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連載「つたえること・つたわるもの」(98)

空の<青>、山の<緑>。太陽から届く癒しのメッセージ。

連載 2020-09-23

出版ジャーナリスト 原山建郎

 ことしは空前の全国的な酷暑、半年以上つづくコロナ禍、9月はじめに来襲した台風9号と10号に悩まされた夏がやっと終わり、一陣の涼風とともに本格的な秋がやってきた。

 「秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる」

 これは、「秋立つ日に詠める」という題詞につづく、藤原敏行の和歌である。暑い夏の終わりに吹きはじめた、秋の風の音、さやさやと林をわたる葉擦れの音に、初秋の訪れ(音連れ)を詠んだ一首である。

 「台風一過、秋声濃し」
 「天高く馬肥ゆる秋」

 前者は「台風が過ぎ去った」あとの空、後者は「天高く」晴れわたった空、「青く澄みわたった」空の〈青〉、どちらも秋空の定番コピー。もちろん「雲ひとつない」青空もよいが、イワシ雲が浮かぶ秋空も捨てがたい。昼間のスカイブルー(淡い青色)や夕暮れ時のコバルトブルー(淡い群青色)、私たち日本人は空の〈青〉が大好きなのだ。もう一つ、日本人が大好きな色に、山の〈緑〉がある。山口素堂の「目には青葉山ほととぎす初鰹」は、初夏の瑞々しい山の〈緑〉をあらわした秀句だが、「目に緑葉」ではなく「目に青葉」と詠んでいる。私たち日本人は、レインボーカラー(虹の七色)のなかでも、中ほどの波長の光である〈青(ブルー)〉と〈緑(グリーン)〉にとくに惹かれ、自然界の色である空の〈青〉、山の〈緑〉に癒されてきた。

 紺碧の空、スカイブルー、抜けるような空の〈青〉は、なぜ青いのだろう。

 太陽の光は大気中の空気の分子や浮遊するゴミなどにぶつかり、あちこちに飛散する。これを専門用語で散乱というのだが、波長の長い赤系統では起こりにくく、波長の短い青系統でよく起こる。青い色は赤い色より、約10倍も散乱しやすい性質を持っている。空気の分子などにぶつかって散乱した青い光が、さまざまな角度から私たちの目に飛び込んでくるので、空はどこまでも青く見えるのである。

 海底まで透き通って見える、マリンブルー(やや緑色がかった濃い青)の海は、なぜ青いのだろう。

 海中に届いた太陽の光のうち、赤い光は吸収され、青い光が散乱を起こすからだ。マリンブルーといえば深い海の濃い青だが、緑色がかった青い海はエメラルドグリーン(やや青みがかった緑)と呼ばれている。サンゴ礁や遠浅の白い砂の海では、海中で散乱した青い光だけでなく、海底の白い砂に反射して戻る間に、赤い光は吸収され、残った青や緑の光が反射してエメラルドグリーンに輝くのである。

 山の〈緑〉というと「木々の葉」の緑を思い浮かべるが、なぜ葉は緑色なのだろう。

 植物は太陽の光を利用して、根から吸収した水を酸素と水素に分解する。そのとき発生する酸素を放出しながら、一方で水素を利用して、葉から吸収した二酸化炭素をブドウ糖やデンプンなど自分を養う栄養素に作り変える。太陽の光には目に見える波長の光(プリズムで分光できる赤・橙・黄・緑・青・藍・紫)と、目に見えない波長の光(赤外線や紫外線)がある。植物の「光合成」に必要な波長の光である、赤外線に近い「赤」と紫外線に近い「青」、この二種類の光を、葉の中のクロロフィル(葉緑素)がエネルギーとして吸収するのだが、クロロフィルは赤と青の中間の波長である「緑」の光だけを必要とせず、すべて反射する。つまり、植物の葉は赤と青の光を吸収し、緑の光だけを反射する。太陽から照射された光のうち、緑色だけを反射するので「緑の葉」に見えるのだ。リンゴの熟れた実が赤く見えるのは、「赤」だけを反射しているからであり、太陽の光を反射しない、つまり光のエネルギーをすべて吸収するものは、真っ黒に見える。冬に黒い服を着ると暖かいのは、「黒」が熱エネルギーをより吸収しやすいせいなのである。

 それにしても、生命力あふれた若葉がこの緑色だけを反射して、葉緑、緑陰、緑雨、緑豆、緑茶、緑風などの言葉を生んだ、造化の神の粋なはからいには全く驚かされる。

 古語辞典の『字訓』によれば、やまとことば(和語)の「みどり」の解説に「若葉のみずみずしいさまより、緑の名になった。幼児を〈みどりご〉というのは、そのなごりである。古くは三歳未満の児を〈緑兒(みどりご)〉といい、女児を〈緑女(みどりめ)〉という。みづとみずは同根の語であろう。もともとは若葉の浅葱(※あさぎ=緑がかった淡い藍色)の色。」と書かれている。この幼い男児を〈緑兒〉、また若い女性の黒い髪を〈緑の黒髪〉と表現するのは、もとより緑色の肌の子どもや緑に染めた髪の毛ではなく、「みずみずしい、とれたての、つやつやした、若々しい」など、生命力に満ちた状態を意味するもので、それぞれ〈みずみずしい幼子〉、〈つやつやした黒髪〉を強調する、美しいやまとことばの響きがある。

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