「何を創る、日本の半導体企業」
半導体と呼ばれる製品①
連載 2025-04-28
桑原経営戦略研究所 桑原 靖
今、テレビだけでなく、YouTubeなど色々な媒体で、ビジネスとしてだけでなく、政治など様々な面から取り上げられている半導体ですが、その全体像を理解するのはそう簡単なものではないと思います。そんな半導体に日本政府は2021~23年度の3年間の支援予算として総額3.9兆円を計上し、更に24年度補正予算においても、半導体やAI開発などの支援に約1.5兆円と桁違いの予算を投入し、2030年に国内半導体生産する企業の合計売上高(半導体関連)を現在の5兆円規模から3倍の15兆円超を目指しています。
これは情報の活用が急速に進展し、製造・運輸・くらしなど、あらゆる分野でデジタル化・DXが進み、半導体需要の拡大が見込まれるだけでなく、計算量の増加に伴い電力消費量も増加が予想される為、半導体の性能とエネルギー効率を向上させるGXの実現も求められるので、先端性の高い半導体の安定的な供給を確保する為と謳われています。この流れは日本だけでなく、米国では2022年にCHIPS法成立させ、5年間で計527億ドル(約7.7兆円)の資金を提供するのに加えて、4年間の25%の税額控除をし、欧州は2022年欧州半導体法案により2030年までに累計430億ユーロ(約6.8兆円)規模以上の官民投資を計画しています。この様な政府の支援の下、米(Intel、Micron等)台(TSMC)韓(Samsung)の半導体企業も個々数百億ドル(数兆円)の投資を計画しています。
冒頭から桁違いの政府支援や半導体企業の投資金額の話をしましたが、この連載ではこの様な半導体の話題に参加する為に、まずはその基本的な部分を説明したいと思います。具体的には、普段の生活ではなかなか目にする事の無い半導体製品は、どの様な種類が有って、どんな役割をしていて、どの様な製品に使用されているのかと言った製品の話、どの様な企業によって、どの様な生産方法によって造られるのかと言った設計・生産の話、日本の半導体企業が世界のトップ10に複数ランキングされていた過去から、姿を消した現在、そして今後どの様な展望が予測されるかと言った歴史と未来の話を考えてみたいと思います。その後は皆さんの興味のある話題、例えば、日本の半導体企業はなぜトップ10から姿を消して行ったのか、などをリクエストも頂きながら考えて行きたいと思います。
早速、初回の今回は製品の話に入って行きたいと思います。ご存知の方も多いと思いますが、半導体が発明される前は真空管が利用されていました。米国の研究機関や大学が真空管を使用して造ったコンピュータは、建物が一杯になるほど大きく、使用電力や発熱も膨大なものでした。それが1947年に米国・ベル研究所で初めてトランジスタが発明され、翌年にはショックレーによる接合型トランジスタが開発されたことで、真空管の時代からトランジスタ時代が始まりました。高齢の方であれば真空管がまだ電気店で販売されていた記憶もあると思います。真空管と比較して小さなトランジスタは、そのサイズだけでなく、消費電力が小さく、発熱も少ない事から、電子機器への使用が急速に拡大し、電卓と言う計算機が生まれ、急激な半導体の設計・生産技術の革新による小型化で、コンピュータとして進化していき、多くの携帯可能な電子機器へと進化を遂げてきました。
半導体を語る際には、「半導体とは」と言う質問が非常に良く聞かれます。それに対する回答も、「半導体とは、電気を通す導体と電気を通さない絶縁体との、中間の性質を併せ持ったものです。物体としての意味は、電気を外部の影響によって、通す・通さないものだといえます」とか、「半導体とは、一定の電気的性質を備えたものです。物質には電気を通す導体と、電気を通さない絶縁体の2種類が存在します。半導体は、その両方の性質を兼ね備えたものです。半導体は、主にトランジスタやダイオードなどの1つの半導体素子で構成するチップや、トランジスタなどで構成される回路を集積したICを総称したものを指します」などと説明されています。これで半導体を理解出来たと言われる方はそう多くないと想像します。今回の連載では電気的な特性などの難解な話はさて置き、世の中のあふれている半導体と呼ばれる製品が、どの様な製品で何に使われているのかを中心に先ずは説明していきたいと考えます。
連載では出来るだけWSTS※1のデータを使用して説明する事を考えておりますので、そこで使用されている定義に従った製品分類を使いたいと考えています。先ず、WSTSの世界製品別市場予想、資料1を参照します。大きな製品分類では、①Discrete(ディスクリート)②Optoerectonics(オプトエレクトロニクス)③Sensor(センサ)④ICとなっています。資料1でも一目瞭然ですが、ICの市場が非常に大きくなっていますので、その部分は資料2の分類、①Analog(アナログ)②Micro(マイクロ)③Logic(ロジック)④Memory(メモリ)で説明したいと考えます。
※1:WSTS(World Semiconductor Trade Statistics) WSTSは1986年に設立された、世界の半導体メーカー49社が自主的に加盟している半導体市場に関する世界的統計機関です。 加盟会社の半導体販売額・販売数量の実績値を製品別・ 地域別に同一分類基準で毎月集計し、それを基にして作成した統計を発行しています。残念ながら、そのデータの多くは会員外へは非公開のものが多くなっており、使用するデータが限定されます。
また、WSTSでは半導体の市場は、①ネットワーク&通信②PC/PC周辺③自動車④民生機器⑤産業機器⑥その他の様な分類が使用されますが、前述の製品の特性により、市場分類においても分かり易い様にしながら進めて行きたいと思います。
それでは、早速「Discrete」がどの様な製品で、何に使われているかを見て行きたいと思います。
英語で「Discrete」は「個別の」「別々の」という意味を持ち、基本的には単一目的のために使用される単一機能の半導体を指します。そこでWSTSが定義する「Discrete」は、ダイオード※2、トランジスタ※3、サイリスタ※4、といったいわゆるパワー半導体※5をこう呼ぶことになっています。単一機能のため複雑でない製品が多く、その為決まった仕様が標準化されていることが多く、別メーカーであっても同じ仕様の製品が販売され、製品の型番もメーカー間で共通のものとなることも少なくありません。また、単一機能である事から生産しやすく、汎用品の性格を持つものとなります。どんな電子機器・回路を設計する際には欠かせない存在で、一つの電子機器には、数十から数百個におよぶ「Discrete」半導体が搭載されています。もう少し詳しく製品を見ると、ダイオードやトランジスタといったパワー半導体を、単一機能・用途に合わせて必要な部品と一緒に搭載したパワーモジュールと呼ばれる半導体も「Discrete」に分類されます。
※2 ダイオード:整流(交流電流を直流電流に変換)のための半導体、※3 トランジスタ:電流制御のための半導体、※4 サイリスタ:スイッチ機能として電流制御を行うための半導体、※5 パワー半導体:電力制御を目的とした半導体のこと
個別半導体は主に電流を制御するので、電力効率の高い半導体が要求される、ワイヤレスおよびポータブル電子製品での使用が増大しています。自動車では独立した自動運転ガイド、携帯電話等との融合、ヘッドアップディスプレイ等の搭載が急速に進んでおり、極端な環境条件、電圧条件、節電条件が要求され、半導体製造メーカーは弛まない技術革新による新製品の提供が求められます。家庭用電化製品(電子レンジ、冷蔵庫、エアコン、テレビなど)ではCO₂削減に応える為にも消費電力削減を求められ、スマートフォン、タブレットコンピュータ、ポータブル電子機器では、長時間使用可能を目的として「Discrete」半導体への需要の増加見込まれています。
「Optoelectronics」は光学(Opto)と電子工業(Electronics)の合成語です。電気信号を光に変える、光を電気信号に変えるというふたつの機能を備えた技術の総称となります。光ファイバー、LEDなどが同技術の代表製品です。1985年に構築され、当時の世界最高水準を誇った日本縦貫網は、ファイバー1本の伝送容量が400Mbpsでしたが、35年余を経た今、1本あたりの容量は実用レベルで10~20Tbpsに到達しています。5G ネットワークや自動運転テクノロジーには光ファイバーや光ネットワークシステムなどの光通信技術の利用する為、近年その需要が拡大していますが、6Gネットワークを迎えるに当たり、更なる光ファイバーの伝送容量の向上に対するニーズが高まっています。
ディスプレイ業界においては高輝度と優れた色の露出を提供する高度なRetinaディスプレイによる高度なタッチ機能の実現や、音声インタラクションの統合による発光ダイオードの応用の増加により、オプトエレクトロニクスの可能性が拡大しています。ディスプレイ技術の進化により、視覚体験を向上させるため高度で超高解像度が提供され、光学ディスプレイ機器の需要が高まっています。データセンターでの光ファイバー使用や医療分野などの光学機器での使用の増加、自動車業界においても電子制御モジュール (ECM:Engin Control Module) 、高度な先進運転支援システム(ADAS)、ホームネットワークへの接続の増加など、高速・大容量の通信が必要になり、その成長も広範囲で大幅な成長が見込まれています。
「Sensor」とは、物理的、化学的な現象を電気信号やデータに変換して出力するデバイスで、エレクトロニクス・アプリケーションの「知覚」としての役割を果たしています。人間が視覚や聴覚などによって知覚した情報をもとに行動するように、エレクトロニクス機器も知覚機能である「Sensor」により情報を収集し、それを表示したり、それに基づいて作動します。
現在よく知られる様になってきたのは、スマートフォンやデジタルカメラに使用されているイメージセンサと呼ばれる、人間の視覚の様な役割をするものでしょうが、この他にも圧力センサ、加速度センサ、湿度センサ、温度センサ等様々なものが使用されております。イメージセンサに代表される光センサは接触せずに検出が可能で、可視光だけでなく赤外線や紫外線など、さまざまな光を感知し、電気信号に変換します。スマートフォン、デジタルカメラだけではなく、自動ドアや車リモコンなどの身近な機器、自動車のアラーム、医療機器の画像、産業機器の物体認識、更には最近導入が加速されている顔認証システムと、その用途は拡大しています。
圧力センサは、極めて薄く設計した弾性体でたわみの量を検出し、自動車のエンジン制御や血圧計、エアコン、掃除機の風圧制御など、身近な用途からロボット産業まで幅広く使用されています。特にロボット産業では、ロボットハンドの握力制御や、やわらかい物体を傷つけずにつかむ技術に応用されています。
加速度センサは、傾きや動き、振動、衝撃などの変位量を検知し、その変化を示すセンサです。ゲームのコントローラーを傾けて操作する際や、スマートフォンの画面切り替え、カメラの手ブレ感知モード、車が衝撃を受けた際にエアバックが展開するのも、加速度センサの働きです。湿度センサは二つの電極間に感湿材料を配置し、湿度の変化でその感湿材料の吸湿、脱湿が起こり、電極間の距離が変化することで静電容量が変化する事を電気信号として検知します。
湿度センサは、温度センサと一緒に使われることが多く、家電製品では冷蔵庫やエアコン、空気清浄機などで湿度の制御を担います。OA機器では紙詰まりやインクのにじみを防ぐために、湿度センサにより機器内部の湿度を一定に保っています。温度センサは異なる金属を接合して作る回路で、温度差が発生した際に流れる電流を測定するものです。気温や体温の測定だけでなく、火災警報器や家電など幅広い用途で使われます。この様に現代社会では、産業機器(ロボット)、自動車、スマートホームなど、様々な用途でのセンサの使用が必要不可欠であり、その性能も進歩しながら需要拡大して行くと考えられています。
次回は「IC(Analog/Micro/Logic/Memory)」に関して説明したいと思います。
【プロフィール】
桑原経営戦略研究所 桑原 靖
1984年に山口大学経済学部卒業後、㈱三菱電機に入社。主に半導体の海外営業営業に携わる。
2003年に㈱日立製作所と両社の半導体部門を会社分割して設立した、新会社ルネサステクノロジに転籍する。転籍後は、主に会社統合のプロジェクト(基幹システム=ERP)を担当。2010年にNECエレクトロニクス㈱を経営統合して設立されたルネサスエレクトロニクス㈱では、統合プロジェクトや中国半導体販売会社の経営企画なども担当。㈱三菱電機でのドイツ駐在、ルネサスエレクトロニクス㈱での中国駐在を含め、米国及びインドでの長期滞在等の多くの海外経験を持つ。2022年4月末でルネサスエレクトロニクス㈱を退職。