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連載「つたえること・つたわるもの」(35)

敬語は自己責任、場をつくるちから、〈よりどころのよりどころ〉。

連載 2018-02-27

出版ジャーナリスト 原山建郎

 その昔、敬語には「尊敬語」「謙譲語」「丁寧語」の3種類があると、私たちは小学校の授業で教わった。

 『広辞苑』(岩波書店、1989年)第三版で「敬語」を引くと、【話し手(または書き手)と相手と表現対象(話題の人自身またはその人に関する物、行為など)との間の地位、勢力、尊卑、親疎などの関係について、話し手(または書き手)が持っている判別をとくに示す言語表現。普通には尊敬語、謙譲語、丁寧語に分ける。】とあり、また『辞林21』(三省堂、1993年)第一刷には、【聞き手や話題にのぼっている人物・事物に対する話し手の敬意を表す言語的表現。日本語の敬語には、聞き手・話題に対して話し手の敬意を表現する「尊敬語」「謙譲語」と、聞き手に対して話し手の敬意を直接に表現する「丁寧語」とがある。】とある。このように、「地位、勢力、尊卑、親疎」「話し手の敬意を表す」ものだと説明されると、長幼の序(年長者への敬意)、目上と目下(上司を立てる)など、どうしても人間関係の序列のほうが気になる。

 しかし、2007年2月、文科大臣に答申された「敬語の指針」(文化審議会国語分科会敬語小委員会)には、【敬語が必要だと感じているけれども、現実の運用に際しては困難を感じている人たちが多い。そのような人たちを主たる対象として、社会教育や学校教育など様々な分野で作成される敬語の「よりどころ」の基盤、すなわち、〈よりどころのよりどころ〉として、敬語の基本的な考え方や具体的な使い方を示すもの。】という、この答申の目的と〈よりどころ〉が書かれている。それまで3つの分類で示されていた敬語が、謙譲語の概念を「謙譲語Ⅰ」と「謙譲語Ⅱ(丁重語)」に、丁寧語の概念を「丁寧語」と「美化語」に分けて、全体を5つの敬語分類で考えることになり、それにともなって、小・中学校の教科書の内容も改訂された。



 文化庁のHPで「敬語おもしろ相談室メニュー」をのぞく。多様なケース・スタディがわかりやすく書かれている。たとえば【尊敬できない相手にも使わなければならないのか】という質問に対して、【まず、確認しておきたいことは、尊敬の気持ちと敬語との関係です。敬語は、敬意に基づき選択される言葉ですが、敬意は必ずしも尊敬の気持ちだけではありません。その人の「社会的な立場を尊重すること」も敬意の現れの一つです。仮に尊敬できないと感じられる人であっても、その人の立場・存在を認めようとすることは、一つの「敬意」の表現となり得るのであり、その気持ちを敬語で表すことは可能なのです。】、【敬語は、単なる上下関係からでなく、その相手と自分との間の立場(※幾ら若いといっても、自分の子供の担任をしている教師であれば、その立場に対する配慮が必要になる)や役割から考えて使う場合もあります。この中には、仮に自分が年長であっても、相手を立てて使う場合も含まれます。】の解説は、じゅうぶん納得できる。

 その一方で、ウェブ検索でヒットした『ビジネス敬語の達人』サイトに、【敬語とは、話している相手や、話に登場する人物をていねいに扱っているということをあらわすための言葉である。「ていねいに扱う」とはどういうことかというと、「目上の人扱いする」ということ。「目上の人扱いする」、すなわち「私はあなたを目上の人だと思っていますよ」と伝えるために敬語を使うわけですね。それだけのこと。「目上」の意味についても深く考えこんだりしないでくださいね。「目上の人」とは、「上司、先生、先輩、取引先、お客、年上の人など、一般的に立場が上だとされている人」くらいに考えておいていただければけっこうです。】とある。これは、敬語は真面目に考えなくてよい、とにかく「目上の人扱いする」だけでいい、それ以上考えず「マニュアル敬語」を覚えよう、つまり「敬っている」ふり(カタチ)を勧めているようにも思える。

 具体的な「敬語の使い方」ケース研究については、文化庁のHPから「敬語おもしろ相談室メニュー」を開いていただくとして、「答申」の翌年、〈しゃべりのプロ=アナウンサー〉である梶原しげるさんの著書『すべらない敬語』(新潮社新書、2008年)には、〈よりどころのよりどころ〉としての「敬語」の基本について、梶原さんの取材から見えてきたものがレポートされている。同書の要点を、ここで2つだけ紹介しよう。

①「敬語」は、早い話が「自己表現」です。
 なぜ敬語は必要なのか? 文化審議会国語分科会会長を務めた作家・阿刀田高さんが、あるラジオ番組で放ったひと言、【(敬語は)難しいのかといわれれば、まあ難しい。(中略)でも、私は、おれは、そんな苦労までして敬語なんか使う必要は無い、という人はそうすればいい。ただし、その時に、周りの人がどういう風にその人を評価するのか、人間関係がどうなるのかについては、それこそ、自己責任だと覚悟を決めてもらうしか無いでしょうね。】(同書52ページ)は、さきに紹介した「敬っているふり(カタチ)」敬語とは、まさに「対極」に位置する「自己責任」敬語である。

②「場(間合い)」を作る〈ちから〉。
 取りまとめの中心となった国立国語研究所所長・杉戸清樹さんが、梶原さんの取材に答えたひと言、【(敬語は)正しいか正しくないかよりも、ある敬語なり言い回しを選んでしまうと、そのことばが働いて、何かその場ができてしまうその場の、例えば相手との人間関係がつくりあげられてしまう。(中略)。友だちになろうとか、あるいはお客さんになってもらおうとか、そういう関係をつくりあげるという積極的な働きをことばづかい、特に敬語は持つ。だから使わない手はないだろう。】(同書54~55ページ)からは、相手(聞き手)と自分(話し手)との、絶妙な心理的・空間的距離、エネルギーのやりとり、最適なパーソナル・ディスタンス(お互いの心が通い合う間合い)を積極的に演出する手がかり、「敬語」ということばがもっている特別な〈ちから〉を感じる。

【プロフィール】
 原山 建郎(はらやま たつろう) 
 出版ジャーナリスト・武蔵野大学仏教文化研究所研究員・日本東方医学会学術委員

 1946年長野県生まれ。1968年早稲田大学第一商学部卒業後、㈱主婦の友社入社。『主婦の友』、『アイ』、『わたしの健康』等の雑誌記者としてキャリアを積み、1984~1990年まで『わたしの健康』(現在は『健康』)編集長。1996~1999年まで取締役(編集・制作担当)。2003年よりフリー・ジャーナリストとして、本格的な執筆・講演および出版プロデュース活動に入る。

 2016年3月まで、武蔵野大学文学部非常勤講師、文教大学情報学部非常勤講師。専門分野はコミュニケーション論、和語でとらえる仏教的身体論など。

 おもな著書に『からだのメッセージを聴く』(集英社文庫・2001年)、『「米百俵」の精神(こころ)』(主婦の友社・2001年)、『身心やわらか健康法』(光文社カッパブックス・2002年)、『最新・最強のサプリメント大事典』(昭文社・2004年)などがある。

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