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連載「つたえること・つたわるもの」(33)

尋問者・脅迫者・傍観者・被害者のコントロールドラマ。

連載 2018-01-23

出版ジャーナリスト 原山建郎

 内縁関係の男女(※実の夫婦の場合もある)による幼児への暴行、虐待死事件があとを絶たない。

 昨年12月にも、大阪府箕面市で4歳の男児、夢(あゆむ)クンがクリスマスイブの食事中、「食べ物をこぼした」「言うことを聞かないから」という理由で、母親の交際相手から腹を殴られるなど、八時間にもおよぶ暴行を受けて死亡した。その場にいた母親は「見ていただけ」と関与を否認しているという。

 もちろん、いちばんの〈被害〉者は、言われなき〈尋問〉と〈脅迫〉を受け、外傷性の腹膜出血で亡くなった幼い子どもである。しかし、その一方で、暴力をふるった男性(母親の交際相手)は多くの場合、自分が傷つくのを恐れるあまり、相手(交際相手の母親とその子ども)を服従させようとして、暴力に訴える〈支配欲依存症〉の輩(やから)である。また、わが子が暴行を受けているのに〈傍観〉者でいる母親の多くは、「交際相手に棄てられるのではないか」という不安から「子どものしつけが悪いから、彼を怒らせてしまった」と考えるようになり、ついには、わが子を「なんでお前は言うことを聞かないの!」となじる〈尋問〉者に変貌する。ここでは、いつのまにか〈共依存〉(愛情という名を借りて相手を支配する関係)」に身を委ねる、いわば疑似家族間の「コントロール(支配・被支配)ドラマ」にも、目を向けなければならない。

 「コントロールドラマ」という心理学用語は、「アダルトチルドレン」とセットで語られることが多い。

 長年、アルコール依存症、摂食障害、児童虐待(支配欲依存症)などの問題に取り組んでいる心理学者の信田(のぶた)さよ子さんは、著書『コントロール・ドラマ ――それは「アダルト・チルドレン」を解くカギ――』(三五館刊、1997年)の中で、「アダルト・チルドレンというのは、チルドレン・オブ・アルコホリックの人が、アダルト(※成人)になった人、というふうに考えます。つまり、アルコール依存症の家族に育った子供が大人になったということです。」と定義し、また、「私たちは支配・被支配(コントロール)に満ちた家族で育ち、生き延びてきたのです。暴力や抑圧といった明快な支配ではなく、むしろ美徳とされてきた家族愛、親の愛、母の愛こそに、真綿で首を締めるような支配がひそんでいるのです。支配された人は別の人を支配する、この鎖のような連なりは、システムとなって私たちの社会を支配しています。私はそこに繰り広げられる人間の関係性を、コントロール・ドラマと名づけました。」と書いている。

 信田さんは、アダルトチルドレンについてわかりやすい例を挙げている。さきにとり上げた〈支配欲依存症〉と、〈アルコール依存症〉には、コントロールドラマの展開パターンに共通の要素が潜んでいる。

 たとえば病院において(※アルコール依存症の)お父さんが入院しています。すると奥さんが面会に来て、「もうあなた、飲まないわよね。本当に飲まないわよね。だってこの子は受験だもの」と言います。面会についてきた子どもは、そのそばでうなずいて黙っています。子どもは、「僕が一番をとらないとお母さんが苦しむ。だめなお父さんがいる家族の中で、僕だけはこの家族を支えてがんばらなくっちゃ」と思ってしまいます。そうしないと家族が崩壊してしまうのではないかと思っています。アルコール依存症の子どもは、そういうふうに育っていきます。(中略)飲んでいるお父さんを見て、その側で悲嘆にくれながらも決して別れようとしないお母さんを見て、私はあんな人生を送りたくない、と思います。誰でも、不幸な親を見れば、私は親のようにはなりたくないと思います。(中略)もう少し言うと、私は親のようにはなりたくない、でもなってしまった、という人が多いのです。(中略)専門用語で「世代連鎖(※虐待されて育った人が子どもを虐待してしまうという傾向が世代間で伝達されること。世代間連鎖ともいう)」と言います。『私は親のようにならない』(※クラウディア・ブラック著、誠信書房、1989年)という本を読むと、アルコール依存症の家庭で育って大人の約半数は、同じようにアルコール依存症になると記されています。残りの半数は、自分はならなくても、アルコール依存症の人と結婚してしまいます。(中略)非常に希望のない話ですが、それが(※この本の)骨子です。】
(『コントロール・ドラマ』66~68ページ)

 おそらく、4歳の夢クンも大好きな母親をこれ以上苦しめまいと、ご飯をこぼさずに食べよう、母親の言いつけは守ろうと、必死に頑張っていたに違いない。しかし、度重なる暴行で傷ついたその心と体はコントロール(調節)機能を失い、どうしてよいかわからず、その場で凍りついてしまったのだろう。なぜ、母親の交際相手は夢クンの命を奪ったのか、なぜ母親は暴行を制止せずに傍観していたのか、夢クンの悲鳴は大人たちの心に届かなかったのだろうか。この問題を考える上で重要な一冊に、『聖なる予言』(ジェームス・レッドフィールド著、山川紘矢・山川亜希子訳、角川書店、1994年)という小説がある。少し長い引用になるが、4歳の夢クンをめぐる悲惨な「コントロールドラマ」を理解する手がかりとしたい。

 人は誰でも、攻撃的にむりやり人の注意を自分に向けさせるか、受身的に人の同情や好奇心に働きかけて注意を引くかして、エネルギーを得ようとします。例えば、もし誰かに言葉や暴力でおどかされると、あなたは自分に何か悪いことが起こるのではないかと恐れて、相手に注意を払わざるを得なくなります。その結果、エネルギーを相手に与えてしまいます。あなたをおどかしている人は、あなたを最も攻撃的なドラマに引っ張り込むのです。これを第六の知恵では脅迫者と呼んでいます。

 一方、もし誰かがあなたに、自分に起きたひどい出来事を話し、それもいかにもあなたに責任があるように匂わせておいて、もし助けてくれなければ、このひどい出来事はずっと続くと訴えたとしたら、この人は最も受身的なレベルでコントロールしようとしています。これを写本では被害者のドラマと呼んでいます。(『聖なる予言』194ページ)

 これは、脅迫者が〈相手のエネルギーを奪おう〉とする、または被害者が〈自分のエネルギーを確保しよう〉とする潜在意識下での行動だが、さらに尋問者、傍観者についても説明されている。

 どの人のドラマも、攻撃的なものから受身的なものまで、この分類のどこかにあてはまります。あまり攻撃的に見えなくても、エネルギーを取るために、人の欠点を見つけ出しては、ゆっくりとあなたの世界を侵害してゆく、あなたのお父さんのような人は(※この小説の主人公は幼少年期、父親からよく欠点を指摘されていたので、彼に批判されるようなことは何も言わないように、常に距離を置いていた)尋問者です。被害者よりは受け身の度合いが少ないものが、あなたの演じているよそよそしい傍観者のドラマです。ドラマは順番に、脅迫者、尋問者、傍観者、被害者となります。(中略)

 でも、少なくとも両親はあなたを脅迫しはしなかったのですね。少なくとも、あなたは身の安全をおびやかされはしなかったのですね。(※そうでなければ、あなたは)きっと被害者のドラマから、抜け出せなくなっていたでしょう。(中略)もしあなたが子供で、誰かがあなたの体を傷つけておどし、エネルギーを奪い取ろうとしていたら、よそよそしくしているだけではうまくいきません。(中略)ですから、あなたはもっと受け身になって、被害者のドラマを演じざるを得なくなります。相手の情けに訴え、彼らがしたことに対して罪悪感を感じさせようとするのです。
(『聖なる予言』195~196ページ)

 幼児虐待死というコントロールドラマでは、主犯格である〈支配欲依存症〉の男性が「なぜ、食べ物をこぼしたか(尋問者)」、あるいは「言うことを聞かなければ、殴るぞ(脅迫者)」と迫ったとき、本来であればわが子を救うはずの母親が「見ていただけ」の傍観者から少しも動かず、その結果、4歳の幼児は被害者のドラマを演じることもできぬまま、生きるためのエネルギーを奪い取られてしまったのである。

 ひとつ視点を変えると、ビジネス社会のパワハラ、セクハラ、モラハラ、アルハラ、マタハラなども、単なる嫌がらせやいじめではなく、権力(旺盛な支配欲)を持つ上司などの加害者(脅迫者、尋問者)が、見て見ぬふりをする同僚(傍観者)たちの沈黙の承認をよいことにして、立場の弱い部下や女性など被害者の(仕事や生活の)エネルギーを奪おうとたくらむ、コントロールドラマと考えることもできそうだ。

 書家で詩人の相田みつをに、「わけ合えば」と題する一節がある。

うばい合えば足らぬ/わけ合えばあまる
うばい合えばあらそい/わけ合えばやすらぎ

うばい合えばにくしみ/わけ合えばよろこび
うばい合えば不満/わけ合えば感謝

【プロフィール】
 原山 建郎(はらやま たつろう) 
 出版ジャーナリスト・武蔵野大学仏教文化研究所研究員・日本東方医学会学術委員

 1946年長野県生まれ。1968年早稲田大学第一商学部卒業後、㈱主婦の友社入社。『主婦の友』、『アイ』、『わたしの健康』等の雑誌記者としてキャリアを積み、1984~1990年まで『わたしの健康』(現在は『健康』)編集長。1996~1999年まで取締役(編集・制作担当)。2003年よりフリー・ジャーナリストとして、本格的な執筆・講演および出版プロデュース活動に入る。

 2016年3月まで、武蔵野大学文学部非常勤講師、文教大学情報学部非常勤講師。専門分野はコミュニケーション論、和語でとらえる仏教的身体論など。

 おもな著書に『からだのメッセージを聴く』(集英社文庫・2001年)、『「米百俵」の精神(こころ)』(主婦の友社・2001年)、『身心やわらか健康法』(光文社カッパブックス・2002年)、『最新・最強のサプリメント大事典』(昭文社・2004年)などがある。

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