連載「つたえること・つたわるもの」158
「すみません!ありがとうございます」「重いから、ボクが運びます」
連載 2023-04-12
出版ジャーナリスト 原山建郎
先月、思うところあって、ある人材派遣会社の「日雇い(スポット)派遣」スタッフに登録した。
事前の説明会では、①派遣元(登録している人材派遣会社)から仕事の紹介を受け、派遣先で短期就労する。②自分のスマホに就労希望日を登録しておくと、前日に仕事紹介メールや電話での連絡が入る。紹介された仕事を「受ける」を選択すると作業確認メールが届く。「受けない」を選択すると受けない理由を書いて返信する。③平日に勤務確認票を支店に提出すれば翌日振込可能など、「日雇い派遣」の概要がアナウンスされた。
早速、「倉庫などでの軽作業」を希望すると、通販大手A社のロジクティクスセンターの「軽作業」紹介メールが届いた。スマホの登録画面を開くと、就業時間 09:00~18:00(実働8:00)、休憩時間 12:00~13:00、得意先名(就業先名)、作業内容 通販商品のピッキングなどの作業確認事項が書かれていた。
翌朝、電車で就業先に向かう途中、派遣元からスマホに電話が入った。何事かと出てみると、「出発コール(チェック)がまだです」との注意だった。あらかじめ自己申告した「家を出発する時間」に、スマホで「出発コール」ボタンを押すのを忘れていたのだ。ほかにも、就業先への「到着コール」「終了コール」確認があり、派遣元は派遣スタッフの就業状況(遅刻や早退はないかどうか)を確認する仕組みになっている。
この日が初めての仕事だったので、午前8時の集合時間少し前、指定された集合場所に到着。先輩(引率)スタッフによる点呼のあと、送迎用の大型バスに乗り込むために、ざっと数えて80人もの長い列に並ぶ。そして、2台目に来た、ぎゅうぎゅう詰めのバスに揺られること20分あまり、巨大な倉庫群が立ち並ぶ一角、A社ロジクティクスセンターに到着した。スマホで「到着コール」ボタンを、今度は忘れずに押す。
受付で識別バーコードが付いた「IDカード」と「ロッカー番号カード」を渡され、4階のロッカールームへ。仕事場での服装は、(くるぶし丈まである)綿パン、ひも付きのスニーカー、そして派遣元で登録したスタッフカード、メガネ、ゴム(滑り止め)つき軍手、ハンカチ以外はすべて持込禁止なので、スマホ、昼食、ペットボトル(飲料)、上着などを入れたカバンをロッカーに入れる。
倉庫の入り口のバーコードリーダーで「ロッカー番号カード」をかざす。ピッという音がしてロックが解除される。これは倉庫への出入記録(昼食休憩、午後休憩時にも行う)で、セキュリティ管理の一環。ドアを開けて入る。ふつうのビルの2階分はある天井の高さ、奥行きのある倉庫の広大なフロアに圧倒される。
朝礼時、「初めての人」と聞かれて手を挙げると、引率してくれた30歳代の先輩スタッフBさんと同じ「仕分け」のグループに編入された。ローラーコンベアで流れてくる、段ボール箱詰めの通販商品を、発送先別のコード番号にしたがって、それぞれの「カゴ車(格子フレームで覆われたキャスター付き台車)」に積んでいく。大・中・小、さまざまなサイズの段ボール箱を、発送先別のカゴ車に積み込んでいくのだが、荷崩れしないように積むのは、全くの初心者である私には結構むずかしい。自分ではうまくできたと思って5段に積んだ段ボール箱を、先輩スタッフのBさん――この方も日雇い派遣のひとり――が、カゴ車から段ボール箱をおろし、積み直し始めた。しまった! 積み方を間違った。「すみません!」と謝る私。すると、Bさんは、仕分けスタッフ全員に「みんな、仕事の手を休めて、聞いてください」と集合をかけ、次のように話した。
「みなさんが積んだ段ボール箱を、もしかしたら、積み直したりするかもしれません。しかし、それは私のクセのようなものですから、気にしないでください」
私の積み方を悪い例に挙げて、「こういう積み方をしないでください」と注意して、荷崩れしない積み方のレッスンが始まるのかと、身構えていた私だったが、Bさんのひと言に救われる思いがした。
また、大きな段ボール箱をかかえてカゴ車に運んでいると、若手スタッフのCさんが私のそばにやってきて、「重いものは、ボクが運びます」と声をかけてくれた。「ありがとう! だいじょうぶです」と、50歳以上も若い彼の気づかいに感謝しつつも、重い段ボール箱は自分でカゴ車に運んだことはいうまでもない。
朝9時から夕方6時まで1時間の休憩以外は立ちっぱなしの作業、次々に流れてくる段ボール箱を仕分ける作業はかなりハードだったが、BさんとCさんのひと言が、その日の疲れを少し軽くしてくれた。
数日後、やはりA社(ロジクティクスセンター)の「軽作業」紹介メールが届いた。この日の作業は、ベテランの女性パートEさんの指示を受けながら、返品されたアパレル商品の(値札)タグはがしと袋詰め。それぞれに手押し式カウンター(数取器)とタッチ式のカウンター(時間計測器)が設置されており、タグはがしと商品のビニール袋詰め、それぞれに計測された「合計枚数&累計時間」の数字を作業票に写し、担当者名(フルネーム)をカタカナで記入する作業だった。
不安になった私が、「これは個人別に作業効率を査定するためですか? ノルマがあるのですか」と、この日の先輩スタッフのDさんに尋ねると、「最近導入された仕組みです。ノルマはないと思います。作業速度が早ければよいわけではなく、丁寧に作業するほうがたいせつだと思います」というアドバイスを受けた。
それでも、できるだけ急いでタグはがし、袋詰め作業を進めていると、「ハラヤマさん」と女性パートEさんに呼ばれた。「タグはがし跡に、糊のカスが残っているでしょう。ちゃんと糊のカスを取ってから、商品チェックに持っていくように」という注意を受けた。よく見ると、米粒の半分くらいの大きさの糊がまだ付いている。糊のカスをきれいに取り、商品チェッカーの女性パートFさんのところへ持っていく。
「あら、どうもすみません。きれいに取っていただいて、ありがとうございます」
てっきり、「あんた、タグの糊を取り残すと、ビニール袋に張り付いて汚くなる」とお叱りを受けると思っていたのだが、その反対にお礼のことばが返ってきて、そのやさしい気づかいが何よりもうれしかった。
このほかにも、物流大手G社のロジクティクスセンター、アパレル大手H社のロジクティクスセンターでの「軽作業」を経験した。A社では識別バーコード付きIDカードとロッカー番号カードによるデジタル管理だったが、G社では左手薬指での静脈認証(指の第二関節部分をセンサーにかざし、指の静脈パターンを読み取り、事前に登録しておいた静脈パターンと照合する方法)、H社では所定の作業報告表に手書きで記入するだけ(自己申告)でよいなど、それぞれのロジクティクスセンターごとに独自のルールがあった。
やさしい気づかいといえば、二人一組でダブルチェックを行う、G社の「商品バーコード確認」と「同一商品の数量確認」作業で私とコンビを組んだ若手のIさんは、バーコードの読み上げ、数量の確認を行うたびに、必ず「すみません! ありがとうございます」と言いながら、いつも笑顔を絶やさない。一度も座ることなく、ラベルに印刷された細かい数字を読み、確認票に記入しながらの実働8時間、常に緊張を強いられる立ち仕事は、私語を交わす余裕もなく、黙々と手と目を動かすだけの長丁場で、たくさんの「すみません! ありがとうございます」が、私の心をやさしく、そっと温めてくれた。「こちらこそ! ありがとう」
【プロフィール】
原山 建郎(はらやま たつろう)
出版ジャーナリスト・武蔵野大学仏教文化研究所研究員・日本東方医学会学術委員
1946年長野県生まれ。1968年早稲田大学第一商学部卒業後、㈱主婦の友社入社。『主婦の友』、『アイ』、『わたしの健康』等の雑誌記者としてキャリアを積み、1984~1990年まで『わたしの健康』(現在は『健康』)編集長。1996~1999年まで取締役(編集・制作担当)。2003年よりフリー・ジャーナリストとして、本格的な執筆・講演および出版プロデュース活動に入る。
2016年3月まで、武蔵野大学文学部非常勤講師、文教大学情報学部非常勤講師。専門分野はコミュニケーション論、和語でとらえる仏教的身体論など。
おもな著書に『からだのメッセージを聴く』(集英社文庫・2001年)、『「米百俵」の精神(こころ)』(主婦の友社・2001年)、『身心やわらか健康法』(光文社カッパブックス・2002年)、『最新・最強のサプリメント大事典』(昭文社・2004年)などがある。
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