新連載講座の連載にあたり（ゴムの素晴らしさ，大切さを知るために）

ゴムは高機能，高付加価値商品

　素材として見る場合，金属やセラミック，プラスチックなどはどんなに手を加えてもその特性をほとんど変えることは出来ない。鉄は鉄以上のものにはなれず，プラスチックも同様である。例えばゴムの特性を画期的に変えるカーボンブラックなどを金属やプラスチックに添加した場合，これらの充填材は金属やプラスチックでは単なる異物として破壊の源になるだけである。このため金属やプラスチックは純粋な素材のみが使用される。

　ところが軟らかさを特徴とする材料は本質的に強度的弱点を持っているが故に，これを工業用製品にするためには実に様々な技術的工夫と改良が加えられている。一般的にゴム材料には数10種類の薬品や充填材が混合されている。まさに技術の粋が濃縮されている。ゴムにはこのような多面的な操作を受け入れる，言わば懐の広さがあるが故に，他の材料では全く手の出せない多様な用途を持つ製品になることが可能であり，その内容は部外者が簡単に推定できるものではない。ゴムの配合技術は企業独自のノウハウであり，社外秘としてその配合表は外部に出されることはないと言われる所以である。

　これに加えて，ゴム企業には“○○の神様”と称される人々がいる。例えばゴム練りの神様，加硫の神様たちであり，彼らが作るゴムは他の人の作るものより優れた物性を示す場合が多い。これはゴムの加硫工程で起こる化学反応がいまだに未解明の部分が多く，例えば薬品や充填材の投入順序や練りの順序などの手作業的な工夫も影響するからである。これらも企業の
ノウハウとして蓄積されている。

　ほとんど手の加えられていない，素材丸見えの金属やプラスチック製品の原価は隠しようもなく，ユーザも概略，推定できるために製品メーカーが独自に高い価格を設定するのが難しい。ところが外見が黒く，機器分析でもほとんど配合内容を特定できないゴム製品の値段は外部から推定することが難しい。そのこともあって，重量当たりの単価がゴム製品は金属やプラスチック製品に比べてかなり高く設定されている。ゴム製品は，いわゆる付加価値の高い，儲ける商品である。もちろんゴム屋から見れば，それは英知と技術が凝縮された製品に対する正当な対価と言うことになる。　

新連載講座のめざす役割

　新連載講座を開始するにあたり，“ゴムとは何か”を考える上で非常に大雑把ではあるが，近代産業におけるゴムの役割，ゴムを支える科学と技術，そして商品としてのゴムの価値を概略，眺めてみた。特に，ゴムという材料を支える科学と工学が大きな広がりを持つ技術群であり，そのような技術を駆使した材料だからこそゴムが近代産業において不可欠の位置を占め，商品としても高い付加価値を生み出していることをお話しした。

　この新連載講座で取り扱うテーマは，およそゴム関連企業で働くすべての人が基本的な概念，あるいは基本的情報として持っておくべき最低限の知識に関するものである。そうであるなら，文系，理系を超えて，また新人，管理職を問わず，自社が扱う“ゴムという宝物”についての基本的知識を共有することは，ある意味，社員としての当然の義務であり，それが真の意味で企業の活性化をもたらす原動力になると信じたい。ただし読者の方には，肩の力を抜いて気楽にお付き合いを願えればと思っている。

“Q&Aコーナ”の新設

　新連載講座では読者の質問をお受けし，これに筆者が答えるコーナを設けたい。本連載講座でお話ししたことについてはもちろん，日頃，何となく聞きそびれている技術問題などを下記アドレスまでお寄せいただくと，匿名の質問として折々に講座紙上でお答えしたいと思っている。本講座が読者にとってより有効なものになるために遠慮なく活用していただきたい。

e-mail：fukahori-question☆posty.co.jp（☆を@に変えてお送りください）

【プロフィール】
　深堀 美英（ふかほり・よしひで）
　ロンドン大学クイーンメリーカレッジVisiting Academic Staff

　著書：『高分子の力学』（2000，技報堂），『免震住宅のすすめ』（2005，講談社ブルーバックス），『ゴムの弱さと強さの謎解き物語（初版）』（2011，ポスティコーポレーション），『高分子の寿命と予測』（2013，技報堂），『ゴムの弱さと強さの謎解き物語（第２版）』（2017，ポスティコーポレーション），『ゴムの摩擦と摩耗の物理象』（2021，ポスティコーポレーション）