白耳義通信 第114回
”あとで買える”がなくなる日
連載 New! 2026-04-15
ベルギーの電車に初めて乗ったとき、日本との違いに少し驚いたことがあります。改札がなく、切符を持っていなくても、そのままホームに入ることができるのです。駅によっては、誰でも自由に出入りできてしまう。日本の感覚からすると、少し不思議な光景です。
こうした仕組みの中で、これまでベルギーでは「とりあえず乗って、あとで車内で切符を買う」ということができました。券売機が壊れていた場合でも、車掌さんから切符を購入することができたため、多少の“ゆるさ”が許されていたとも言えます。
ところがこの仕組みが、2026年の夏から大きく変わります。ベルギー国鉄(SNCB/NMBS)は、車内での切符販売を廃止し、乗車前に必ず切符を購入することを義務づける方針を発表しました。もし切符を持たずに乗車した場合、これまでは追加料金で購入できましたが、今後は無賃乗車とみなされ、高額な罰金が科される可能性もあります。
背景には、不正乗車の増加があります。検札の際、一定の割合で切符を持たない乗客が見つかるとされ、その損失は決して小さくありません。また、車内でのやり取りをめぐって、トラブルが起きるケースも増えているといいます。これまでの“柔軟さ”が、少しずつ限界に近づいていたのかもしれません。
同時に、もう一つの変化も進んでいます。スマートフォンのアプリやサブスクリプション型のサービスなど、あらかじめ切符を購入する仕組みが整ってきているのです。電車も、飛行機のように「事前に準備して乗るもの」へと変わりつつあるように感じます。
ただ、こうした変化の中で、ふと考えさせられる場面もあります。先日、線路に人が立ち入った影響で、電車が15分ほど遅れたことがありました。日本であれば、車内が少しざわついたり、駅員に詰め寄る人が出てきたりするかもしれません。けれどそのとき、周りの乗客は特に騒ぐ様子もなく、静かにその状況を受け入れていました。
どちらが良い、悪いという話ではありませんが、ベルギーにはどこか「仕方がないことは仕方がない」と受け止める空気があります。そして今回の制度変更は、そうした“ゆるさ”の一部が、少しずつ形を変えていく流れの中にあるようにも見えます。
便利さや自由さは、ときに少しの不便さや不確かさと引き換えに成り立っているのかもしれません。電車の切符という身近な話からも、そんなことを考えさせられる出来事でした。








