労働者の安全保護を重視する機運が高まっている。2025年には改正労働安全衛生法が公布され、新たに熱中症やメンタルヘルス、化学物質への対策が必須事項となるなど、安全保護への対応は企業にとって急務だ。しかしながら、対策の最適解を見つけるのに時間がかかり、対応が思うように進まない企業も少なくない。そうした中、吉野ゴム工業は業界に先駆けて社内に安全衛生部を設立。独自の安全対策・指導を社内だけでなく、協力企業やユーザーにも展開している。今回は同社の安全衛生部を率いる織田慎氏に、安全衛生教育を推進することになった経緯や、その意義について話を聞いた。

吉野ゴム工業 安全衛生部次長 織田 慎 氏

製品、サービスに独自性を生む“手作業”──安全対策も必須に

 コンベヤベルトの加工から取り付け、そしてベルトコンベヤシステムの設計・施工、メンテナンスまでを手掛ける吉野ゴム工業。同社工場にて“手作業”で加工されるコンベヤベルトは、同社の独自性が光る主力製品だ。

 一方で、分厚いゴムシートをカッターナイフなどの刃物で切断し、ベルトの利便性を高めるパーツを製作、取り付ける手作業は、常に危険が伴う。そうした状況に対応するため、同社では早期に作業者の安全対策に着手。2007年には現在の安全衛生部の前進となる「安全衛生ユニット」を設立し、工場作業者の労働災害対策に乗り出した。そして、2010年には現在も続く「安全衛生部」が設立された。

 安全衛生部設立の背景には、同社のメンテナンス事業が関わっている。同事業では、ベルトコンベヤの保守点検のほか、各種工事、エンドレス施工などを請け負う。「受注件数が年々増加するに伴って、協力会社も増えた。“労働災害対策の範囲は社内だけにとどまらない”と当社の認識も変化したことから、社内外向けの安全対策に取り組む“安全衛生部”の立ち上げに至った」(吉野ゴム工業安全衛生部次長織田慎氏)

“RSTトレーナー”資格の取得で、社内外への安全衛生教育を可能に

 現在、安全衛生部では織田氏を中心に、社内外両方の安全衛生教育に取り組んでいる。特に注力しているのが、特別教育と職長教育(上図参照)だ。特別教育は危険・有害な業務に労働者を就かせる際に事業者が行わなければいけない教育で、アーク溶接や仮設足場組立など、約40種類もの業務が対象となっている。一方、職長教育は初めて現場の指導・監督職に就く人を対象に実施するもの。これらの教育の実施には講師の厳格な資格要件はないが、職長教育を行う場合には中央労働災害防止協会などが実施するRSTトレーナー(労働省方式現場監督者安全衛生教育トレーナー)養成講習の修了が強く推奨されている。

 同社の安全衛生部では、織田氏がRSTトレーナー資格を保持していることもあり、社内外どちらの教育も実施している。中小企業ではこれらの安全衛生教育を自社で実施するのが困難なケースが多く、同社のように協力会社への教育も自社内で完結できる企業は稀有だ。これらの法的規制のある教育の他、同社が取り扱うベルトコンベヤに関する安全教育も行っており、同社のユーザーをはじめ経済産業省から依頼を受け、鉱務保安監督課の職員や鉱山事業者へ講義を行うなど、同部ではその活動の幅を日々広げている。

豊富な現場経験を活かし、実務に落とし込んだ指導を実施

 自社内で指導を完結できることは、安全衛生教育の効率化にも繋がる。「外部機関の講習は自社に関係のない内容も多い。修了要件に受講時間もあるため、仕方がない部分はあるが、せっかく同じ時間受講するなら、実際の作業で必要な部分をしっかりと教育したい。私はメンテナンス事業、工場職ともに経験があるので、社内や協力企業に必要な情報が何かを取捨選択し、それを指導に落とし込むことができる。これは当社の安全衛生教育の強みだ」(同)。

 また、安全衛生教育を“自分事化”するための仕組み作りにも注力する。同社のベルト加工では、カッターナイフや穴開けポンチが使用される。これらの使用について、法律などで明確な規制は定められていないが、同社では社内資格を設置している。「ルールがない部分については、指導をしても危険性が伝わりづらい。社内資格を設けることで、能動的に取り扱い時の危険性に学んでもらうのが狙い」(同)だ。

安全衛生教育に取り組むのは、“仲間が安全に働けるように”という思いから

 現在は指導の対象を社外に広げるほどに活動の幅を広げている同社の安全衛生部。だが、同部立ち上げ当初は「社訓とは逆を行く努力が必要だった。当初の社訓の1つに、“理屈より実行、理論より実践”という言葉があるが、安全衛生教育はこの逆。“結果的に安全であれば良い”というものではないため、まずは法律をしっかり理解することからスタートしなければならなかった」(同)。

 社内の方針とは異なる方向で努力を重ねてきた織田氏だが、そうした中でも安全衛生教育に取り組み続けることができたのは「働く仲間が安全に働けるようにしたいということが一番の思いだった。今後も、まずは協力会社を含む仲間の事故を防ぐことを最優先に据えながら、社外の受講者にも講義を展開していきたい」(同)と話す。

㊧講義のようす㊨同社丹波築山工場での指導のようす

安全衛生教育の実施が自社サービスの付加価値創出や、機会損失の防止に繋がる

 労働災害関係の法律が厳格化する中で、こうした努力は営業面でも同社の強みに転換していった。例えば、公共性が高い建築工事の現場では、安全衛生教育講習を修了していない場合、作業者が現場に入れないといったケースも発生しているという。対して同社では、自社内はもちろん、協力会社への教育も実施していることから、「修了証のチェックが厳格化する中でも安定して工事案件を受注することができた。現在はこうした法規制への対応が各企業で進んでいるが、早期に法規制へ対応できることで重宝された時期もあった」(同)。

 このように、安全衛生教育に取り組むことは、従来のサービスに付加価値をもたらすことや、ビジネスチャンスの損失防止にも繋がることが分かる。

安全に企業規模は関係ない──それぞれの立場を活かした安全衛生教育を

 作業者の安全を守ることはもちろん、営業面でもメリットをもたらす安全衛生教育。その重要性について織田氏は「安全に企業規模の大小は関係ない。どの企業でも作業者の安全を守るための教育は重要だ。また、こうした法規制への対応は、大企業ほど早いように思うが、中小企業では法律が求める真意を理解した上で危険性を把握できる集団を作りやすい」(同)とし、それぞれの立場で安全衛生教育に取り組むことが、働く仲間の命を守ることに繋がることを強調した。

【PICK UP】HP、メルマガを通じた労働災害防止の啓発

 業界に先駆けて安全衛生教育に取り組んできた𠮷野ゴム工業。同社では、講義による教育指導のほか、ホームページやメールマガジンを通じた労働災害防止啓発にも取り組む。孫活動の一環として、毎月1回、「搬送ベルト知っとく情報」と題してベルトコンベヤ設備を持つ企業向けに情報発信を実施。その中で、ベルトコンベヤを取り巻く火災、転落、巻き込まれといった危険や、日常・定期点検のポイントを解説する回を設けている。1回500字程度で、図やイラストを用いるなど読みやすさを意識した構成となっている。𠮷野ゴム工業への問い合わせはこちらから。

 直近では、8月号(No.271 )で長期休み明けに事故が発生しやすい原因について解説し、注意を呼び掛けた。

【本記事は月刊ラバーインダストリー10月号に掲載】