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ゴムの先端研究<第3回>

九州大学大学院工学研究院機械工学部門教授・博士(理学)・水素材料先端科学研究センター高分子材料研究部門長 西村伸氏

その他 2019-08-27

 シリーズ「ゴムの先端研究」の第3回は、九州大学大学院工学研究院機械工学部門教授で博士(理学)、水素材料先端科学研究センター高分子材料研究部門長の西村伸氏。西村氏が検証している高圧水素環境下でのゴム材料の研究について話を聞いた。

 

高圧水素環境下でのゴム材料を研究

 ■高圧水素環境下でゴムを検証
 九州大学には、水素材料先端科学研究センターという水素エネルギーに関する研究に特化したセンターがあり、インフラや構造材料を中心に取り組んでいる。センター内には金属材料研究部門、高分子材料研究部門、トライボロジー研究部門、物性研究部門、安全評価研究部門の5部門があり、そのうちの高分子材料研究部門を担当している。

 水素材料先端科学研究センターは、水素ステーションの水素圧力の環境を再現できる99MPaクラスの高圧水素実験設備を有している。高圧水素環境下におけるゴムの破壊現象の解明を進めるとともに、ゴム材料中に溶解した水素の挙動を昇温ガス脱離分析や小角X線散乱、広角X線回折、核磁気共鳴装置などを用いて調べることで、ゴム材料の破壊挙動との関係を検証している。それらによって、破壊挙動と使用環境、材料組織や分子構造との相関関係を検証し、耐水素特性に優れたゴム材料開発の指針となるデータを提供している。

 ■ゴムの破壊
 水素ステーションなどの水素機器には、水素をシールするためにゴム製のOリングが使用される。ただ、高圧水素環境下では高圧水素ガスへの曝露や加減圧によって、Oリングの破壊が起きる。現状、水素ステーションなど高圧水素環境下において最もネックとなるのが、Oリング等のゴム製部品だ。

 高圧水素環境下で使用されるゴム製Oリングには、ブリスタ破壊、はみ出し破壊、座屈破壊の3つの破壊モードがある。

 ブリスタ破壊は、ゴム材料中に溶解した水素が減圧の際に気化することで気泡が発生し、そこからき裂が進展する現象。はみ出し破壊は、水素による膨潤でOリングを装着する溝の体積を超える体積増加をすることで、はみ出して起きる。座屈破壊は、体積増加が溝の周方向に発生することで起きる。こうした破壊は他のガスによっても起こるが、水素は分子が小さく、高圧環境下では特に溶解する量が多くなることが分かっている。
 

独自配合立て指針となるデータを開示

 ■水素機器用エラストマー材料研究分科会で提供
 破壊に対応するために、どのようなゴム材料を使用すれば良いのか。規格はあるものの、その規格は物性をクリアしていれば、どのようなゴムを使い、どのようなフィラーをどれだけ配合するというところまでは規定していない。しかし、使うゴム、フィラー、その配合によって使用の結果は大きく異なる。

 そのため、配合が非常に重要になるが、企業にとって配合はブラックボックスであり、外に開示できるものではない。そこで、私が独自に配合を立て、どのような配合にすると、どれだけ水素が溶解する、どれだけ体積が変化するといったことを検証しデータを取り、それを日本ゴム協会の中に立ち上げた水素機器用エラストマー材料研究分科会で提供している。

 分科会には高圧水素機器メーカーや自動車メーカー、部品メーカー、合成ゴムメーカーなど約50社が参加している。水素に関し川上から川下までのメーカーが集まることに、大きな意義がある。そこで開示している情報が、各社の配合の指針となれば良いと考えているし、こうした縁で企業同士の共同研究等に繋がっていけば良いと思う。
 

水素社会実現へ材料開発・評価・検証など進める

 ■未来に向けて
 水素社会を実現したいと考えている。水素は電気と同じ2次エネルギーだ。石油や風力、太陽光といった1次エネルギーを無駄なく利用していく上で、電気とともに水素を活用し、需要の変動と供給のミスマッチを解消していく必要がある。水素は電気に比べ溜めておくことが容易だ。そのため、1次エネルギーや電気を水素に変換することで、無駄のないエネルギーシステムが実現できると思う。

 そのためには、データとして積まなければならないものがまだまだあるし、耐水素特性に優れたゴム材料の開発、ゴム材料の寿命の評価、実際の水素ステーションでの検証等をこれからも進めていかなければならない。耐水素特性に優れたゴム材料の開発はもちろんのこと、適切なメンテナンス時期や実際に水素ステーションで起きていることを把握する必要がある。それは、水素ステーションを運営していく上で、非常に重要なことだ。

 一連の水素充填作業の中で、どのようにして破壊が起きるのか。高圧水素による影響だけでなく、屋外に設置される水素ステーションにおける実環境が及ぼす様々な影響についても、大学という公正中立な立場で論理的、科学的に説明できるようにしたい。もとよりOリングなどのシール部材は、シール部材単独で機能するものではなく、シール部材が使用されている各種水素機器や、それらの機器により構成される水素ステーションというシステムにおいて、高圧水素ガスをシールするために機能している。ゴム材料の耐久性能そのものを向上させなければならないことはもちろんだが、使用されるシステムやその環境において、発生する破壊がゴム材料の耐久性能の不足のみで起きているわけでないケースも想定される。

 水素機器において、信頼性の観点で最もネックとなっているのがゴム材料などの高分子材料だ。水素社会の実現に向けた水素機器に使用されるこれら材料の信頼性向上は、私がやらなければならないと考えている。

 9月13日、工学院大学新宿校舎28階第1会議室(東京都新宿区)で開催される第257回ゴム技術シンポジウム「次世代水素エネルギーシステムに求められるゴム・エラストマー材料」で西村伸氏が講演する。シンポジウムでは、今後の水素エネルギーシステムの方向性や次世代燃料電池車の開発動向を踏まえたゴム・エラストマー材料の開発動向等が紹介、議論される。詳しい問い合わせは日本ゴム協会第257回ゴム技術シンポジウム係(電話03・3401・2957)まで。

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