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【社名あれこれ】ゴム企業会社名の由来

「平泉洋行」、HIRAIZUMIかHEISENか

商社 2018-10-01

 先日、平泉洋行の戸張傳二郎社長から「2020年に100周年になる」と聞いて、同社の社名の由来を調べてみた。

 「洋行」が付く会社や店は、昭和50年代ころまで街中で少ないながらも見かけた。「行」は店、商社の意味。お金を扱う店を銀行と言うがごとし。「洋行」は、中国で外国人経営の店という意味。いま日本の会社でこの語が付いているのは戦前に中国大陸で起業したと思っていい。

 さて、問題は「平泉」。ゴム業界に身を置く人ならば「へいせん」と難なく読めるだろうが、一般の人は「ひらいずみ」と読み下すのが普通でしょうね。

 さて、平泉洋行の創業者は明治末から大正初期のゴム産業の興隆期に活躍した橋口巳二という人。1919年、東京・亀戸にゴム引布などを製造する亀戸ゴム製造所(のちの亀戸ゴム工業=2017年廃業)を創業した。

 ある時、巳二は陸軍将校である実弟から第一次世界大戦で捕虜となったドイツ人がバイエルの加硫促進剤について話した内容を聞き、欧米では有機加硫促進剤が工業的に使われていることを知る。日本では加硫に時間のかかる無機薬品が使用されていた。

 1920年、ドイツとの通商が再開されると早速これを輸入、慣れないため失敗もしたが、ゴム靴の甲ゴムの製造に成功する。これで自信を付けた巳二はバイエルのゴム用薬品の輸入販売を決意。知人が神田で営業していた「平泉洋行石炭部」の一室を借り「平泉洋行薬品部」の商号で営業を始めた。その石炭部の経営者は岩手県平泉の出身。この「ひらいずみ」の読みを、巳二はドイツとの通信を考え、長い「HIRAIZUMI」ではなく短く発音も容易な「HEISEN」にする。 

 巳二は有機ゴム薬品の販売に力を入れるが、新奇なものだけに容易に受け入れられない。軌道に乗るのは3年後の関東大震災の後になる。1927年にはバイエル社の東洋総代理店契約を結ぶ。

 その後、巳二は日本のゴム工業発展のためにバイエル社のカタログやパンフレットを翻訳して顧客に配布したり、1928年には実証のため亀戸工場にゴム研究所をつくり、広く業界に開放して他社の技術者にも自由に利用させるなど、わが国のゴム工業発展に尽くした。

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