白耳義通信 第102回
「ブリュッセルの裏庭にひそむ山小屋の正体」
連載 2025-04-21
鍵盤楽器奏者 末次 克史
みなさんは「シャレー」chalet という言葉を聞いたことがありますか? 山小屋のような木造の建物のことです。実は、ベルギーの首都ブリュッセルの王宮のすぐ裏に、この「シャレー」があるんです。でも、ちょっと変わっているのは、それがノルウェー風のシャレーであること。そしてもっと驚くのは、それがコンゴという国を支配するための本部として建てられたことなんです。
このノルウェー風シャレーは、「ブレードロード通り」Rue Brederode / Brederodestraat という短い道にあります。ここには王宮の裏口もあって、実は国王に手紙を送るときの公式な住所にもなっているんです。でもなぜ、ヨーロッパの中心であるブリュッセルのしかも王宮のそばに、北欧風の山小屋が建っているのでしょうか?このシャレーを建てさせたのは、ベルギーの王様レオポルド2世。彼はなんと、アフリカの「コンゴ自由国」という広大な土地を自分ひとりのものとして支配していたのです。その広さはなんとベルギーの約80倍! でも、そこに行かずにブリュッセルから支配したいと思った王様は、自分の「裏庭」にそのための建物を建てさせたのです。
そして、その建物を「ノルウェーのシャレー」にしたのは、設計した建築家がノルウェー風のデザインが好きだったから。一見かわいらしい山小屋のような建物。でもその中で行われていたのは、とても深刻な植民地支配の管理でした。レオポルド2世のコンゴ支配では、人々が過酷な労働を強いられたり、暴力や罰によってコントロールされたりすることもありました。特に「ゴム」の需要が高まったことで、先住民たちはジャングルの中でゴムを集める過酷な作業を強いられ、多くの人が苦しんだのです。
こうした支配に対して、イギリスの人々を中心に世界中から批判の声が上がり始めました。ついには国際的なプレッシャーによって、レオポルド2世はコンゴを手放し、1908年にベルギー政府がコンゴを引き継ぐことになりました。これによって、「コンゴ自由国」は終わり、「ベルギー領コンゴ」として新たな時代が始まりました。植民地の本部として使われたあと、このシャレーは王室の博物館になったり、高級ブランド「エルメス」 Hermes の店舗になったりして、姿を変えながら今も残っています。
今でもその建物には、「コンゴ自由国」のマークが描かれた木のパネルが残されています。一見おしゃれで美しく見える山小屋。でもその中には、かつての苦しい歴史が静かに刻まれています。王宮の裏庭にあるそのシャレーは、ベルギーの栄光と影、どちらも語る“記憶の場所”なのかもしれません。
【プロフィール】
末次 克史(すえつぐ かつふみ)
山口県出身、ベルギー在住。武蔵野音楽大学器楽部ピアノ科卒業後、ベルギーへ渡る。王立モンス音楽院で、チェンバロと室内楽を学ぶ。在学中からベルギーはもとよりヨーロッパ各地、日本に於いてチェンバリスト、通奏低音奏者として活動。現在はピアニストとしても演奏活動の他、後進の指導に当たっている。ベルギー・フランダース政府観光局公認ガイドでもある。
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