「何を創る、日本の半導体企業」
半導体需要をつくる製品市場は変化している
連載 2025-08-26
桑原経営戦略研究所 桑原 靖
ここまでの4回で、半導体とはどの様なものでどう使われているか、またそれはどの様にして製造されているかを説明してきました。今回はこれまでの半導体市場の推移を、日本の半導体企業のポジションを含めて見て行きたいと思います。
第1回で1947年に米国・ベル研究所で初めてトランジスタが生まれ、真空管の時代からトランジスタ時代が米国で始まったと説明しましたが、その後、集積回路の発明、CMOS*1のプロセスや微細加工等の、数え切れないほどの急激な技術革新を経て今に至っています。その歴史は誕生から100年に満たない比較的新しい製品ですが、その市場規模は、1985年の$23.3Bが40年後の2025年には約30倍の$700.9Bに大きく伸長すると予想されています。(図1)
*1 CMOS(Complementary Metal-Oxide Semiconductor):フェアチャイルドセミコンダクター社が考案した、半導体の標準的な製造プロセスで、現在ではほとんどの製品でCMOS技術が使われている。

この半導体需要の急激な伸長は、その使用される市場が一つではなく、電子機器や装置の進歩により、新たな製品市場が次々と生まれてくる事がその大きな要因と言えます。1980年代前半では、電卓などで使用され始めた半導体が、16K/64KのDRAMの登場により、コンピューターメインフレーム、ミニコンピューターやワークステーションに使用される事になり、その需要は大きく拡大しました。それだけでなく、日本を中心としたVTR等の民生機器の旺盛な需要やCD等の新しいメディア機器の登場に加え、家庭用テレビゲーム、情報分野、OA分野等での新たな需要がどんどん生まれた時期でもあり、その市場は拡大していきました。このように1980年代前半はコンピューターの旺盛なDRAM需要に加えて、民生・通信・産業分野での新たな動きが生まれ、幅広い分野での半導体需要が拡大した時期となりました。
IBMは1981年に16ビットCPUのPCを世に送り出しましたが、そのハードウェア仕様を公表(オープンアーキテクチャー)していたので、他のメーカーもIBM PCの互換機を発売し、その市場は急速に拡大して行きました。IBMは続いてハードディスク装置を内蔵し、CPUを高速版にしたPC(PC/AT)を発売して、オフィスで用いるタイプのPCの業界標準を創造する事になりました。
1990年代になると、MicrosoftのWindowsとIntelのペンティアムが市場に登場し、Wintelと呼ばれるPC仕様が標準となり、ハードウェアやインターフェースの共通化が図られ、ソフトや周辺機器が複数のPCで利用することが可能になった事でPC市場が大きく拡大しました。多くのメーカーがPC市場に参入して、2000年には1億台を上回る出荷台数となりました。PC本体のみならず、外部記憶装置やプリンター等の周辺機器の市場も喚起した事もあり、半導体需要の伸長の大きなベースをもたらしました。更に産業分野でもシーケンサーやプログラマブルコントローラー等ファクトリーオートメーション(FA)が急速に立ち上がり、通信分野でもデジタル交換機の運用開始や、ISDN*2の普及等に代表されるように通信産業分野でも新たな動きが始まり、半導体需要を押し上げていきました。
*2 ISDN(Integrated Services Digital Network):情報通信の要素には音声・データ・画像などがあるが、これらを全てデジタル化することで、同一伝送路で扱うことができるように考え出された公衆交換電話網
1990年代から普及し始めた携帯電話は、2000年代のRIM社の最初のスマートフォンBlackberryの発売により、2008年以降の金融不況下でも成長し続け、2010年代には10億台を超える出荷台数となっています。現在の先進国ではスマートフォンは必要不可欠なツールとなっており、今後も発展途上国を中心として拡大すると推定されています。更に、DVDやデジタルカメラ等の民生機器のデジタル化、EVに代表される自動車の急速な電子化により、半導体需要は新たな市場の登場によりその拡大のペースを落とす事無く伸長しています。
2020年代に入りデータセンターは、eコマースプラットフォーム、クラウドデータコンピューティングおよびデータ処理の数が増え、大きな成長につながる重要な市場になっています。その原因ともなっているのが、昨今話題となっている生成AI*3です。生成AIを実現するには多くのGPU*4やメモリー等が必要となりますので、データセンターの拡充は不可欠となり、半導体需要も急速に成長させていきます。AI関連以外の領域では自動車市場での需要も拡大していくと考えられます。日本でも2020年4月に改正道路交通法が施行され、自動運転レベル3*5の実用化に向けた環境が整い、レベル4*6の試験運用も世界中で行われています。確実に自動車のICT*7化は進んでおり、ここでも新たな半導体需要が見込まれていきます。

*3 生成AI:文字などの入力に対してテキスト、画像、または他の形式で、学習・推論・問題解決などの知的行動を人間に代わって実行するシステム。
*4 GPU:(Graphics Processing Unit)コンピュータゲームに代表されるリアルタイム画像処理に特化した演算装置、あるいはプロセッサである。CPUよりも並列演算性能にすぐれており、AI向けの機能に適している。
*5 レベル3:システムがすべての運転操作を一定の条件下で実行する。作動継続が困難な場合は、システムの介入要求等に運転者が適切に対応する。
*6 レベル4:システムがすべての運転操作及び作動継続が困難な場合への対応を一定の条件下で実行する。
*7 ICT(Information and Communication Technology):情報通信技術で、クルマにおいてインターネットなどの通信技術で接続して、位置情報だけでなく遠隔で車両に異常が無いか確認できたり、事故や故障があった場合に自動で各所に連絡する仕組みなどに応用される。
この様に半導体市場は、大きな伸長を継続して来ており、これからも自動車、コミュニケーションやヘルスケアと言った分野で新たな市場が誕生して、その拡大は続くものと考えられております。(図2)
ここで、次々に生まれてくる新しい市場による半導体需要を支えてきた半導体メーカーを見てみましょう。1980年代のコンピューターメインフレーム、ミニコンピューターやワークステーションに使用されるDRAMと日本を中心とした民生機器、家庭用テレビゲーム、情報分野、OA分野の需要を満たしたのは日本企業でした。1980年5月ワシントンに於けるセミナーで、HP社が従来の日本製半導体の安物と言う評価を一変させた事により、供給不足であった米国DRAMへの出荷が飛躍的に増加しました。日本の16KDRAMでの品質の優位性が米系顧客にも高く評価され、それに続く64KDRAMではコンピューターメインフレーム等に加え、IBMのPC出荷が大きく拡大して、それに使用された日本製64KDRAMシェアは1985年には70%を超え、1986年には世界の半導体供給トップ10の6社が日本メーカーとなる黄金期を迎えます。また、これが契機となり日米半導体摩擦が生まれ、SIA*8は日本製DRAMを通商法301条*9で提訴するに至り、2度に渡る日米半導体協定に繋がっていきました。この辺りの経緯は別途詳しく取り上げたいと考えます。
*8 SIA(Semiconductor Industry Association): 1977年に米国半導体産業育成政策強化に対する政府へのロビイング活動を強化するためにSIA(米国半導体工業会)が設立された。
*9 通商法301条:貿易相手国の不公正な取引慣行に対して当該国と協議することを義務づけ、問題が解決しない場合の制裁について定めた条項

1990年代のPC市場拡大に際しては、積極的な開発・投資戦略でDRAMの技術水準を急速に上げた韓国メーカーが参入し、米国メーカーの復権も加わり、日本メーカーはシェアを失って行く事になりました。特に、韓国「Samsung」は4MDRAMでは日系企業の後塵を拝していましたが、16MDRAMで追いつき、64MDRAMでは「Samsung」がいち早く製品化を行い市場のイニシアチブを獲得しています。更に、1990年代後半に「Samsung」や「現代」はマスク枚数の低減等によりコスト競争力をつけ、「Micron」と共に供給上位メーカーとなり、日系各社は苦境に立たされる事になっていきました。その後DRAM不況が襲ってきて、日系メーカー各社のDRAM撤退の契機となりました。米国でもDRAM事業はリストラ対象となり、1997年「Motorola」が撤退、1998年「TI」もDRAM 事業を「Micron」に売却し、米国のDRAMメーカーも「Micron」一社となってしまいました。
こうして、2000年にはトップ10内が日系メーカー3社にまで半減しました。一方業界トップにはPCの心臓となるCPUを供給する「Intel」が1993年以降トップメーカーとなり、またDSP*10 、MCU等で業績を確保した「TI」が徐々に業績を伸ばし、更にDRAMに集中化した「Samsung」と「現代」がトップ10内に入ってきました。
*10 DSP(Digital Signal Processor):デジタル信号処理に特化した、演算装置、制御装置、記憶装置、入力装置、出力装置の機能を持ったもの
2007年にはApple社のiPhone発売等もあり、スマートフォンは、我が国や先進国のみならず、世界的に見ても爆発的に普及して行きました。これらを支えているのが、資本力は小さいが特定応用技術分野、特に通信、画像技術に強い新たなファブレス半導体メーカーです。これらのメーカーは90年代後半より米国西海岸で、設計と販売に特化し、半導体の製造はアジアのファンダリーメーカーに委託し、資本効率を高めた経営スタイルを取りました。このうちの一社が「Qualcomm」で、現在では携帯電話用チップでは、ほぼ独占に近いマーケットシェアを保持しており、トップ10にも入るまでになりました。「Broadcom」も同様にコンピューターネットワークと通信ネットワークに特化した製品をカバーしており、トップ10入りを果たしています。アジアでも同様な経営スタイルを取って売上を伸ばし、トップ10に入った企業もあります。それがCD/DVD/TV向けのチップセットを設計・販売している台湾の「MediaTek」です。
最近の半導需要を急増させている新たな市場が、通信環境の著しい進歩に伴い、データ使用量の増加やクラウドサービスの普及、DX化の加速などを実現する為に、世界中で建設が盛んになっているデータセンター市場です。更に、嘗ては専門的な使用に限定されていたAI技術が、多くの業界で一般的に使用されるようになり、膨大なデータ処理能力に対応できる専用の大規模データセンターが求められるようになりました。その結果、膨大な計算能力を提供できる高性能GPUと高容量のデータストレージが求められる様になり、2024年にはAI半導体で圧倒的なシェアを持つ「NVIDIA」がランキングのトップに躍り出て、「Intel」は3位となりました。今後もAmazonやMicrosoftなどの大手クラウドサービスプロバイダーは飛躍的に成長を続け、データセンター市場の拡大を牽引していくと思われます。
【プロフィール】
桑原経営戦略研究所 桑原 靖
1984年に山口大学経済学部卒業後、㈱三菱電機に入社。主に半導体の海外営業営業に携わる。
2003年に㈱日立製作所と両社の半導体部門を会社分割して設立した、新会社ルネサステクノロジに転籍する。転籍後は、主に会社統合のプロジェクト(基幹システム=ERP)を担当。2010年にNECエレクトロニクス㈱を経営統合して設立されたルネサスエレクトロニクス㈱では、統合プロジェクトや中国半導体販売会社の経営企画なども担当。㈱三菱電機でのドイツ駐在、ルネサスエレクトロニクス㈱での中国駐在を含め、米国及びインドでの長期滞在等の多くの海外経験を持つ。2022年4月末でルネサスエレクトロニクス㈱を退職。
-
「何を創る、日本の半導体企業」⑨
日本の半導体企業の隆盛
連載 2025-12-22
-
「何を創る、日本の半導体企業」⑧
市場の拡大に伴う半導体企業の投資拡大③
連載 2025-11-26
-
「何を創る、日本の半導体企業」
市場の拡大に伴う半導体企業の投資拡大②
連載 2025-10-24
-
「何を創る、日本の半導体企業」
市場の拡大に伴う半導体企業の投資拡大①
連載 2025-09-25







