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連載「つたえること・つたわるもの」157

農業・畜産業の工業化、遺伝子組み換え農作物・家畜の光と影。

連載 2023-03-28

出版ジャーナリスト 原山建郎

 前回のコラムで「農業と漁業の工業化」をとり上げた。これは有限な「自然(ガイアへの感謝)」に人間が手を加えて、「大量生産・大量消費(欲望の拡大)」するための「食糧工場」に作り変えようとする行為であり、さらに地球規模で拡大すれば、そう遠くない日に、かつての「自然」は無残にも破壊されてしまう。

 先週(3月25日)、サンマの資源管理を話し合う国際会議で「北太平洋での漁獲量の上限をこれまでより25%引き下げ、年間25万トンとすることで合意した」というニュースが流れた。これは、2015年の国連サミットで採択されたSDGs(持続可能な開発目標)の目標14(持続可能な開発のために海洋・海洋資源を保全し、持続可能な形で利用する)を実現するために抑制・制限すべき「過剰漁業」対策のひとつだが、その前提条件が「ずっとサンマ(魚)を食べ続けるために、取る量(各国の漁獲量)を制限する」ことであれば、北太平洋は巨大な生け簀であり、世界の海を「食べるための魚を養殖する」海洋牧場化するという考え方になる。

 また、昨年末から、牛乳の大量廃棄が――たとえば900頭あまりの乳牛を飼育する牧場では、毎日搾る1日1~2トンの生乳を棄てている――が大きな問題になっている。これは2014年、当時のバター不足を契機に国が牛乳生産の拡大に補助金(畜産クラスター事業)を出したことから、酪農家が大型投資・増産体制に踏みだしたことに起因する。これは、「大量消費」を当て込んだ「畜産業(酪農)の工業化」促進が裏目に出たかたちである。そもそも、乳牛からの搾乳(生乳の生産)プロセスそのものが、「畜産業の工業化」である。雪印メグミルクのホームページ(「ミルクと牛のお話」)の中に、「乳牛のライフサイクル」が解説されている。

 日本の乳牛のほとんどは人間の手による人工授精で妊娠し、仔牛を産みます。仔牛は13〜16ヶ月成長すると、最初の種付け(受精)をして妊娠します。妊娠期間は約10ヶ月。つまり産まれてから2年位で自分も母牛となり、乳を出すようになるのです。
(雪印メグミルクのホームページ「乳牛のライフサイクル」)

仔牛から乳牛になる保育期から乾乳期まで、4段階のプロセスがある。
保育期(仔牛は産まれると母牛と離され、仔牛用の小屋で育てられる。生後1週間は母牛の初乳を飲んで免疫物質をもらい、細菌やウイルスから身を守る)
育成期(仔牛は生後2カ月で離乳。生後13~16カ月で最初の種付け(人工授精)をする。この間の牛を育成牛と呼ぶ)
泌乳期(種付け後、妊娠・出産した牛は、その後、毎日搾乳する。出産後40〜60日たったら次の種付けをし、大体1年に1回分娩するようにする)
乾乳期(搾乳を始めて280日〜300日たったら搾乳を止め、次の分娩に備えて60〜90日間休ませる。この期間の牛を乾乳牛と呼ぶ。1頭の牛は分娩・泌乳・乾乳のサイクルを3、4回繰り返し、大体5〜6年でその役目を終える)である。

一般的に、牛の「自然界での寿命」は約20年といわれるが、畜育(搾乳)される乳牛の場合は5〜6年と短く、そのあとはスーパーマーケットなどで売られる食肉として利用されるのだという。

 「畜産業(酪農)の工業化」促進といえば、『農業消滅――農政の失敗がまねく国家存亡の危機』(鈴木宣弘著、平凡社新書、2021年)にrBST(遺伝子組み換え・牛成長ホルモン)のことが書かれていた。元農水官僚、東京大学大学院教授である鈴木宣弘さんは、が、その解説をざっくり要約して紹介しよう。

 BST(Bovine Somatotropin:牛成長ホルモン)は、牛の体内に自然意存在する成長ホルモンであるが、これを遺伝子組み換え技術により大腸菌で培養したrBST(recombinant Bovine Somatotropin:遺伝子組み換え・牛成長ホルモン)を乳牛に注射すると、1頭当たりの搾乳量が20%程度増加することがわかったことから、アメリカで1980年代に登場し、1993年に認可、1994年から使われるようになった。

 ただし、このBSTには一種のドーピング(薬物や遺伝子操作によって運動能力を高める)作用があり、乳牛はある意味で「全力疾走」させられ、搾るだけ搾られてヘトヘトになり、数年で用済み(乳牛としての役目を終える)となる。BSTを投与(注射)した乳牛の生乳を摂取した場合の人体への影響はまだよくわかっていないが、発がんリスクの可能性も疑われており、日本やEU、カナダでは認可されていない。しかし、1994年以降、日本国内では許可されていないrBST(遺伝子組み換え牛成長ホルモン)を使用しているアメリカの乳製品が輸入された港を素通りして、日本の消費者のもとに運ばれていると、鈴木さんは指摘している。

 「遺伝子組み換え食品」といえば、帯カバーに「遺伝子組み換え食品の真実――腐らないトマト、農薬より強いダイズ、虫を殺すジャガイモ、37倍に成長した魚……」とある、カナダのジャーナリスト、インゲボルグ・ボーエンズの著書『不自然な収穫』(関裕子訳、光文社、1999年)の解説がわかりやすい。その中に、アメリカ最大の種子企業であるモンサント社(※2018年、ドイツのバイエル社に買収された)が開発した、ポジラック(遺伝子組み換えrBSTの商品名)、遺伝子組み換え技術によって二世代目の発芽を阻害する種子の不稔技術(バーミネーター)が出てくる。モンサント社の驚くべき企業戦略、徹底した利益確保・販売拡大方針にふれた〈「種子」支配への野心〉、つづいて〈家族酪農からの脱皮〉を読んでみよう。

 これまで、農民は翌年の植え付け用に種子を保存しておいたり、あるいは近隣の農家から種子を購入していた。北アメリカの農民の四分の三は種子を保存していると推定されている。農業の世界ではこの慣習は常識であり、近所付き合いのひとつとみなされている。しかし、企業側から見ると、これはソフトウエア産業における〝著作権侵害〟と同じことになる。

 ずっと以前から、「種子企業」は永久に新しい種子を供給しつづける自然の種子サイクルをどうしたら断ち切れるか検討してきた。ひとつの方法として、翌年には作物を成育しないか、または不良な作物しか生育しないハイブリッド種子
(※品種が異なる植物を掛け合わせたもの)を開発した。バイオテクノロジー(※生物工学)のほうがこの点でははるかに優れている。一九九八年に〈デルタ&パインランド〉社とアメリカ農務省は二世代目の種子の発芽を阻害する(※不稔)技術「ターミネーター」に関する特許を取得したと発表。その直後にモンサント社がデルタ&パインランド社を買収した。一九九八年末には、同社は不稔技術に対する独占使用権をデルタ&パインランド社に与えるようにアメリカ農務省の説得に乗り出していた。

 ターミネーターの後に、新たな種子不稔技術である「バーミネーター」が登場した。バーミネーターは遺伝子組み換え技術で種子中に齧歯類
(※リスやネズミなどの哺乳類)の脂肪遺伝子が挿入されている。この遺伝子を活性化することで発芽を阻害する機能をあらわす。開発企業であるイギリスの〈ゼネカ〉社は五十八ヵ国で特許を申請しようとしている。「バーミネーターはターミネーターよりも広範囲に使用できる不稔技術だ」と、国際農業振興財団のパット・ムーニーは述べている。(中略)

 しばらくの間、バイオテクノロジー企業は種子企業に技術使用料を請求しようと考えていた。だが、モンサント社は農民に直接支払いを求める積極的な戦略を選択した。モンサント社の計画では、ラウンドアップレディー品種やBT(※Bacillus thuringiensis: 微生物に含まれる 殺虫性タンパク質を作る遺伝子)挿入農作物を使用する場合、農民は「技術使用契約」に署名しなければならない。この契約を結んだら、まず登録会議に出席し、種子を保存しないこと、また種子を栽培用に販売や供与しないことに同意する必要があった。
(『不自然な収穫』「第三章 国を超え怪物化する企業」78~79ページ)

 ちょうど特定の糖尿病患者がインスリンを定期的に注射しなければならないように、遺伝子組み換えBSTもウシに定期的に投与しなければならない。誕生後九週目から、〈ポジラック〉(BSTの商品名)の投与を開始し、二週間ごとに一回、ウシの通常の授乳期である約十ヵ月間続ける。

 モンサント社の遺伝子組み換えBSTは自然のBSTと実質的に同じだ。しかし実質的に同じなのであって、まったく同じというわけではない。モンサント社の科学者は些細な違いと片づけているが、合成したBSTには余分なアミノ酸が付随している。
(中略)遺伝子組み換えBSTを使っている農場で生産された牛乳を普通の牛乳と分離する努力はなされていない。(※アメリカでは)バイオ技術を用いて生産された牛乳に特別の表示をする必要はないとされている。なにしろ、FDA(Food and Drug Administration:アメリカ食品医薬品局)がBST処理された牛から生産された牛乳と未処理(※普通の)のウシから生産された牛乳を区別することはできないと判定しているのだ。一九九四年二月四日から、BST処理牛乳はアメリカのチーズ、バター、ヨーグルト、アイスクリーム、そして乳幼児食に自然に取り入れられたことになるだろう。
(『不自然な収穫』「第四章 進歩的な酪農家¡?」94ページ)

 もうひとつ、『遺伝子組み換え植物の光と影』(山田康之・佐野浩編著、学会出版センター、1999年)を手がかりにして、遺伝子組み換え技術によって人間が新たに作り出した、つまり、かつて本来の自然界には存在しなかった植物が、地球の生態系に及ぼす影響について考えてみよう。

 
 分子生物学の技術が進み、今までの栽培植物の性質を残したまま、ある一つの遺伝子だけを付け加えたのが遺伝子組換え植物である。古典的な育種により作られた新しい品種を畑で栽培する場合と比べて、どのように異なり、どのような危険があるのだろうか。こうした問題を考えるうえで、人間活動に伴う帰化植物の移入による生態系の攪乱にも目を向ける必要がある。

 遺伝子組換え植物の野外栽培が生態系に与える影響は、次の三点にまとめられる。第一に、導入遺伝子が野生生物に拡散していく可能性(遺伝子汚染)。拡散の内容としては、大きく分けて、組換え植物の野性化、交雑による導入遺伝子の近縁
(※世代距離の近い、血縁度の高い種)植物への拡散、組換えによる導入遺伝子の微生物への拡散の三つの現象が考えられる。第二に、組換え遺伝子に関係して新しい選択圧(※種の生存に影響を与える自然環境の力)がかけられた結果、新たな系統の病原体や雑草ができてしまう可能性(対抗進化※種の生存のため、自然環境の力に対抗して進化し続けること)。第三に、組換え植物で作られる導入遺伝子の産物であるタンパク質の働きにより、環境に対して予期しない影響を及ぼす可能性も指摘されている。
(『遺伝子組み換え植物の光と影』「5.V安全性評価Ⅲ 生態系への影響」106~ページ)

 これは遺伝子組み換え技術ではないが、ウェブ検索で見つけた「COREZO 種タネの話11、ジャガイモの発芽抑制に放射線照射って⁉」に、ジャガイモの細胞の発芽促進遺伝子を破壊する「ジャガイモの発芽抑制に放射線放射」が載っていた。ジャガイモは保存中に芽が出ると商品価値がなくなってしまう。そこで、かつては発芽を抑えるために出荷までの間、低温倉庫で長期保存していたのだが、低温保存するとデンプンの糖化が進んで、出荷後すぐに発芽してしまうという問題があった。

 1972年、ジャガイモに放射線(ガンマ線)を照射して発芽細胞の遺伝子を損傷すると、発芽を抑制できて、室温での長期保存が可能になることがわかった。そこで、ジャガイモの発芽を抑制する目的でのみ、コバルト60を原線とするガンマ線を一度だけ照射することが、食品衛生法で認められたという。

 ガンマ線を照射したジャガイモの容器や包装には、「ガンマ線照射済」の表示が義務づけられているが、スーパーなどでバラ売りされたジャガイモ、加工食品の一部に使われたジャガイモにはその表示義務はないので、消費者には放射線照射食品であることはわからない。なんとも悩ましいところである。

 21世紀の私たちは、食糧不足、エネルギー不足、環境汚染という三つの大きな課題を抱えている。

 私たちがいま住んでいるガイア(地球)には、ある程度の環境自浄作用(能力)がある。温室効果ガス(二酸化炭素)の排出と森林伐採などが地球温暖化を加速させるいま、ガイアの地表を被っている植物たちの、光合成によって酸素を作り出す自浄作用の能力が大きな役割を果たしている。

 さきに紹介した『遺伝子組み換え植物の光と影』(「8.結びと展望」202ページ)では、環境汚染(地球の自浄能力を超えた汚染の拡大)を解決する方法の一つとして、遺伝子組み換え技術を利用した植物の機能改良が有望ではないかとする一方で、「現実には環境問題を解決するための遺伝子組換え植物はほとんど実用化されていない。実用化された作物は環境問題の解決というよりはむしろ、食糧生産の商業化を促進するのに役立つようなところがある。栽培の運用を誤れば、貧しい人々は貧しくなるかもしれない」と危惧している。

 やはり、同書の「あとがき」には、もうあと戻りできない段階にさしかかった環境汚染の修復に寄与する植物の取り組みと実用化、そして古代文明が滅びた理由が記されている。

「遺伝子組換え食品」の是非が論議されている。だいたい遺伝子組換え食品という呼び方からして奇異であって、正しくは遺伝子組換え植物(生物)由来の食品というべきである。それが安全か安全でないかに議論が集中している。百家争鳴の感があるが、それは遺伝子組換え植物のごく一面に触れているにすぎない。深刻化する地球環境問題、特に食糧問題の解決には大きな力になるかもしれないことはほとんど話されない。この技術を有効に使うにはどうしたら良いか、などの方法論は話題にさえならない。本書は遺伝子組換え植物のそんな現実と可能性の乖離を埋めることも目的の一つとして編纂した。

 古代文明はなぜ滅んだか。長い間分からなかった。その理由が最近、明らかになった。森林の伐採、農地の荒廃などによる生息環境の破壊であった。かつて高木の生い茂っていたイースター島にはアフと呼ばれる祭壇をもつ文明社会があった。乱伐の結果、ついには家や小舟を作る資材さえなくなり、一挙に滅んだといわれる。

(『遺伝子組み換え植物の光と影』「あとがき」219ページ)

 古代文明が滅びた原因は、それまでガイアという自然が育んできた「生息環境」の破壊によるもので、環境破壊につながる森林の乱伐、農地の荒廃を救うためには、【害虫や雑草にも強く、反当り収量を高めて、コストパフォーマンスのよい遺伝子組換え植物が求められる】という考え方は、はたして、ガイアという自然を救う力を発揮する、21世紀の「免罪符」になるのだろうか。

 その昔、「せまい日本 そんなに急いで どこへ行く」という交通安全標語(1973年)があった。いま私たちに求められているのは、温室効果ガスを削減しつつ「人間に都合のよい自然に作り変える」文明ではなくて、「人間も自然の一部であるという意識をとり戻す」文化への回帰ではないだろうか。

【プロフィール】
 原山 建郎(はらやま たつろう)
 出版ジャーナリスト・武蔵野大学仏教文化研究所研究員・日本東方医学会学術委員

 1946年長野県生まれ。1968年早稲田大学第一商学部卒業後、㈱主婦の友社入社。『主婦の友』、『アイ』、『わたしの健康』等の雑誌記者としてキャリアを積み、1984~1990年まで『わたしの健康』(現在は『健康』)編集長。1996~1999年まで取締役(編集・制作担当)。2003年よりフリー・ジャーナリストとして、本格的な執筆・講演および出版プロデュース活動に入る。

 2016年3月まで、武蔵野大学文学部非常勤講師、文教大学情報学部非常勤講師。専門分野はコミュニケーション論、和語でとらえる仏教的身体論など。

 おもな著書に『からだのメッセージを聴く』(集英社文庫・2001年)、『「米百俵」の精神(こころ)』(主婦の友社・2001年)、『身心やわらか健康法』(光文社カッパブックス・2002年)、『最新・最強のサプリメント大事典』(昭文社・2004年)などがある。

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