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【特集】メディカルとエラストマー

日本ゼオン、単層CNT「ZEONANO SG101」を医療分野へ展開

ラバーインダストリー 2021-06-02

 日本ゼオンの開発したマスターバッチが,パーキンソン病や本態性振戦(手や頭などが不随意に震える症状)の症状軽減に寄与している。同社の単層カーボンナノチューブ「ZEONANOSG101」をシリコーンゴムに練り込み導電性を大幅に向上させたもので,人体に神経調節療法を実行する医療機器の電極パッドに使用されている。シリコーン分散液メーカーである米国のNovation Solutions(Novation Si社)との共同研究によって生まれた。

 パーキンソン病や本態性振戦はいずれも身体の震えを症状とする疾患で,悪化すると生活にも支障が出るケースがあるとされている。特に本態性振戦は症例が多く,40歳以上の4%が発症すると言われている。脳からの電気信号によって起こる意図しない手の震えに対し,従来は薬の処方や外科手術が主な治療法として用いられている。

 Novation Si社が開発した導電性シリコーンゴムは,腕時計形態の機器に使用され,この装置を装着することにより意図しない震えの原因となる脳からの電気信号を抑制する。機器からの電気信号がノイズキャンセルのような働きをし,手の震えを軽減する。意図しない震えの原因である脳からの電気信号とそれに伴う手の震えには個人差がある。そのため,電気信号を読み取る,電気信号を発してノイズキャンセルするなど,機器には3カ所の電極パットが装着されているが,実際に皮膚に触れるその3カ所の電極パッドに,日本ゼオンが開発した高導電性シリコーンゴムマスターバッチが使われている。

 開発のきっかけはNovation Si社の親会社であるRD Abbottからの打診だ。RD Abbottはパーキンソン病や本態性振戦の症状を軽減する,同様の医療機器をすでに開発していたが,導電性付与に用いていた従来のカーボンブラックでは,添加量が多量になるというデメリットを抱えていた。デメリットの解消や電極パッドのさらなる性能向上に,ZEONANO SG101の特長が活きた。

 ZEONANO SG101は,産業技術総合研究所(産総研)が発見したスーパーグロース法()を用い,日本ゼオンと産総研が開発した量産化技術によって,日本ゼオン徳山工場(山口県周南市)で製造されている。年産能力は数トンで,粉体の販売およびその加工製品の提供および販売は,日本ゼオンの子会社であるゼオンナノテクロジーが行っている。

 ※スーパーグロース法:産総研が2004年に開発したカーボンナノチューブ(CNT)の合成技術。通常のCNT合成雰囲気に極微量(ppmオーダー)の水分を添加することで,通常は数秒の触媒寿命が数十分になり,極微量の触媒から従来の3,000倍の時間効率で,大量の単層カーボンナノチューブを合成することができる。

 ZEONANO SG101は,単層カーボンナノチューブの中でも他にはない特異な構造を有している。長さは300~500マイクロメートルで他社のカーボンナノチューブと比較して長尺。また,合成時の触媒など金属不純物の含有量は500ppm以下で,炭素純度は99%以上と非常に高純度だ。今回の医療機器には,こうした特長が大きく寄与している。

 ZEONANO SG101を含有した高導電性シリコーンゴムマスターバッチは,①柔軟性に優れかつ高導電性②体積抵抗率のばらつきが小さい③経時劣化しにくいという特長を有す。

 シリコーンゴムにZEONANO SG101と一般的な導電性カーボンブラックを混ぜ合わせたもので比較すると,同等の体積抵抗率を示す時,ZEONANO SG101の添加量はカーボンブラックに比べ10分の1程度で済む。少ない添加量で低抵抗(高導電)を実現できるため,ZEONANOSG101を用いたマスターバッチは柔軟性に優れる。柔軟性が高いことで,「人体に電極として使
用した時に,人体に触れても違和感がないという特長を出すことができる」(日本ゼオン)という。

 また,ZEONANO SG101を添加すると,厚み方向の体積抵抗率のばらつきを抑制することが可能だ。ZEONANO SG101の細くて長尺という特長が活きている。カーボンブラックのような球状の導電性フィラーや他のカーボンナノチューブのように短尺だと,変形の際にお互いの接点がなくなる場合があるが,長尺であるZEONANO SG101はお互いが絡み合うことで接点を維持でき,厚み方向の体積抵抗率が変動しにくいとみられている。体積抵抗率のばらつきを抑制できるため,電極パッドとして使用した際に,人体に対する電極パッドの接触具合が変化しても一定の電気を流すことが可能で,直接皮膚に接触する生体電極にとって好適と言える。「今回の医療機器では少しでも電流が流れすぎたり,流れなかったりすると人体に影響を及ぼすことがあるため,変形しても体積抵抗率がばらつかない点は,採用された大きなポイントと言える。FDA(アメリカ食品医薬品局)の認証を得ることができたのは,ZEONANO SG101の特長が認められたためと考えている」(同)。

 経時劣化については,シリコーンゴムにカーボンナノチューブやカーボンブラックといった導電性フィラーを混ぜ合わせると,シリコーンゴムが少しずつ劣化していくことが一般的に知られている。実際,日本ゼオンが行った実験では,他社のカーボンナノチューブを混ぜ合わせたシリコーンゴムは,1カ月経過すると分子量が3分の1まで低下し劣化が進んだ。一方,ZEONANO SG101を混ぜ合わせたものは,分子量が80%保持され大きな劣化が進むことはなかった。この点について日本ゼオンは「ZEONANO SG101の炭素純度の高さによる特長ではないか」と考えている。

 どのように混ぜ合わせるかも肝になる。「シリコーンゴムと長尺の単層カーボンナノチューブを単純に混ぜ合わせれば良いというものでもなく,どう混ぜ合わせるかの技術が必要になる。用途に応じてどのような複合体にするのか,分散している状態を作り上げていくのかは当社独自の技術であり,売りの一つと言える」(同)。

 ZEONANO SG101を用い医療分野で製品化したのは,今回が初めてだ。これまで経験したことがなくリスクも高い医療分野への展開は,極めてイノベイティブかつ技術的にもチャレンジングながら,市場が不明確なことも相まって,社内で様々な議論があったという。過去にはシリコーンゴムとSG101の複合技術が成功に結び付かなかった経験があり,しかも今回はカーボンナノチューブを医療機器に展開するという世界でも稀な挑戦となった。「本当にできるのか。過去に上手くいかなかったじゃないか。やめた方が良いんじゃないか」といった意見がほとんどだったという。そのため,開発にあたった少数派はある意味での覚悟を決め,マスターバッチの開発にあたっては,安全性含めてビジネス実現への時間軸にも細心の注意を払った。日本ゼオンはZEONANO SG101の安全性評価を様々な観点で実施しており,そこで得たデータは顧客に対し積極的に開示しているが,それだけにとどまらず,「開発の際にはプロセスを含め,とにかく安全性に気を配った。例えば,EONANO SG101がいくら混ぜにくいからといって,添加剤や可塑剤のようなものを入れ,後々に皮膚がかぶれたといったような問題が発生してはならない。安全性をどう担保していくのか,そのリスク管理は徹底した」(同)。

 開発スピードもこれまでとは大きく異なった。「顧客は米国西海岸のスタートアップ企業で,西海岸の顧客はいかに早くプロトタイプを作り,それを市場で検証するかという,サイクルのスピードが速い。そのため,そのスピードについていくための開発スピードは非常に強く意識した。その結果,走りながら考えるというスタイルが,当社にも少しは浸透したと思う。今回の高導電性シリコーンゴムマスターバッチは,ZEONANO SG101にとって新たな分野への挑戦だったが,2年強で上市に至ったことは当社にとって自信に繋がったと同時に,挑戦をあきらめないマインドセットの文化が社内の風土を変える引き金になってくれれば……」(同)。

(次ページ:「パーキンソン病や本態性振戦の症状軽減に寄与」)

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