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連載「つたえること・つたわるもの」103

えらい、しんどい、こわい、きつい――〈だるさ〉のお国ことば。

連載 2020-12-22

出版ジャーナリスト 原山建郎

 第三波が深刻な様相をみせるコロナ禍は、政府が呼びかけた「勝負の3週間」が失敗し、12月28日から1月11日までGoToトラベルも全国一斉に中止となって、医療崩壊の危機が目前に迫ってきた。

 たとえば、地域の基幹病院を含む2つの病院で国内最大規模のクラスターが発生した旭川市では、災害派遣を要請した自衛隊から看護官(看護師資格を持つ陸上自衛官)が医療支援に入った。やはり深刻な看護師不足に直面している大阪コロナ重症センターに対しては、13府県から派遣される看護師、自衛隊が派遣する看護官が応援に入ることになったが、今後も増え続ける重症患者にどこまで対処できるかは不明である。

 ところで、新型コロナウイルス感染症の初期症状と言えば、鼻水や咳、発熱、軽いのどの痛み、筋肉痛や全身のだるさ(倦怠感)、人によっては味覚・嗅覚障害などがあるが、とくに37.5℃程度の「発熱」と全身の「だるさ」を訴えるケースが多い。このうち、「発熱」は体温計を用いればすぐに数値化できるが、自分の「だるさ」はどのような症状なのか、患者(病名がつくまでは受診者)が訴える相手である医療者(医師や看護師)に「伝わる(届く)」言葉で正確に「伝える」ことはそう簡単なことではない。

 たとえば、全身の倦怠感を表現する〈だるい〉は、おもに関東地方で用いられる共通語(東京弁)とされているが、「Jタウンネット」が2014年に行ったアンケート調査(全国3633名に「体調が悪いとき、地元の言葉で何と言う」という質問に答えてもらった)」では、次のような結果が出たという。
 えらい(37.8%)/しんどい(25.7%)/だるい(11.9%)/こわい(8.2%)/きつい(6.7%)/つらい(2.9%)/せこい・たいそい(0.9%)/せつない(0.4%)/その他(4.6%)

 同じ質問で都道府県別のランキング上位をみると、地域によってかなり差があることがわかった。
 だるい(群馬)/えらい(中国地方・香川・甲信・東海・福井・滋賀)/しんどい(滋賀を除く関西、香川を除く四国、新潟)/こわい(北海道・南東北・茨木・栃木)/きつい(九州)
(Jタウンネット調査)

 この結果から、北海道から北関東にかけては「こわい」が伸びて、首都圏はバラバラ、甲信・東海は「えらい」が優勢、関西と四国の西半分は「しんどい」が多数派、九州は「きつい」が過半数だったという。

 なぜ、共通語(東京弁)とされる「だるい」という表現を、それぞれのお国ことば(方言)で比較してみたかというと、他府県の医師会や自衛隊の応援医療チームが、その地域の患者に「体調はどうですか?だるいですか?」と問診をする際、関西弁の「しんどい」は何とかわかるとしても、「せこいです」「せつないです」という訴えが「だるい」のお国ことばだと判断するのはむずかしいのではないかと思ったからである。

 たとえば、臨床心理学でいう「ラ・ポール形成」は、患者と医師の「共感に基づく信頼関係」を築くという意味の専門用語だが、患者と医師が良好なコミュニケーションを築くためには、患者の訴え(症状の説明)と、それを医師が理解した(あなたのつらさがよくわかる)という手応えをお互いに共感することが重要であり、そこに両者の良好なキャッチボール(信頼関係)がスタートする。ほとんどの患者は医学知識が浅く、医師の説明する内容が十分に理解できないことがある。また、患者は必ずしも標準語(共通語)で話すとは限らないので、医師はその地域のお国ことば(方言)をある程度知っておく必要がある。

 3・11(2011年3月の東日本大震災)では、全国から東北地方に支援に入った医療者たちが、被災地の患者たちが訴えるお国ことばがわからず、的確な診断を下すのに苦労したことから、国立国語研究所時空間変異研究系特任助教・竹田晃子さんらが『東北方言オノマトペ用例集』(2012年)を作成し、岩手・宮城・福島の主な医療・福祉施設に配布した。(※国語研のweb上でPDF版をインターネット配信)

 医療現場向けの方言資料は、東日本大震災が起こる前から、『逆索引山形方言集』(宮本忠孝、1979)・『弘前語彙』(松木明、1982)・『病む人の津軽ことば』(横浜礼子、1991)・『医学沖縄語辞典』(加地工真市監修・稲福盛輝編著、1992)・『医者が集めた越後の方言集』(黒岩卓夫・横山ミキ、1993)・『医療人のための群馬弁講座』(鈴木英樹、1998) ・『ケセン語大辞典』(山浦玄嗣、2000)・『大分保健医療方言集』(大分保健医療方言研究会、2001)・『診察室の備後弁』(檀浦生日、2007)などの資料が、各地の方言研究者、医師や看護師によって作成されていた。そして、東日本大震災の直後は、同じ年のうちに『東北被災地の医療関係方言語彙』(今村かほる、2011)・『支援者のための気仙沼方言入門』(東北大学文学部国語学研究室、2011)が作成され、翌2012年には『東北方言オノマトペ用例集』(竹田晃子編、2012)・『医療者のための広島方言』(岩城浩之、2012)・『医療者のための鹿児島方言』(岩城浩之、2012)・『注意すべき富山方言』(岩城浩之、2012)が作成された。

 これは東北地方に限らず、とくに日本語にはオノマトペ(擬態語、擬声語)が多く、その表現も多様である。なかでも、痛みの身体部位の名称、症状や体調・気分を表すお国ことばには、「擬音語(実際の音や動物の声を模した語)」が多くみられる。その一部をいくつか紹介してみよう。
 ワクワク:頭痛(中国・四国地方)/ハチハチ:頭痛(中国・四国地方)/ニシニシ:腹痛(香川)/ウラウラ・マクマク:めまい(東日本)/キヤキヤ:胃痛(関東・中部地方)/カヤカヤ:のどの不調(静岡)/エキエキ:暑苦しい(秋田・山形)/ゾミゾミ:悪寒(岐阜)/タクタク:足の疲労(島根)……

 たとえば、医薬品メーカーのファイザーとエーザイが、日本全国の20才以上の男女(一次調査179,433名、本調査8,183名)を対象に行った『47都道府県比較:長く続く痛みに関する実態調査2013』のデータから、患者が訴える「痛み」や「苦しみ」のオノマトペ表現を見てみよう。

 多くの地域で、複数の語形が「痛み」の種類で使い分けられている。
 いたい/いたむ/いたか、うずく、うつ、くわる/こわる、こびく、さす、しみる/しむ、せく/しぇく、つつく、にがる、にやる、はしる、ほどる、やむ/やめる……

 また、「苦しい」という訴えも、表現のバリエーションが多い
 あんばいわるい、うい、えらい、おぶない、かなしい、きつい、こわい、しょうない、しろしい/しろしか、しんどい/しんどか、ずつない/ずつなか、せちい/せつない、せんない、たいそな、てきない、なずむ、なんぎする、のさん、ひどい、むずかしい、ものい、よわる……

「痛み」「めまい」「動悸)」の訴えにも、さまざまなオノマトペがある
 ☆痛みの種類(ウズウズ、ウルウル、エゴエゴ、カーッ、カヤカヤ、ガンガン、ギシギシ、キーン、キュッ、キューン、キヤキヤ、キリキリ、キンキン、ギンギン、グイグイ、グジグジ、グリグリ、ゴネゴネ、ゴリゴリ、サクサク、ザックザック、シカシカ、ジカジカ、シクシク、ジクジク、ジワッ、ジワー、ジン、ジンジン、ジーン、ズイズイ、スイスイ、ズカズカ、ズキズキ、ズキン、ズキンズキン、ズッカズッカ、ズーン、チカチカ、チクチク、チクッ、チクリ、チリチリ、ツウツウ、ツカツカ、ツン、ツンツン、ニシニシ、ニヤニヤ、ハチハチ、ヒチヒチ、ピクッ、ヒラヒラ、ピリッ、ヒリヒリ、ビリビリ、ピリピリ、ジョヤリ、ピーン、マクマク、ムズムズ、モヤモヤ、ヤキヤキ、ヤラヤラ、ワクワク、ワンワン……)
 ☆めまいの種類(ウラウラ、マクマク)
 ☆動悸の種類(ハカハカ、ドカドカ)


『東北方言オノマトペ用例集』での調査結果を、竹田晃子さんは次のように考察している。
 ○痛みは把握が難しいため、症状を医師・看護師に理解してもらうためには、何とかして伝える必要がある。
 ○しかし、診療の場では、患者はしばしば自身の痛みをうまく説明できていないという実態が明らかになり、痛みの症状伝達の難しさが浮き彫りになっている。
 ○その一方で、「痛みのオノマトペ」を用いて表現すると、医師・看護師の理解獲得に手応えを感じる患者が多い。
 ○医師・看護師が患者と同じ表現(オノマトペ・方言)を使うことによる効用がみられ、コミュニケーションの活性化を通じて、よりよい診療の実現が期待できる。

 新型コロナウイルスの新規感染者が急増しつつある現在でも、たとえば全国から支援チームが派遣された旭川市や大阪府などで患者との対応にあたる医療チームの皆さんには、それぞれの地域の患者と「ラ・ポール形成」をはかる共通言語として、「えらい」「しんどい」「こわい」「きつい」という〈だるさ〉のお国ことば理解に加えて、〈だるさ〉のオノマトペ表現を聴き分ける〈ちから〉が求められている。

【プロフィール】
 原山 建郎(はらやま たつろう)
 出版ジャーナリスト・武蔵野大学仏教文化研究所研究員・日本東方医学会学術委員

 1946年長野県生まれ。1968年早稲田大学第一商学部卒業後、㈱主婦の友社入社。『主婦の友』、『アイ』、『わたしの健康』等の雑誌記者としてキャリアを積み、1984~1990年まで『わたしの健康』(現在は『健康』)編集長。1996~1999年まで取締役(編集・制作担当)。2003年よりフリー・ジャーナリストとして、本格的な執筆・講演および出版プロデュース活動に入る。

 2016年3月まで、武蔵野大学文学部非常勤講師、文教大学情報学部非常勤講師。専門分野はコミュニケーション論、和語でとらえる仏教的身体論など。

 おもな著書に『からだのメッセージを聴く』(集英社文庫・2001年)、『「米百俵」の精神(こころ)』(主婦の友社・2001年)、『身心やわらか健康法』(光文社カッパブックス・2002年)、『最新・最強のサプリメント大事典』(昭文社・2004年)などがある。

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