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連載コラム「白耳義通信」44

「コロナがくれたもの」

連載 2020-05-19

鍵盤楽器奏者 末次 克史

 5月13日に開かれた国家安全保障会議に於いて、外出規制解除(フェーズ2)が開始されたベルギーです。具体的には、小・中・高等学校の再開。マスクを着用するなど、一定の条件の下で身体的接触を伴う職業の再開です。但し、6月30日までは大規模行事は禁止されます。ブリュッセルで一番の年長者、小便小僧もマスクを着用していますが、サイズを見誤ったのか、顔の半分を覆う有様で、いい加減なベルギーの面目躍如といったところでしょうか。

 と、見たようなことを書いていますが、実は2月に日本へ一時帰国したまま滞在中です。ベルギーへの直行便が未だ飛んでおらず、ベルギーへ戻るのはもう暫く先になりそうです。悪い面ばかり強調される新型コロナウイルス感染症ですが、コロナのお陰で恩恵を受けたことを今月はお話したいと思います。

 つい先日、母が87歳の生涯を閉じました。コロナのせい(お陰)でベルギーへ戻れなかった為、自宅で最後を看取ることができたことに、今は感謝しています。4月下旬、長年お世話になっている掛かりつけの医師より「余命3ヶ月、早ければ5月には…」と宣告を受け、老健(介護老人福祉施設)から自宅に母を引き取ってから6日後の事でした。

 医師から「あなたが日本にいる間に看取ることができて良いじゃないか」と言われた後(確かにそうなのですが、本来どうするか選択しなければならないのは本人(又は家族)ですし、終末ケアに関して、先生がどのような考えをお持ちなのかも分からず、戸惑ったものです)、余命宣告された日に母は亡くなった… そこからは「おまけ」、プレゼントのようなものだと考えると、一旦は心が落ち着きました。しかし、いざ家に帰るとホッとしたのか、1日が1ヶ月分の猛スピードで過ぎていくような変化で、介護をしている自分の精神状態が追いつかないまま、旅立ってしまいました。

 在宅介護をするに当たって、地域包括支援事業を通じ、社会福祉協議会のケアマネさんが、大変親身になって相談に乗ってくださったので、随分と精神的な負担が軽くなりました。また、高齢者介護に関する国の補助金、並びに助成金で、介護に必要な電動ベッド、車椅子などは、1割負担になり、日本の高齢者への医療制度の充実ぶりにはビックリすると同時に、一生懸命働いている若い人達には申し訳なく思ったほどです。

 思い起こせば、死へのカウントダウンは家の中での転倒から始まっていたのかも知れません。部屋に入ろうとスリッパを脱ごうとするも、数センチの段差に躓き、大腿骨を骨折し入院してしまいました。入り口に向かって正対したままスリッパを脱ぐのではなく、後ろ向きになって脱いでいれば…。人間歩けなくなると、内蔵も衰えてきます。どうぞこのコラムをお読みの皆さまには、母親の骨折を教訓(「履物は前に向かって脱がない!」)として頂ければ幸いです。

 母の死で一番考えさせられたのは、「元気な内に終末に関して話し合っておくべきだった」ことです。医者主導、家族主導ではなく、自分はどのように最後を迎えたいのか、細かい点にまで及んで話しておけば、家族があたふたすることも少なくなるのではないでしょうか。

 身内の事を公にするのもどうかとも思ったのですが、「誰にでも訪れる最後をどのように迎えるか」を考えて頂く切っ掛けになればと思い、綴るに至りました。

【プロフィール】
 末次 克史(すえつぐ かつふみ)

 山口県出身、ベルギー在住。武蔵野音楽大学器楽部ピアノ科卒業後、ベルギーへ渡る。王立モンス音楽院で、チェンバロと室内楽を学ぶ。在学中からベルギーはもとよりヨーロッパ各地、日本に於いてチェンバリスト、通奏低音奏者として活動。現在はピアニストとしても演奏活動の他、後進の指導に当たっている。ベルギー・フランダース政府観光局公認ガイドでもある。

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