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【特集】天然ゴムの現在地

住友ゴム工業、世界で初めて天然ゴムの生合成に成功

ラバーインダストリー 2021-07-16

 住友ゴム工業が天然ゴムの生合成に関する研究を進めている。同社は2016年、世界で初めて天然ゴムの生合成に成功。それまで解明されていなかったパラゴムノキでの天然ゴムの生合成機構に関する研究成果(東北大学、金沢大学、埼玉大学との共同研究)を、オープンアクセス誌「eLife」で公開した。その後の進捗については「まだ量産化の検討段階にはなく研究段階」(上坂憲市材料開発本部材料企画部長)とするものの、着実に進展しているようだ。栽培地域が限られ、供給源が東南アジアに集中する天然ゴムの安定供給に寄与するものとして、同社の研究に注目が集まっている。

宮城ゆき乃材料開発本部材料企画部課長


 天然ゴムが生合成されるメカニズムの中で、イソプレンをシス型に結合させる酵素として「Hevea rubber transferase 1(HRT 1)」は、従来から研究者の間でも知られた存在だった。しかし、試験管にイソプレンとHRT 1を入れただけでは、高分子としての天然ゴムは生合成できない。「高分子の天然ゴムをなぜ生合成できないのかを考えた時、2つのことに行き着いた」(宮城ゆき乃材料開発本部材料企画部課長)という。それがHRT 1のパートナーの存在と分子鎖の長い天然ゴムを蓄積する場だ。

 HRT 1のパートナーは、数百種のタンパク質の中から探索し、「Rubber elongation factor(REF)」、「HRT 1-REF bridging protein(HRBP)」の2つに辿り着いた。一方、分子鎖の長い天然ゴムを蓄積する場としては、分子鎖の長いゴムが疎水性であることに着目し、内側が疎水性であるゴム粒子を活用した。HRBPはHRT 1と天然ゴムの蓄積場であるゴム粒子との結合を補助する、REFはゴム粒子の安定性に関わる役割を果たしているという。HRT 1がゴム粒子の表面でイソプレンをシス型に結合し、そこで作られた天然ゴムをゴム粒子の内側に蓄積していくことになる。イソプレン溶液、HRT 1、REF、HRBP、ゴム粒子を用いることで、天然ゴムの生合成に成功した。

合成された天然ゴムがゴム粒子内に溜めこまれる


 生合成した天然ゴムとパラゴムノキから採取する天然ゴムとの間には異なる点は存在する。「生合成したものとパラゴムノキから採取したものは、イソプレンがシスに結合している点でポリマー鎖としては同様のものだ。ただ、パラゴムノキから採取する天然ゴムには末端に他の鎖が2~3本結合し分岐しており、それが生合成したものにはみられない」(同)という。

 末端における分岐の有無が、物性に関係するとは考えるが、それが物性の何に繋がってくるのかはまだ明確ではない。「分岐している方が1本鎖よりも分子量が高く、天然ゴムの物性面として有利ではないかと考えているが、定かではない。確かなことは、パラゴムノキから採取する天然ゴムには分岐があり、生合成したものにはないということ。現段階では天然ゴムの分子鎖を長くできた点が1つの成果になる。分岐を持たせるところまでは辿り着いていないが、分岐についても今後研究を進めていく」(同)。

パラゴムノキ以外の酵素を用いても生合成可能,末端変性も

 成果の発表後も継続している研究では、現段階で2つのことが明らかになっている。1つがパラゴムノキ以外の酵素を用いても天然ゴムを生合成できるということ、もう1つが天然ゴムの末端を変性できることだ。

 イソプレンをシス型に結合させる働きを持つ酵素は、パラゴムノキだけでなく全ての生物が保有しているという。そこで、他の生物が持つ酵素によっても、天然ゴムが生合成されるのかを確認した。その結果、タンポポやレタスといった、従来から天然ゴムを作る植物の酵素だけでなく、天然ゴムを作らない人間や酵母由来の酵素を用いても天然ゴムが生合成できた。つまり、酵素と2つのタンパク質、疎水性の場という条件が整えば、天然ゴムを生合成できるということだ。

パラゴムノキ以外の酵素でも天然ゴムを生合成できる


 一方、末端変性については、天然ゴムの末端と異なる、修飾した末端を用いても天然ゴムを生合成できた。パラゴムノキから採取される従来の天然ゴムは、末端をコントロールすることができない。末端変性は、シス1 、 4-ポリイソプレンという天然ゴムの良い部分を残しつつ、より良い分子設計を可能にする。天然ゴムのさらなる性能向上に繋がると考えられる。

 現時点で、修飾した末端の全てが反応するわけではないが、修飾した末端を用いても天然ゴムができたということは1つの大きな進歩だ。「現状用いている酵素のままでは変性する末端に制約が出てしまうが、酵素を変えることによって、狙った末端変性ができると考えている。酵素にもう少し人工的な操作を加えれば、バラエティに富んだ構造を作ることができるだろう。狙った末端変性によって天然ゴムを改質し、ポリマーに機能性を持たせることができれば、タイヤの性能を向上させるといった、合成ゴムでよく用いられている手法が天然ゴムにも適用できることになる」(同)。

天然にはない末端を持つ天然ゴムの生合成に成功


「取り組むべきことはまだ多い」

 今後取り組むべき課題について宮城氏は「まだまだたくさんある」と話す。その1つが人工的に作るということだ。「今は疎水性の場としてゴム粒子を用いている。ただ、それはラテックスから採取したもので、このゴム粒子の役割を果たすものを人工的に作るようにしなければならない。ここは大きなハードルになる」(同)。

 イソプレンモノマーや酵素も同様だ。イソプレンモノマーについては、合成されたものを使用しているが、「価格の面を考えても、これを安価に供給しなければならないと考えている」(同)。酵素は価格面に加え、取り扱いやすさも課題に挙げる。「パラゴムノキ由来の酵素は非常に扱いにくい。今は他の生物種の酵素を用いているが、より反応性が高く、天然ゴムをより多く、効率良く生合成できる酵素の組み合わせを見つけたいと考えている。ゴム粒子、イソプレンモノマー、酵素の全てを人工的に供給することは究極の目標になる」(同)。

 量産化について上坂氏は「量産となれば採算等を考えなければならないが、その検討はまだ行っていない。今は研究の要素が強い。量産は従来の天然ゴムの性能を超えた時、初めて視野に入ってくる」と話す。そのためには、まず物性評価を実施できる塊の天然ゴムを生合成することが必要になる。「試験管の中で生合成できたという点でも非常に有意義なことだが、ラボで通常のゴムに行うような評価ができる量をまずは作りたい。もちろん、そのハードルは決して低くない」(上坂氏)。

 昨今、世界の環境問題への意識は非常に高まっており、住友ゴム工業もタイヤの安全性だけでなく環境性能を強く意識した材料開発を進めている。天然ゴムへの取り組みは、そのうちの1つであり、天然ゴムの生合成はタイヤ業界だけでなく、天然ゴムに関わる全ての人にとっての想いでもある。産地が集中する天然ゴムの安定供給を目指すための住友ゴム工業の取り組みは、自社ではなく社会に対しての貢献という要素が非常に強い。住友ゴム工業が進める研究は、天然ゴムの性能を進化させるだけでなく、天然ゴムをパラゴムノキ以外から採取するという取り組みにも繋がっていく。天然ゴムのサステナビリティにおいて、住友ゴム工業の研究の意義は決して小さくない。

イソプレンゴム(IR)と生合成した天然ゴムとの違い

 天然ゴムに類似した合成ゴムとして、IRが挙げられる。ただ、IRと住友ゴム工業が生合成した天然ゴムとは全くの別物だ。

 天然ゴムはその構造においてシスが100%を占めるが、IRは構造の中にどうしてもトランスが含まれる。トランスに関しては、IRを合成する各社がその割合を下げ、シスを高める取り組みを進めているものの、たとえ1%以下の微量であってもトランスが含まれると、強度などの性能面が天然ゴムに対し劣ってしまう。

 その点、住友ゴム工業が生合成した天然ゴムは開始末端以外シス100%で、トランスが一切含まれていない。

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