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連載コラム「つたえること・つたわるもの」⑨

〈ことば〉で伝えにくい「つらさ」を聴く、触れる、診る。

連載 2017-01-24

出版ジャーナリスト 原山建郎

 2013年の冬、ファイザー㈱・エーザイ㈱によるプレスセミナー「『痛み』をめぐる医療と言語研究がもたらす新たな可能性」のレジュメと「47都道府県比較:長く続く痛みに関する実態調査2013」(2013年9月発表)の配布資料を入手した。そこで、当時、東洋鍼灸専門学校で講じていた社会学の授業で、『「痛み――ことばでは説明できないつらさ」を聴く・触れる・診る』をとり上げた。たとえば、整形外科など標準的西洋医学が苦手とする「痛み(疼痛)の除去」は、鍼灸治療など東洋物療では得意分野なのだが、実際に患者の訴えを「聴く、触れる、診る」手がかりとして、ことばによる「痛み」表現のとらえ方が重要となる。

 また、プレスセミナーで注目されたトピックは、2011年3月11日に発生した東日本大震災の救援活動に入った医療チームが、東北地方の方言、とくに被災地(福島・宮城・岩手)の高齢者が訴える「つらさ」を理解するのに苦労した経験から、翌2012年3月、岩手県出身の竹田晃子さん(国立国語研究所非常勤研究員)が作成した『東北方言オノマトペ用例集』(https://www.ninjal.ac.jp/pages/onomatopoeia/)である。用例集の表紙には、おばあちゃんが訴える「のどぁ ぜらぜら」に耳を傾ける医師の姿が描かれている。「ぜらぜら」とは「のどに痰がからまって鳴る」様子をあらわす、青森・岩手地域の〈ことば〉だそうだ。

 オノマトペとは、自然界の音や声(擬音語)、物の形状や動き(擬態語)のことで、かつて文字をもたなかった上代日本の話しことば(やまとことば)は、オノマトペの音韻から生まれた〈ことば〉である。

 身近なところでは、戸を開ける音(カラカラ、ガラガラ)、花びらが散るさま(ハラハラ、バラバラ、パラパラ)、痛みの訴え(ヒリヒリ、ビリビリ、ピリピリ)などが挙げられるが、日本語を母語として育った私たちには、それぞれ清音・濁音・半濁音で伝わる「からだ感覚」の微妙な違いを理解することができる。

 webサイト「メディカル・オノマトペ」で、竹田さんは「母語としての方言」の重要性を訴えている。

 オノマトペには、体調や気分を表す表現がたくさんあります。共通語では、痛みをシクシク、キリキリ、ズキズキなどと表現することがありますが、各地の方言にも独特なオノマトペがあります。(中略)方言は、地域で暮らす人の生活を支える母語です。方言をなくすのではなく、方言を使う人と使わない人とが互いの立場を尊重しながら、必要に応じて意思の疎通を円滑に行うことができる社会を目指して 、医療現場の協力を得ながら、この問題に取り組みたいと考えています。
(『東北方言オノマトペ用例集』の取り組み)


 普段は共通語(標準語が母語)で暮らす私たちもまた、「痛み」を訴えるとき、【ズキズキ・ズキッ・ズキリ・ズキン・ズキンズキン/チクチク・チクリ・チクン・チクッ/ズンズン・ズーンズーン・ズン・ズーン/ガンガン・ガーンガーン・ガーン/ギシギシ・ギシリ・ギシッ/ゴリゴリ・ゴリッ/ジンジン・ジーン・ジン/ビリビリ・ビリリ・ビリッ/ピリピリ・ピリリ・ピリッ……】などのオノマトペを使い分けている。

 「痛みに関する実態調査2013」には、〈お国ことば〉で伝える「痛み、つらさ、苦しさ」が紹介されている。たとえば、同じ「痛み」であっても、各地特有のオノマトペを通して、からだの悲鳴が聞こえてくる。

【ワクワク:頭痛(中国・四国地方)/ハチハチ:頭痛(中国・四国地方)/ニシニシ:腹痛(香川)/ウラウラ・マクマク:めまい(東日本)/キヤキヤ:胃痛(関東・中部地方)/カヤカヤ:のどの不調(静岡)/エキエキ:暑苦しい(秋田・山形)/ゾミゾミ:悪寒(岐阜)/タクタク:足の疲労(島根)……】

 また、「つらい」「苦しい」の訴え表現にも、〈お国ことば〉ならではの多彩なバリエーションがある。
【あんばいわるい、うい、えらい、おぶない、かなしい、きつい、こわい、しょうない、しろしい・しろしか、しんどい・しんどか、ずつない・ずつなか、せちい・せつない、せんない、たいそな、てきない、なずむ、なんぎする、のさん、ひどい、むずかしい、ものい、よわる……】

 竹田さんは、「実態調査」結果から、医療現場における「痛みのオノマトペ」の積極的活用を訴える。
①痛みは把握が難しいため、症状を医師・看護師に理解してもらうには、何とかして伝える必要がある。/②しかし、診療の場では、患者はしばしば自身の痛みをうまく説明できていないという実態が明らかになり、痛みの症状伝達の難しさが浮き彫りになっている。/③その一方で、「痛みのオノマトペ」を用いて表現すると、医師・看護師の理解獲得に手応えを感じる患者が多い。/④医師・看護師が患者と同じ表現(オノマトペ・方言)を使うことによる効用がみられ、コミュニケーションの活性化を通じて、よりよい診療の実現が期待できる。

 「お国なまりは、お国の手形」ともいう。〈お国ことば〉による相互理解が、強く求められる時代の到来。

【プロフィール】
 原山 建郎(はらやま たつろう) 
 出版ジャーナリスト・武蔵野大学仏教文化研究所研究員・日本東方医学会学術委員

 1946年長野県生まれ。1968年早稲田大学第一商学部卒業後、㈱主婦の友社入社。『主婦の友』、『アイ』、『わたしの健康』等の雑誌記者としてキャリアを積み、1984~1990年まで『わたしの健康』(現在は『健康』)編集長。1996~1999年まで取締役(編集・制作担当)。2003年よりフリー・ジャーナリストとして、本格的な執筆・講演および出版プロデュース活動に入る。

 2016年3月まで、武蔵野大学文学部非常勤講師、文教大学情報学部非常勤講師。専門分野はコミュニケーション論、和語でとらえる仏教的身体論など。

 おもな著書に『からだのメッセージを聴く』(集英社文庫・2001年)、『「米百俵」の精神(こころ)』(主婦の友社・2001年)、『身心やわらか健康法』(光文社カッパブックス・2002年)、『最新・最強のサプリメント大事典』(昭文社・2004年)などがある。

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