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 産業技術総合研究所(産総研、石村和彦理事長)とブリヂストンは、世界初となるタイヤゴムのケミカルリサイクル技術を共同開発した。まず室温でゴムを化学分解し、それに続く熱分解によって、イソプレンとカーボンブラック(CB)を回収する技術だ。タイヤはゴム消費量が最も多い製品だが、その使用済タイヤを新品タイヤの原材料に再資源化するサーキュラーエコノミー(資源循環)の具体化に繋がる画期的な成果としている。両者は2030年代の事業化を目指し、新技術の進化に取り組む。その研究開発を担う産総研材料・化学領域の上田善弘氏(化学プロセス研究部門 有機反応化学研究グループ主任研究員)、プトロ・ワヒュー氏(同)、深谷訓久氏(研究企画室長)に、新技術のポイントと今後の展望を聞いた。

㊥研究企画室長 深谷 訓久 氏
㊨ 化学プロセス研究部門
 有機反応化学研究グループ
 主任研究員 上田 善弘 氏
㊧ 同 プトロ・ワヒュー 氏

困難の克服

 耐久性やグリップ力をはじめとした高い性能が要求されるタイヤゴムは、ポリマーやCB、酸化防止剤など多数の成分を配合した材料を加硫して硫黄架橋するという複雑な構造を持つ。架橋によって成分が強固に結びつくため、そのリサイクルでは元の原料や純粋な化成品に分解・回収するケミカルリサイクルが難しく、熱エネルギー源として再利用するサーマルリサイクルが主流となっている。
 こうしたなか、科学技術関連の社会課題を研究する団体、新化学技術推進協会(JACI)で、タイヤのケミカルリサイクルが改めて検討されるようになった。カーボンニュートラル(温室効果ガス排出実質ゼロ)と循環経済に対する社会的な要請に後押しされた格好だ。
 その検討を受けて、産総研とブリヂストンが2021年から共同研究に乗り出した。タイヤ業界のリーディングカンパニー、ブリヂストンが参画したことにも、廃タイヤの再資源化が社会的に重要な意義を持つ様子が示される。

“国プロ”に昇格

 研究開発では、ブリヂストンのゴムに関する知見を活用し、産総研が具体的な化学反応を探索するという協業体制を敷いた。

 具体的な作業は、JACIのワーキンググループ(WG)のメンバーだった深谷氏がブリヂストンと議論し、現状の整理とゴール(目標とその達成時期)を設定することから始まった。プロジェクト(PJ)開始時からのメンバーであるプトロ氏は、深谷氏が持ち帰った課題を受けて、ゴム分解技術の文献調査や予備実験を行い、研究の基礎固めを進めた。

 2022年度には、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「グリーンイノベーション(GI)基金事業」の業務委託を受け、産官学連携の国家プロジェクト(国プロ)として研究を展開することになった。これに合わせて研究者を公募、2023年4月に薬学の専門家である上田氏がメンバーに加わり、現在の研究体制が整った。

分解プロセスの解明

 

 今回の研究開発では、まずタイヤゴムに触媒と溶媒を添加して室温付近で撹拌すると化学的な分解反応が進行し、架橋したポリイソプレンゴムが液状に変化するため、固体成分のまま残るCBと容易に分離できることをつかんだ。熱をかけずに分解でき、リサイクル時のエネルギー消費が抑えられることは、重要なポイントの1つになったとする。
 触媒は数十種類試した。中にはタイヤをまったく溶かせない触媒もあったが、そういった不適格な物質も含め、徹底的に調べて最適な触媒を見出した。

 さらにこの化学分解の過程では、イソプレンが元の骨格を保持したまま分子鎖が短くなるため、液状ポリマーを熱分解するとイソプレンモノマーを主成分とするタイヤ原料として回収できることが分かった。
 同時に化学分解の反応生成物の詳細な解析を通し、分子鎖が短くなる反応機構も明らかにした。実験に使用したゴム材料に限らず、実際の使用済タイヤから回収したゴムの化学分解に適用可能なことも確認した。

 上田氏が参加した時点では、すでに基礎固めの成果によって、ケミカルリサイクルの方向性が概ね見えていたので、その次の段階として分子がどのように壊れて溶けるのか、反応の機構を解明することが研究テーマとなった。応機構がわかると、応用展開について議論の幅が広がり、新たな可能性の探索に繋がるためだ。
 ゴムを分解するとどのような物質になるのか。さまざまな物質が混ざった分解物を丁寧に分離し、時間をかけて解析に取り組んだ。すると当初想定しなかった特定の化合物が相当量取れることがわかった。メインの化合物が4つのイソプレン単位から構成される環状の新規化合物であった。もともとさまざまな素材が混ざったものから、それが1つの分子として取得できることに驚き、「それが面白い発見になった」(上田氏)。

タイヤゴムケミカルリサイクルの概念図

 これらの成果を踏まえ「わからないことがないといっても過言ではない」(同)というほど詳細に構造解析をまとめた論文を発表すると、学術的な評価も受けた。海外でも同分野に関する研究論文が発表されていたが、いずれも概論的な内容で構造解析の詳細を記したものは見当たらなかったという。産官学で研究を進めるケースもなかった。こうしたことから「この分野では相当のリードがある」(同)との自信に繋がった。

社会実装に挑戦

 こうしてタイヤを分解する手法こそ編み出せたものの、タイヤの水平リサイクルはまだ実現できていない。PJチームは「基礎研究としてはゴールラインを超えたが、社会実装に向けてこなすべき課題が残される」と気を引き締める。
 今回の成果では、高価な貴金属を触媒に活用した。きれいに分解できるが、コストを考えると、そのままの商業化は難しい。
 ただ、逆に見れば、技術が確立できたので、そのコストダウン手法を考えるステージに入ったと言える。その手法としては、①現在使用している触媒を安価にすること②他の低コストな触媒を探索する──の2つを考える。GI基金事業の最終年となる2030年度までの課題解決を目指している。

進化の可能性を提示

 研究を始めた当初は、現在のようにAI技術が発達していなかったため、データ評価に手間がかかる部分があった。しかし「ゴムの構造を見ながら、これまでの経験値と蓄積した知識の中から触媒を選定し、うまくいった」(上田氏)とする。いずれAIが研究者の思いもよらなかった選択肢を提示するような未来があるかもしれないが、産総研としては「さまざまな研究を続けてきた人の経験を活かしたいし、それが強みだと思っている」(深谷氏)という。

 タイヤ以外のゴム製品への応用については、構造が類似していれば可能性があると考える。異なる触媒を検討することになろうが、それも視野に入れて研究開発を進めていく計画だ。「総合感冒薬のように、万能な化学反応、万能な触媒は存在しない。目的にあったものを見出さなければならない」(上田氏)とし、今回の詳細な反応機構の研究を活かして、探索を進めていく。

 2050年カーボンニュートラルの実現について、深谷氏は「今できそうな技術だけを積み上げても意味がない。できるかどうかわからない技術も開発し続け、可能性を探る必要がある。研究開発コストはかかるが、いろいろ試せるように長い目で、温かい目で基礎研究の役割を見て欲しい。技術だけではなく、行動変容も必要。みんな自分事として考えて欲しい」と述べ、基礎研究の役割と地球環境の現状に対する理解が必要なことを強調した。

 産総研とブリヂストンのPJチームは、これまで困難だったゴムのケミカルリサイクル技術の確立を通じて科学の進化の可能性を示し、さらなる技術開発の活発化を促すと同時に、地球温暖化の解決や循環経済の実現に貢献していく考えだ。

【本記事は月刊ラバーインダストリー7月号に掲載】