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連載「つたえること・つたわるもの」(110)

〈伝わりにくい〉を、わかりやすく〈伝える〉――その2

連載 2021-04-13

出版ジャーナリスト 原山建郎
 〈伝わりにくい〉といえば、政府(官公庁)が一般国民に広く知らせるための官報(公式の報告)や地方自治体(都道府県・市区町村)が住民サービスやお知らせを載せる広報などに用いる、いわゆる「お役所ことば(公文書、法律、条例など)」がある。これは江戸時代、幕府や藩主から一般民衆に向けた「上意下達(上の人の考えや命令などを下の者に伝える)」の公文書である「御触書(幕府や藩主から一般民衆に告げ知らせる公文書)」、「御達し(幕府から関係機関に発せられた法令や命令)の流れを汲むもので、お上(為政者)から下々(民衆)へ向けられた告知文(一方通行の公文書)である。

 たとえば、慶安2(1649)年に発せられた32条からなる「慶安御触書(けいあんのおふれがき)」に、○百姓は衣類之儀布木綿より外ハ帶衣裏ニも仕間敷事(農民達は、麻と木綿のほかは着てはいけない。帯や裏地にも使ってはならない)/○たは粉(※たばこ)のみ申間敷候是ハ食にも不成結句以來煩ニ成ものニ候其上隙もかけ代物も入火の用心も惡候万事ニ損成ものニ候事(煙草を吸わないこと。これは食物にもならず、いずれ病気になるものである。その上時間もかかり、金もかかり、火の用心も必要になるなど悪いものである。全てにおいて損になるものである)とあるように、有無を言わさぬ「御触れ(命令)」である。

 ところで、一般市民にはわかりにくい「お役所ことば」の根底には、とかく形式的で不親切・融通が利かない・非能率になりがちな「お役所仕事」がある。その源流は、江戸時代に侍の子弟が藩校で学んだ『論語』泰伯第八にある「子曰く、民は之に由らしむべし、之を知らしむべからず」(人民を従わせることはできても、すべての人に政治の道理を理解させることはむずかしい)あたりではないだろうか。

 そして、「すべての人に政治の道理を理解させることはむずかしい」状況にかこつけて、「理解できなくても・よい→一応・知らせておく」形式をとり、しかも「後々、証拠となることば(言質)」をとられないように、責任の所在を曖昧にする表現を多用するようになった。何よりも公用語と前例と規則を重視するお役所仕事からは、一般市民にわかりやすく〈伝える〉取り組みがほとんど生まれてこなかった。

 ところが、近年、市民生活と関係の深い市区町村の「広報」担当者に、従来の「お役所仕事的な広報」を見直す動きがあり、これからの「広報」は一般市民への公的な情報の告知(インフォメーション)だけでなく、一般市民からの声(意見、反響)も受け入れるPR(パブリック・リレーションズ)の考え方をもとに、〈伝わりにくい〉「お役所ことば」をわかりやすく〈伝える〉取り組みが始まっている。

 ちなみに、英語のコミュニケーションは「(地域社会・公共の)情報を共有する」を意味するコミュニコ(ラテン語)がコアの語源であり、双方向の情報交換(共有)を表すことばなので、とくに市区町村が定期的に発行する「広報」には、何よりも一般市民にわかりやすく〈伝わりやすい〉表現を用いる工夫と努力、そして熱意が求められる。

 しかし、それは単なる「お役所ことば」を言い換えれば、それだけで一件落着ということではない。

 何よりも、まず、従来の「お役所仕事的な広報」(インフォメーション)を踏襲するのではなく、なぜ「お役所ことば」を一般市民にわかりやすく〈伝える→伝わる〉取り組み(パブリック・リレーションズ)に着手したのか? また、市民目線をどうとらえているのか、そこが重要なポイントである。

 インターネットで見つけた地方自治体の取り組み〔①北海道富良野市2005年/②東京都港区2017年/③千葉県銚子市2018年〕から、そのコンセプト(基本理念)と、具体的な改善例を検証してみよう。

 まず、①富良野市の『カタカナことば、お役所ことば見直しの手引き』の前書き(分りやすいことばで伝えよう)には、〔市が持つ情報は、市民のものです。積極的に市民に情報を提供し情報を共有することが、まちづくりを進めるための前提となります。(中略)市民は、市が作成する文書や職員が話す言葉に対して「行政用語が多くて分らない」「言い回しが回りくどい」「形式的で堅苦しい、権威的」「お上意識が垣間見える」といったマイナスイメージを持っているといわれます。(中略)そこで、わかりやすく、正確に、しかも悪い印象を与えずに市民に情報を伝える文書づくり、言葉づかいをめざして、「お役所ことば見直しの手引き」を作成しました。〕(太字は原山が注目した部分。以下同じ)と書かれている。「積極的に市民に情報を提供し情報を共有する」には、やはり前書きの〔市民がまちづくりに参加する機会を保証し、(中略)市民とともに考え、ともにつくりあげていくことをめざしています。〕とあり、富良野市のパブリック・リレーションズ(市と市民の情報・意識共有)への強い熱意を感じる。

 また、「外来語の言い換え一覧(カタカナ言葉=言い換え語→意味説明)」には、○アクセス=(1)接続(2)交通手段(3)参入→(1)情報に接近し利用すること(2)交通の連絡や便(3)市場に入り込むこと/○アジェンダ検討課題公式に取り組むべき検討課題。議題。行動計画/○コンプライアンス法令順守企業などが法令や規則を守ろうとすること/○セーフティーネット安全網経済的な危機に陥っても最低限の安全を保障してくれる社会的な制度や対策/○ユニバーサルサービス全国均質サービス全国どこにいても均質に受けられるサービス などがある。

 また「お役所ことばの見直し一覧(気になることば=言い換え例→言い回し⇒の例)」には、○該当する当てはまる条件に該当する条件に当てはまる/○供用使える・利用できる会館の供用を開始します会館は○日から利用できます などのように、一般市民にも〈伝わる〉わかりやすい表現への工夫がみられる。

 本来、内部文書であるこの手引きは、富良野市の職員が利用するものだが、単なる言い換え表現にとどまらず、外来語の意味説明やお役所言葉の言い回し例が例示されており、市民からの問い合わせに対する説明にも、わかりやすく〈伝える〉ことができる。

 手引きの但し書きにも、〔「お役所言葉」をことばの上でいくら言い換えても、職員の意識が変わらなければ再び「お役所ことば」が生み出されるでしょう。お役所ことばをなくすには職員の意識の改革がもっとも必要です。〕と書かれている。

 ②港区の『実践!やさしい日本語による公文書――分かりやすく親しみのある文章表現を目指して――』の前書き(はじめに)には、〔私たちの仕事の多くは、法令等に基づくもので、なによりも「正確さ」が重視されます。しかし、正確さを重視するあまりに法令用語や専門用語を並べただけの文書では、区民に理解し納得してもらうことはできません(中略)ここには、分かりやすく親しみのある文章表現のための一般的指針が書かれています。区民とのより良いコミュニケーションづくりのために活用してください。〕と書かれている。

 また、「この手引きの位置付け」には〔この手引きは、通知文等の一般的な公文書を作成するに当たっての一般的指針です。専門知識のある者を対象としていて一般的な分かりやすさが不要なときのような特殊な場合を除いて、全ての公文書作成にこの手引きを役立ててください。〕とある。

 この手引きの「目次」には、〔役所ことばを使わない/命令調の表現や押し付けがましい表現は避ける/一文はできるだけ短くする/曖昧な表現はしない/持って回った言い方をしない/できるだけ肯定形の文章にする/カタカナ語(外来語)をやたらに使わない/専門用語や特定分野の用語はできるだけ使わない/略語は気を付けて使う〕などの項目がある。

 たとえば、「持って回った言い方をしない」には〔「決定することとする」「決定するものとする」「決定する次第です」「決定するところである」いずれも「決定します」で十分です。〕と簡潔な表現への改善が示されている。「カタカナ語(外来語)をやたらに使わない」には〔適切な訳語がないなど、やむを得ずカタカナ語を使用する場合は、その 語の普及度、読み手の立場や年齢等を十分に考慮して、注釈を付けるか、 カタカナ語の前後の文章からその意味が分かるようにします。〕とあり、「社会的に定着しているカタカナ語の例」として〔プライバシー ボランティア サービス ルール サポート キャンセル ストレス メッセージ エレベーター アルバイト〕を挙げている。また、「略語は気を付けて使う」には〔普徴(普通徴収)、特徴(特別徴収)、滞繰(滞納繰越)、国保(国民健康保険)〕などが例示されている。

 そして、「お役所言葉→言い換え語→意味説明」には、○遺憾である残念に思います/○遺漏のないよう漏れや落ちのないように/○可及的速やかにできるだけ早く/○還付するお返しします/○従前のこれまでの/○踏襲するそのまま受け継ぐ/○返戻する返却する など、「ですます調」を基調とした、やわらかな文章表現がみられる。

 3年前(2018年3月)、お役所言葉改善プロジェクトチームが作成した、③銚子市の『お役所言葉改善道しるべ』のコンセプト(基本理念――前例にとらわれず、時間をかけずに、コストをかけずに、わかりやすく!)には、〔事務改善には、前例にとらわれないという姿勢が必要です。市の職員は人事異動等により事務の担当者が変わることが多いため、前任者が作成した文書をそのまま年度だけ直すといった「前例主義」になる傾向があります。(中略)「前例」は、その部署のノウハウを数十年積み上げてできた信頼度や完成度が高いものもありますが、そうでないものもあり、十年前にベストだった文書が現在もベストとは限りません。現在の状況に合わせ、最適な文書の作成に努めましょう。〕と書かれている。

 また、〔お役所言葉の具体例と改善例(堅苦しい言葉/まわりくどい言葉/法令用語・専門用語/カタカナ語/略語/お役所言葉の改善例)〕については、富良野市や港区の「見直しの手引き」と同じように丁寧で簡潔な表現への見直し(改善例)が数多く例示されているが、何よりも私が注目したのは、毎月1日に発行される〔「広報ちょうし」をお手本に〕という、お役所言葉改善プロジェクトチームの心意気と、「道しるべ」に書かれた内容への強い自信とゆるぎない信念である。

 そこには〔市が発行する「広報ちょうし」は、お手本にすべき文章の書き方が詰まっています。 広報は「中学生が読んでも理解できるわかりやすい表現」を目安に編集され ています。 見やすく、読みやすい文章で作成されていますので、一目見ただけで何を伝 えようとしているかが分かると思います。 「相手にとってわかりやすい文章を書く」、「読んでもらえる文章を書く」と いうスキルを高めることで仕事も進めやすくなります。 また、他の自治体の広報誌も読み手に配慮した工夫が多くされています。 ぜひ、広報誌をお手本にしてみてください。〕とあり、かつて朝日新聞の第一面コラム『天声人語』がわかりやすい文章のお手本とされたように、市職員の皆さんが『広報ちょうし』を文書作成の手引きとして、大いに活用されることを期待したい。

【プロフィール】
 原山 建郎(はらやま たつろう)
 出版ジャーナリスト・武蔵野大学仏教文化研究所研究員・日本東方医学会学術委員

 1946年長野県生まれ。1968年早稲田大学第一商学部卒業後、㈱主婦の友社入社。『主婦の友』、『アイ』、『わたしの健康』等の雑誌記者としてキャリアを積み、1984~1990年まで『わたしの健康』(現在は『健康』)編集長。1996~1999年まで取締役(編集・制作担当)。2003年よりフリー・ジャーナリストとして、本格的な執筆・講演および出版プロデュース活動に入る。

 2016年3月まで、武蔵野大学文学部非常勤講師、文教大学情報学部非常勤講師。専門分野はコミュニケーション論、和語でとらえる仏教的身体論など。

 おもな著書に『からだのメッセージを聴く』(集英社文庫・2001年)、『「米百俵」の精神(こころ)』(主婦の友社・2001年)、『身心やわらか健康法』(光文社カッパブックス・2002年)、『最新・最強のサプリメント大事典』(昭文社・2004年)などがある。

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