「何を創る、日本の半導体企業」
市場の拡大に伴う半導体企業の投資拡大②
連載 2025-10-24
桑原経営戦略研究所 桑原 靖
今回は前号で掲載した図1の右端の半導体の生産に関わる「開発支援」、「製造装置」と「素材」に関してみていきましょう。
まず、「開発支援」は第4回で説明した「回路・パターン設計」で使用するEDAツール企業となります。EDAツールは近年大規模化する半導体の設計プロセスで、人が手動で行うには複雑な設計・回路配置等を効率的に実行し、従来の手作業では困難だった検証を自動化することで、設計期間を大幅に短縮する事が出来ます。更に、製造前の段階で仮想環境を利用し、設計した動作や性能を事前に検証し、設計ミスを早期に発見することが可能となります。こうして、生産前に設計通りに動作する事を検証して、無駄な時間とコストを掛けない為に必要不可欠のものとなっています。この分野の企業は図1の通り、「Synopsys(米)」、「Cadence(米)」、「Siemens(独)」の3社で、75%のシェアを占めています。

「Synopsys」は米国シリコンバレーで設立されたEDA業界における最古参企業であり、広範なツールセットを提供して、現在でもEDA市場を牽引しています。「Synopsys」のツールはデジタル設計フロー全体を網羅しており、高度なシミュレーションやタイミング解析に優れています。特に、低消費電力設計や高性能チップの開発において強みを発揮します。
「Cadence」も米国シリコンバレーで設立された企業で、デジタル・アナログ・ミックスドシグナル設計において幅広いソリューションを提供しており、回路設計からレイアウト設計、検証まで一貫したソリューションを提供する事で大きな存在感を持っています。特に、アナログ設計や物理設計の分野で評価が高いEDA企業です。
「Siemens」は米国オレゴン州で設立された「Mentor Graphics」を2017年に買収して傘下に収めました。Mentor Graphicsとしての初期の製品は、グラフィカルな回路設計を提供したもので、現在ではシリコン検証やPCB設計の分野で強みを持ったEDAツールとなっています。
次に「製造装置」をみていきましょう。まず、市場規模は図2にある通り、世界の前工程製造装置への投資額は、2020年以降6年連続で1,000億ドル(約15兆円:\150/$)を超える大きな金額で成長を続け、2026年に向けて更に増加する見込みです。これら巨額の投資先は、データセンター市場、特にAIサーバー中心の需要を支えるロジック半導体工場で、主に2026年までの生産開始が見込まれる2nmプロセスなどの最先端技術と考えられています。2nm等の先端技術投資額は2025年、前年比11%増の520億米ドルに成長し、2026年には同14%増の590億米ドルに達し、全体のほぼ半分になると予測されています。同様の需要を支えるメモリー半導体も2025年には同2%増の320億米ドルに拡大、2026年も同27%増と着実に成長する見込みです。
地域別投資額予測をみると、中国が2025年も380億米ドルで首位を維持する見込みですが、前年より24%減で、さらに2026年も前年比5%減少する見込みとなります。これも第1次トランプ政権下ではじまった、対中半導体関連輸出規制の影響が大きいと考えられます。中国は一世代前の生産能力への投資を余儀なくされており、現在でもかなりのシェアを持っていることから、この生産供給能力は、鉄鋼、太陽光パネル、リチウムイオン電池等と同様に、需要を大きく上回る過剰供給状態になる可能性が懸念されます。2位は韓国で「Samsung」、「SK Hynix」を中心としたメモリー企業で、2025年の投資額は同29%増で215億ドル、2026年も同26%増の270億ドルと予想されています。3位はファウンドリメーカートップの「TSMC」を有する台湾で、投資額は2025年に210億米ドル、2026年に245億ドルとなる見込みです。「Intel」がある米国は4位(2025年:140億ドル、2026年:200億ドル)、5位は日本(2025年:140億ドル、2026年:110億ドル)と予想されています。日本政府は2030年に2020年日本企業半導体関連売上の3倍、15兆円にして半導体産業の復活と安定供給の確保を目標にしていますが、投資金額では既に他国の後塵を拝する見込みとなっています。

このような巨額の継続投資の結果、現在の生産能力は図3の様になっています。最先端の半導体が生産できるのは、台湾(TSMC)、韓国(Samsung・SK Hynix)及び米国(Intel)に限られる状態です。そんな中、日本政府の支援の下、米IBMの技術を導入している「Rapidus」は、遂に2nmプロセスの試作に成功するという快挙を成し遂げました。「Rapidus」は北海道千歳市で最先端半導体の開発および生産を行うIIM-1*1において、2nm GAA*2トランジスタの試作を開始し、2025年7月に動作を確認したと発表しました。これと併行してIIM-1の2nmプロセスに対応したPDK(Process Design Kit)の開発を進め、今年度中に先行顧客向けにリリースし、顧客によるプロトタイピングが開始できる環境を整える予定にしています。今後は大きな投資を伴う量産化、最終的には採算の取れる製品化へと、更なる大きなハードルを越えて行くことになります。
*1 IIM-1(Innovative Integration for Manufacturing 試作ライン):Rapidusは、2023年9月1日にIIM-1起工式を行い、2024年12月には、クリーンルームの環境を整え、最先端の半導体製造装置を設置しました。2nmプロセスのリソグラフィー工程では、ASMLの最先端EUV露光装置を導入し、2024年12月の装置搬入から約3カ月後の2025年4月1日にパターンの露光・現像に成功しました。
*2 GAA(Gate All Around ゲートオールアラウンド):最先端の3nmプロセス以降に向けて登場したGAAは、チャネルの全周4面をゲートで囲んで制御するトランジスタ構造で、リーク電流のさらなる低減が期待されます。

半導体製造装置ですが、第3回と第4回で説明した様に、その生産には製造プロセス毎に様々な装置が必要となります。この市場も半導体の技術の凄まじい進歩を実現する為に、開発競争が非常に激しい分野で、図4の通り現時点でもリソグラフィー行程以外では米国メーカーが主要な地位を占めています。日本企業も得意とする行程でまだまだ頑張っており、半導体製造装置の世界市場で31%のシェアを占め、アメリカに次ぐ第2位の地位を維持しています。日本企業の売上シェアトップに立つのは、「東京エレクトロン(コーター/デベロッパ*3 :84%、エッチング装置:25%、熱処理装置:23%等)」で、幅広い製品ラインナップとグローバル展開が特徴です。次に続くのは「アドバンテスト」で、半導体テスト装置(47%)の分野で高いシェアを占めています。また、「SCREEN」はウエハ洗浄装置(35%)に特化した強みがあり、「荏原製作所(CMP*4:37%)」や「Kokusai Electric(熱処理装置:20%)」も各自の専門領域で活躍している企業です。さらに、「ダイフク(52%)」や「村田機械(48%)」の搬送システムでは日本企業の寡占状態になるなど、多様な技術力が半導体装置市場を支えています。
*3:コーター/デベロッパ:ウエハ上に感光性材料であるレジストを均一に塗布する「コーター」と、露光後にそのレジストを現像する「デベロッパ」機能を兼ね備えた装置
*4 CMP:化学機械研磨技術を駆使し、半導体の表面を平坦化する装置

その中でも昨今話題となっているのが、最先端2nmの半導体生産に必要不可欠な露光装置です。これは、第3回で説明したリソグラフィー工程で使用されるもので、ウエハ上に回路を形成するものです。半導体の微細化に伴い、分解度の高い精密な投影が求めるため紫外線(UV)が使用されています。紫外線も複数種あり、70年代~80年代前半は波長の長いg線が主流でしたが、80年代中盤以降波長の短いi線が採用されるようになりました。90年代後半からはより波長の短い深紫外線であるDUV(Deep Ultra Violet)が採用されはじめ、2000年初期は波長248nmのKrf(クリプトン フッ素)が、そして波長193nmのArF(アルゴン フッ素)へと技術は進んでおり、現在量産化が進められている2nmの半導体を製造するために、波長13.5nmの極端紫外線(EUV:Extreme Ultra Violet)が導入さています。日本にも光学系に強いメーカー「ニコン」「キャノン」がありますので、この分野でもArF導入当初までは5割を超えるシェアを持っていました。露光装置でも半導体同様に凄まじいスピードでの開発が求められ、厳しい競争が繰り広げられ、半導体の微細化が10nm以下になって来ると、オランダの「ASML」の独壇場(93%シェア)となり、EUVを使用した露光装置を供給できる唯一のメーカーなっています。
その「ASML」の最先端2nmの露光装置になると数百億円/台と高額になります。この装置に使用されるミラーレンズは、従来よりも加工精度を高めた上で大型化する必要があり、それを複数枚収める真空チャンバーも大きくなります。従来は装置1台を分解して客先へ運ぶのにジャンボジェットの貨物機3機分で済みましたが、先端露光装置では6機分になると言われています。このEUV露光装置の運転には大量の電力も要することから、TSMCの電力消費は近く、人口2100万人のスリランカ一国の消費量を上回る見通しになっています。日本でも「キャノン」が「DNP」、「キオクシア」と協力して、従来の露光技術に代わる新たな技術、NIL(NanoImprint Lithography:ナノインプリント リソグラフィー)を開発しています。NILは低消費電力(1/10)かつ低コスト(最大40%削減)を微細化プロセスでも実現できる技術として期待されています。しかしながら、NILはナノレベルでの位置合わせの技術が要求され、高度なパーティクル制御も必要となる為、現時点では欠陥レベルは極めて高いと言われており、「ASML」のEUVリソグラフィー装置に肩を並べるようになるまでには、何年もかかる見込みだと言われています。従い、ロジックよりも欠陥の問題に対して寛容な、メモリチップ製造から導入するのが現実的と考えられています。
ここまで、「開発支援」と「製造装置」に関してみてきましたが、このまま「素材」に突入すると、情報があふれてしまいそうなので、今回はここで一旦終了して、「素材」は次回に回したいと考えます。
【プロフィール】
桑原経営戦略研究所 桑原 靖
1984年に山口大学経済学部卒業後、㈱三菱電機に入社。主に半導体の海外営業営業に携わる。
2003年に㈱日立製作所と両社の半導体部門を会社分割して設立した、新会社ルネサステクノロジに転籍する。転籍後は、主に会社統合のプロジェクト(基幹システム=ERP)を担当。2010年にNECエレクトロニクス㈱を経営統合して設立されたルネサスエレクトロニクス㈱では、統合プロジェクトや中国半導体販売会社の経営企画なども担当。㈱三菱電機でのドイツ駐在、ルネサスエレクトロニクス㈱での中国駐在を含め、米国及びインドでの長期滞在等の多くの海外経験を持つ。2022年4月末でルネサスエレクトロニクス㈱を退職。
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