを聴く』(集英社文庫・2001年)、『「米百俵」の精神(こころ)』(主婦の友社・2001年)、『身心やわらか健康法』(光文社カッパブックス・2002年)、『最新・最強のサプリメント大事典』(昭文社・2004年)などがある。
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