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連載「つたえること・つたわるもの」140

まあるく・やわらかい日本語、「ひらがな」のリズムで息をする。

連載 2022-07-12

出版ジャーナリスト 原山建郎

 「私たちはある国に住むのではない。ある国語に住むのだ。祖国とは国語だ。それ以外の何ものでもない(英語訳One does not inhabit a country; one inhabits a language. That is our country, our fatherland — and no other.)」と言ったのは、ルーマニア出身の思想家、エミール・シオランである。

 シオランがいう「ある国」とは、私たちにとっては日本の「国土(country)」、「ある国語」とは「日本語(Japanese language)」のことであり、先祖代々現在に至るまで、そのことば(日本語という国語)によって紡がれてきた言語的・文化的な揺り籠(枠組み)が「祖国(our fatherland)」だということになる。

 もちろん、日本の「国語」といえば、「漢字かな交じり(漢字+ひらがな+カタカナ)」文である「日本語」をさすのだが、先月末から講じている文教大学オンライン講座『〈やまとことば〉のオノマトペ、「からだことば」を楽しむ』のなかで、胎児の時代に胎内で聴いた話しことば、「ひらがな」のオノマトペで伝わる母語(人生で初めて出会ったことば=mother tongue)としての〈やまとことば〉こそが、本当の意味での原初の「国語(national language)」であり、その場所(母胎)とは、シオランがいう「祖国(fatherland)」ではなく、「母国(生まれたところ=mother country)という表現のほうが似つかわしい、という話をした。

 いよいよ、今週(14日:第3回講座「オノマトペ、(擬音語・擬態語)を、正しく使い分ける」)と、来週(21日:第4回講座「ことば遊び、回文(逆さことば)、だじゃれを楽しむ」)は、まあるく・やわらかい日本語、「ひらがな」を朗読するエクササイズ、「声に出して楽しむひらがな、やまとことば」レッスンを行う予定である。マスク着用、ソーシャル・ディスタンスが求められる対面形式の講座では、もちろん「声に出す」ことはご法度(NG)だが、オンライン形式だからマスクなし、大きな声を出すのもあり(OK)である。

 昨日、声に出して「ひらがな」を朗読するエクササイズの予行演習をしながら、気づいたことがある。

 それは、胎児期から出生後の乳児期、幼児期の前半までは、話しことばである〈やまとことば〉という「母語」に囲まれて育った私たちは、母親のことばを「ひらがな」として聞き、幼児語の「おめめ」「おみみ」「おはな」などのオノマトペである「ひらがな」で母親とことばを交わす――それは、私たちが「からだことば(身体知)」である「ひらがな」で話し、「ひらがな」で呼吸しながら育ってきたということでもある。しかし、やがて幼稚園や保育園で「ひらがな」だけでなく、カタカナや漢字を覚え、小学校でアルファベットやローマ字を学んで、私たちは「あたまことば(頭脳知)」である「漢字かな交じり文」としての日本語を使うようになる。今回のオンライン講座では、まだ文字をもたない、話しことば文化が花開いていた上古代の日本、のちに万葉仮名→変体仮名→ひらがなで表されるようになった原初の「国語」、〈やまとことば〉の音韻(発音体感)、「からだことば」の快いリズムを楽しむエクササイズ(朗読演習)にも力を入れている。

 ◆第3回講座「オノマトペ、(擬音語・擬態語)を、正しく使い分ける」は、「からだことば(身体語)」のオンパレード。たとえば、『「擬音語・擬態語」使い分け帳』(山口仲美・佐藤有紀著、山海堂、2006年)には、同じような意味をもつオノマトペの、微妙な使い分けが微に入り細を穿つように解説されている。

★ 暑い日に思い切り飲む麦茶は 「ごくごく」? 「がぶがぶ」?
「ごくごく」は、「薬鑵の口から生ぬるい水をごくごくと音をさせて呑んだ」(島木健作『癩』)のように使います。水をのどを鳴らしながら続けて飲む音や様子です。水に限りません。「僕は、小指の先で泡のうえの虫を掬い上げてから、だまってごくごく呑みほした」(太宰治『彼は昔の彼ならず』)のように、ビールでもウイスキーでも飲める液体なら「ごくごく」やれます。
(中略)
 一方「がぶがぶ」は、「河原へ飛び下り、がぶがぶと水を吞んだ」(佐々木俊郎『熊の出る開墾地』)のように使います。大量の水を口を大きく開閉させて音を立てながら、勢いよく何度も飲む音や様子。一刻も早く渇きを癒そうとして貪るような余裕のない飲み方です。
(『「擬音語・擬態語」使い分け帳』15~16ページ)

 また、『擬音語・擬態語使い方辞典』第2版(阿刀田稔子・星野和子著、創拓社、1995年)には、「からだことば」が伝える身体表現のなかには、ひとつだけでなく複数の意味があると書かれている。

はらはら 
意味1 軽くて薄いものや露上のものが続いて散り落ちるようす。●野の道を行くと下草に宿った朝露がはらはらこぼれる。●桜の花びらが一陣の風にはらはら舞う。
意味2 危険を予想して、しきりに気をもむようす。●もうそれ以上ふくらませるのはやめて。いつ破裂するかと思ってはらはらする。
【同類語】ぱらぱら・ばらばら・はらっ・はらり


ばらばら
意味1 粒状の複数のもの、また薄くて堅い複数の紙片などが散らばって連続して打ち当たる音。●がけの上から小石がばらばらと落ちてきた。
意味2 まばらに点在しているようす。時間的に間隔をおいて現れるようす。●ストライキが回避されて、電車のホームに乗客がばらばら現れた。●帰宅時間がばらばらだから、そろって夕飯を食べることはめったにない。
意味3 まとまっているべきもの、統一がとれているべきものが離れ離れ、まちまちになっているようす。●みんながばらばらに買って気仕事をしているのでは効率が悪い。
【同類語】ぱらぱら……ばらばらの意味3で、具体的な物の状態についてのみ用いる。●雨がぱらぱら落ちてきた。●昨日炊いたご飯がぱらぱらだ。雑炊にでもするか。


 ◆第4回講座「ことば遊び、回文(逆さことば)、だじゃれを楽しむ」は、面白さが身上。講座の配布資料から、詩人の阪田寛夫さん、まど・みちおさん、谷川俊太郎さん、五味太郎さんの詩の一部を紹介しよう

★阪田寛夫のジョーク
アンケート おとうさんを なんとよびますか?
オットセイの子  オットー/ オランウータン おらントータン/ 花火屋の子  パパン
めうし ちちうえ/ さかな ととさん/ かみなりの子  おやじあまだれ トッ チャン(中略)
【『まどさんとさかたさんのことばあそび』(まどみちお・阪田寛夫著、小峰書店、1992年)1ページ】

★まど・みちおのジョーク
がいらいごじてん
ファッション==はっくしょん/ ア ラ モード==あら どうも/ ミニ スカート==目に すかっと
パンタロン==ぱあだろう/ ネグリジェ==ねぐるしいぜ / ダイヤモンド==だれのもんだ
ピクルス==びっくり酢/ バウム クーヘン==どうも くえへん/ トイレ===はいれ
【『まど・みちお全詩集』(まど・みちお著、伊藤英治編集、理論社、1992年)517~518p】

「さる」       
 さるさらう /さるさらさらう /さるざるさらう /さるささらさらう /さるさらささらう
 さらざるささらさらささらって /さるさらりさる /さるさらば
【『ことばあそびうた』(谷川俊太郎・詩、瀬川康男・絵、福音館書店、1973年)】

↓「さる」の「ひらがな」に、漢字をあてはめて考えてみよう。
さら(皿):浅く平たい形状の容器/ざる(笊):細く割った竹を材料に、丸くくぼみをつけて編み上げた容器/ささら(簓):竹や細い木などを束ねて作った、食器などの洗浄に用いる器具/さらさ(更紗):インド起源の木綿地の模様染め布製品/さる(去る):そこを離れてどこかへ行ってしまう(動き)/さらば(然らば・左あらば):さようなら(少し心残りな別れ)

「さる・るるる」
 さる・くる /さる・みる /さる・ける /さる・とる /さる・うる 
 さる・やる さる・える /さる・のる /さる・せる /さる・おる /
 さる・ぬる /さる・はる /さる・つる /さる・ねる
【『さる・るるる』(五味太郎著、絵本館、1980年)】

↓「さる・るるる」で、「さる」の動作にあてはめて考えてみよう。
くる(来る・繰る)/みる(見る・診る・看る・観る)/ける(蹴る)/とる(取る・撮る・摂る・採る・執る・捕る)/うる(売る・得る)/やる(この場合は与える意→遣る)/える(選る・得る・獲る)/のる(乗る・載る)/せる(競る)、おる(折る・織る・居る)/ぬる(塗る)/はる(貼る・張る)/つる(吊る・釣る)/ねる(寝る・練る・煉る・錬る)

◆もうひとつ、ひらがなの大きいつぶ・小さいつぶ、「―(長音)」を楽しむ からその一部。
『大きなたいこ』(小林純一作詞/中田喜直作曲)も、幼いころみんなでよく歌った。
 おおきなたいこ どーんどん /ちいさなたいこ とんとんとん 
 おおきなたいこ /ちいさなたいこ /どーんどーん とんとんとん

↓これもみんなで歌うと、「大きいつぶ」と「小さいつぶ」に変化する。

おおきなたいこ どおーん どおーん /ちいさなたいこ とん とん とん
おおきなたいこ /ちいさなたいこ /どおーん どおーん とん とん とん

『おべんとうばこのうた』(香山美子作詞/小森昭宏作曲)のリズムがいい。
 これっくらいの おべんとばこに /おにぎり おにぎり ちょいとつめて
 きざみしょうがに ごましおふって /にんじんさん さんしょうさん
 しいたけさん ごぼうさん
 /あなのあいた れんこんさん /すじのとおった ふき

↓これもみんなで歌うと、「大きいつぶ」と「ー」(長音)がほどよくコラボする。

 これっくらいの おべんとばこに /おにぎり おにぎり ちょいとつめて
 きざぁーみしょうがに ごましおふって /にんじんさん さんしょうさん
 しいたけさん ごぼーぉさん /あなぁーのあいた れんこんさん
 すじぃーのとおった ふぅー

 私が大好きなフレーズに、「からだはいちばん身近な自然」ということばがある。

 オノマトペ(擬音語・擬態語=身体語)から生まれた「からだことば」を起源にもつ〈やまとことば〉は、四角く・かたい漢字のイメージで「呼吸」するのではなく、まあるく・やわらかい日本語、「ひらがな」のリズムで息(いき)をする。

【プロフィール】
 原山 建郎(はらやま たつろう)
 出版ジャーナリスト・武蔵野大学仏教文化研究所研究員・日本東方医学会学術委員

 1946年長野県生まれ。1968年早稲田大学第一商学部卒業後、㈱主婦の友社入社。『主婦の友』、『アイ』、『わたしの健康』等の雑誌記者としてキャリアを積み、1984~1990年まで『わたしの健康』(現在は『健康』)編集長。1996~1999年まで取締役(編集・制作担当)。2003年よりフリー・ジャーナリストとして、本格的な執筆・講演および出版プロデュース活動に入る。

 2016年3月まで、武蔵野大学文学部非常勤講師、文教大学情報学部非常勤講師。専門分野はコミュニケーション論、和語でとらえる仏教的身体論など。

 おもな著書に『からだのメッセージを聴く』(集英社文庫・2001年)、『「米百俵」の精神(こころ)』(主婦の友社・2001年)、『身心やわらか健康法』(光文社カッパブックス・2002年)、『最新・最強のサプリメント大事典』(昭文社・2004年)などがある。

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