「何を創る、日本の半導体企業」
半導体はどうやって作る
連載 2025-06-26
桑原経営戦略研究所 桑原 靖
前回までの2回にわたり、半導体の種類と、それらがどんな役割をしていて、どの様な製品に使用されているのかイメージしてもらえる事を目指しました。今回はその半導体がどうやって作られているかを説明して行きたいと思います。
半導体にも色々な種類があり、その役割・用途も違い、見た目の外形もかなり違う事はイメージ頂いていると思います。半導体の作り方に関しては、最も市場規模が大きく、生産現場や材料・生産設備等も見たり聞いたりする事の多いIC製品に焦点を当てて生産の話を進めて行きたいと考えます。
半導体IC製品の製造工程は、生産する企業によって異なっていますが、図1の様に大きく分けて①回路・パターン設計、②マスク作成、③ウエハ製造、④前工程、⑤後工程となります。半導体の製造工程は、その製品の集積度(微細加工のち密の度合い)によって異なりますが、400から1,000を超える膨大な数になっていると言われており、実際にシリコンウエハ上に半導体チップが作成され、パッケージに収められ半導体製品として、様々な製品を生産する企業に納入される迄に2ヶ月~数ヶ月の時間を要します。
実際の半導体の生産工程を見て行きますが、生産の順序とは異なり、最も工程数が多く、時間も掛かり、関連する装置が多い為話題になる、中心的な製造工程の④前工程を先に説明したいと思います。IC製品の前工程では、シリコンの単結晶の柱から切り出した円形の薄いウエハ上に、微細な回路を階層状に形成して行きます。その為、図2にある様に「洗浄」「成膜」「リソグラフィー」「エッチング」「イオン注入」「平坦処理」などの工程を何度も繰り返し行います。工程を繰り返す中でも、製品の測定結果、設備状態に合わせて温度・湿度や露光時間などの条件を変更し制御して、最先端の2nm(ナノメートル)の半導体となると、必要な全レイヤー(半導体回路を形成する為にウエハ上に造る物質の層)数は82層になるとも言われています。
それでは順に④前工程の製造工程の概要を説明して行きましょう。
『洗浄工程』は、半導体工程において、各工程間でウエハを綺麗にするための工程であり、歩留(不良率)を左右する重要なステップで、半導体製造工程の約3割を占めていると言われています。ウエハ上に有機物や微粒、金属不純物などがあると、デバイスを生成した後の回路の性能や品質を損なう欠陥の元になるからです。その方法には次のような種類があります。
<ウェット洗浄>:一般的には溶液を使用するウェット洗浄が使われており、目的に応じて、過酸化水素水、アンモニア、塩酸、硫酸などを混合した溶液を使用して不純物を除去します。
<ドライ洗浄>:半導体製造前工程の後半で、溶液を使用できない場合は、プラズマ化したガスを持いるプラズマクリーナー、UVやオゾン(O3)を使ったUVオゾンクリーナーなどにより不純物を除去します。
『成膜工程』はウエハ上に配線膜や絶縁膜等の主に4つの機能*1を形成する工程です。半導体は非常に多くの層から構成されているので、微細な半導体の形成には均一で薄い薄膜を形成可能な4つの成膜方法*2が非常に重要です。
*1:4つの機能(絶縁膜、金属膜、ポリシリコン膜、保護膜)
①絶縁膜(酸化膜):二酸化ケイ素など、素子間の絶縁分離やゲート絶縁に必要な膜。
②金属膜:アルミや銅など、配線を形成するための膜。
③ポリシリコン膜:低抵抗率であり、MOSFETの金属電極として使用される。
④保護膜:二酸化ケイ素や窒化ケイ素など、半導体素子を物理的・化学的に保護する膜。
*2:4つの成膜方法(熱酸化、CVD、PVD、メッキ法)
①熱酸化:ウエハを酸素雰囲気(酸化性の酸素・オゾン・二酸化窒素を多く含む気体)や水蒸気中で加熱することで表面を酸 化し、酸化膜(二酸化ケイ素)を形成する方法。熱酸化では酸化炉を用いて、ガスを流しながらウエハを加熱。熱酸化には、使用するガスの種類・形態によってドライ酸化・ウェット酸化などが存在する。
②CVD(化学気相成長):気体原料とウエハ間の化学反応によって、ウエハ表面に材料薄膜を形成する、または、気相中の化学反応で生成した材料をウエハ上に堆積する方法。CVDでは、原料ガスにエネルギーを与えて分子を解離させ、解離生成物を基板に付着させることで成膜が進行。CVDは原料ガスへのエネルギー供給方法によって、「熱CVD」と「プラズマCVD」に分類される。
③PVD(物理気相成長):PVD(物理気相成長)は原料を加熱・スパッタ・イオンビーム照射などにより蒸発・飛散させ、ウエハ表面に物理的に堆積させる成膜方法。薄膜としたい材料を物理的に蒸発させるため、物理気相成長と呼ばれている。
④メッキ法:ウエハを陰極、銅板を陽極にして電流を流すことで、ウエハ表面に銅薄膜を析出させる方法。硫酸銅などのメッキ液にウエハを陰極、銅板を陽極とし電流を流すことで、酸化還元反応によりウエハ表面に銅薄膜が成長する。
『リソグラフィー工程』は、半導体製造工程において、ウエハ上に回路パターンを形成するための工程です。リソグラフィー工程では、まずウエハに、光感応性のあるフォトレジストをスピンコートによって塗布し、ソフトベイクで水分を飛ばします。スピンコートは、ウエハを高速回転させて、その上に液滴を垂らしてウエハ上に均一な膜を形成させる方法で、フォトレジストの粘度やウエハの回転速度で、フォトレジストの膜厚を調整します。
その後、短波長の光をフォトマスク越しに照射して回路を焼き付けたのちに現像液に浸すことで、マスクのパターンをウエハ上に転写されます。光が透過した部分のレジストが現像液で溶け出すようになる「ポジ型露光」と、光が透過した部分のレジストが硬化して現像液に耐性を持つようになる「ネガ型露光」があります。露光に使用される光の波長が短い方が微細なパターンを転写することが可能で、g線(波長436nm)、i線(波長365nm)でのUV光源、KrF(波長248nm)、ArF(波長156nm)のDUV光源、さらに最先端のEUVリソグラフィシステム向けのEUV光源(波長13.5nm)と徐々に波長の短い光が使われるようになりました。また、光を用いた光リソグラフィー以外にも、ハンコのようにパターンを押し付けて目的のパターンを転写するナノインプリントや、マスク製造の際に使用されるEB描画などの技術も存在します。
『エッチング工程』は、半導体製造工程において、膜を削り除去する工程です。リソグラフィー工程と組み合わせることで、レジストのない部分のみの膜を選択的に除去することができます。エッチングには、ウェットエッチング*3とドライエッチング*4があります。ウェットエッチングが深さ方向と横方向に同じだけエッチングされる等方性エッチングであるのに対して、ドライエッチングは横方向に対して深さ方向の方を選択的に多くエッチングすることができる異方性エッチングであることから、微細加工が必要な工程ではドライエッチングが使用されます。
*3 ウェットエッチングは、ウエハを特定の溶液に浸し、レジストがない部分の膜と溶液の反応によって膜を除去
*4 ドライエッチングは、反応性のガスにプラズマでエネルギーを与えて、ウエハ上の膜と反応させることで、膜を除去
『イオン注入工程』は、半導体製造工程において、ウエハに不純物をドーピング(拡散)して、電気特性を変更するための工程です。ドービングする不純物は、周期表*5で4族のシリコンに対して、1つ価電子の少ない3族のボロンや1つ価電子の多い5族のリンなどです。価電子が不足したり余ることで、シリコンには電気が流れるようになります。まずは、イオン注入によりウエハ表面がダメージを受けないようにウエハの表面を酸化膜で覆い、リソグラフィーなどにより回路転写を行います。その後、注入するボロンやリンをイオン化して、そのイオンを電磁場によって加速して、ウエハに衝突させます。最後に、イオン注入で注入したイオンを拡散させる目的と、イオン注入で損傷したシリコンの結晶を修復するために、高温でアニーリング(焼きなまし)を行います。不純物をドービングする深さやドービングの量は、イオンの加速量や注入後の高温でのアニーリングの温度・時間で制御することが可能です。
*5 周期表:元素の性質が周期的に変化する規則性(周期律)に従って分類した表
『平坦化工程』は、半導体製造工程において、ウエハ表面を削り表面を平坦にするための工程です。トランジスタの間にできた段差の平坦化や、多層配線工程で各配線層を形成した際に凹凸を発生させないために使用されます。特に、微細化が進み、リソグラフィー工程で焦点深度(ピントが合う奥行きの長さ)が短くなっているため、リソグラフィー工程の前では、ウエハになるべく凹凸がないことが必要です。現在最も一般的に使われている平坦化工程は、研磨剤であるスラリーを塗布しながら、回転させた研磨パッドで、ウエハの表面を磨く手法です。この方法は、シリコン表面とスラリーの化学反応と、研磨パッドによる物理的な研磨によってウエハ表面を磨く工程であるため、それぞれの英語の頭文字をとって CMP と呼ばれています。CMP以外にも、SOG(Spin On Glass)やエッチングバックなどの平坦化手法があります。SOGは、絶縁膜材料などを溶液でウエハ上に塗布してウエハを回転させることでウエハ表面を平坦化する手法です。エッチバックは、凹凸のあるウエハ表面にレジストを平坦に塗り、均一にドライエッチングをする手法です。
『検査工程』は、半導体製造工程において、前工程で作成したデバイスの特性に問題がないか、回路が正常に動作するかなどを確認する工程です。ウエハ上には複数のチップが存在しますが、テストはウエハの状態で行われます。専用のテスト装置に、ウエハ上のパッドに針を落とすためのプローブカード*6をセットし、プローブカードを通して、ウエハ上の回路の特性を測定します。
*6 プローブカード:半導体集積回路の製造工程における、半導体試験装置で使用される接続治具(探針)
冒頭で④前工程は最も工程数が多く、時間も掛かり、関連する装置が多いと言っておりましたが、やはりこの部分の説明が多くなってしまいました。工程数の多さだけでなく、種類の多さや技術が進歩している事がイメージ頂ければ良いのですが。
①回路・パターン設計、②マスク作成、③ウエハ製造及び⑤後工程に関しては、次に回したいと思います。
【プロフィール】
桑原経営戦略研究所 桑原 靖
1984年に山口大学経済学部卒業後、㈱三菱電機に入社。主に半導体の海外営業営業に携わる。
2003年に㈱日立製作所と両社の半導体部門を会社分割して設立した、新会社ルネサステクノロジに転籍する。転籍後は、主に会社統合のプロジェクト(基幹システム=ERP)を担当。2010年にNECエレクトロニクス㈱を経営統合して設立されたルネサスエレクトロニクス㈱では、統合プロジェクトや中国半導体販売会社の経営企画なども担当。㈱三菱電機でのドイツ駐在、ルネサスエレクトロニクス㈱での中国駐在を含め、米国及びインドでの長期滞在等の多くの海外経験を持つ。2022年4月末でルネサスエレクトロニクス㈱を退職。
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