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白耳義通信 第108回

新しい出入国システム「EES」が始まる—ヨーロッパに行くとき、何が変わる?

連載 2025-10-21

鍵盤楽器奏者 末次 克史

 おかげさまで「白耳義通信」は、今年で10年目に入りました。

 この10年のあいだに、ヨーロッパの暮らしもずいぶん変わりました。物価も上がり、制度も、人の行き来のしかたも。今月は、そんな「移動のかたち」がまた新しくなる話題です。

 10月12日、ヨーロッパの国境で新しい出入国管理のしくみ「EES(イー・イー・エス)」が始まりました。これは、シェンゲン協定という「ヨーロッパの自由な移動エリア」の外から入る人たちの出入国を、デジタルで管理する制度です。

 これまでヨーロッパに入るときは、パスポートにスタンプを押してもらっていましたよね。EESではその代わりに、空港などで顔写真と指紋を登録します。初回だけ少し時間がかかりますが、一度登録すれば次からは自動で照合され、スタンプは不要になります。

 対象となるのは、EU(ヨーロッパ連合)の国籍を持たない短期滞在者。つまり、日本人の観光客や留学などで90日以内滞在する人も含まれます。EU市民や長期ビザを持つ人は登録の必要はありません。12歳未満の子どもは指紋の登録が免除されますが、顔写真は撮影されます。

 この制度は、2026年までにヨーロッパ全体で本格的に動く予定。今は段階的に導入されていて、ベルギーでもブリュッセル空港などで試験的に運用が始まりました。初日は登録端末の前に長い列ができ、出発便に間に合わない人もいたそうです。これまで紙のスタンプで済んでいたものが、生体認証というハイテクに置き換わる。それは便利さの裏に、「個人情報をどう守るか」という新しい課題も生んでいます。

 EESの次には「ETIAS(エティアス)」という電子渡航認証も始まる予定。旅行前にオンライン申請をする仕組みで、アメリカのESTAのようなものです。EU全体で国境の安全を保ちながら、人の往来をよりスムーズにするための改革が進んでいます。

 顔認証や指紋登録と聞くと少し抵抗を感じる人もいるかもしれませんが、ヨーロッパが目指すのは「安全で便利な国境」。スタンプを押す作業がなくなり、パスポートのページを節約できるのも利点です。けれど、国ごとのスタンプを旅の思い出として集めていた人にとっては、少し寂しい変化でもあります。どの国を訪ね、どんな時間を過ごしたのか。その小さな証が、ページの上から消えていくのです。それでも、いつか「顔で入国する」ことが当たり前になる日が来るのかもしれません。

 制度も街も変わっていく中で、こうして小さな出来事を少しずつ書きとめてこられたことに感謝しつつ、これからもこの場所から、日々のヨーロッパをお届けしていきます。

【プロフィール】
 末次 克史(すえつぐ かつふみ)

 山口県出身、ベルギー在住。武蔵野音楽大学器楽部ピアノ科卒業後、ベルギーへ渡る。王立モンス音楽院で、チェンバロと室内楽を学ぶ。在学中からベルギーはもとよりヨーロッパ各地、日本に於いてチェンバリスト、通奏低音奏者として活動。現在はピアニストとしても演奏活動の他、後進の指導に当たっている。ベルギー・フランダース政府観光局公認ガイドでもある。

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