桑原経営戦略研究所 桑原 靖

 まずは、日本半導体産業の現状を、それらを取り巻く市場環境と合わせてみていきたいと考えます。WSTS(世界半導体市場統計)の2026年春季半導体市場予測では、日本の2026年半導体需要は5,710万ドル(約8.9兆円)で、世界全体需要の約4%と予測されています。アジア太平洋地域が55%、アメリカ大陸地域は36%で、この2つの地域に半導体需要は集中しています。これは、今まで説明してきました半導体市場を成長させてきた需要の中心であるPCとスマートフォンの生産が、アジア太平洋地域、特に中国を中心としているからです。

 最初に半導体市場を牽引したPCの生産においては、図1にあるLenovo以外の米系企業のDell、HP、Appleもその生産の多くを中国で行っており、過去にはPC生産の大半、90%以上を生産していたと言われています。現在では中国からの移管が加速していますが、その移管先もタイやベトナムといったアジア圏となっています。

 そして、その次の半導体市場を牽引したスマートフォンは、表1にあるように米Appleを除く全てがアジア、特に中国企業で占められています。米Appleのスマートフォンは、インドへの生産移管が進んでいますが、大規模な生産は現在も中国で行われています。

 日本が得意としていた家電製品も、三洋電機、東芝やSonyがTV事業を中国企業へ売却し生産が日系企業から中国系及び韓国系企業へと移っており、その半導体需要もアジア太平洋地域へと移っています。アジア太平洋地域は、現在の半導体市場を牽引しているデータセンター以前の需要を取り込んでいます。従って、日本の半導体企業は、日系企業だけでなくGlobal市場でいかに他社より魅力のある半導体を提供して、競争に勝っていける力が有るのかが、今後の焦点になると考えます。残念ながら、日本企業、日本人が得意としない、海外企業と協力した製品の開発が必要となっていきそうです。

 

 図2にあるように、現在の半導体市場を強力に牽引しているデータセンター、特にAIデータセンターは米国に集中しています。第13回でハイパースケーラー大規模投資の話をしておりますが、最新の状況ではさらに加速しており、2025年の主要ハイパースケーラー5社(Amazon、Alphabet、Meta、Microsoft、Oracle)の投資額は図3にあるように、予測値を大きく上回る4,040億ドル(約62.6兆円)となり、2026年も6,020億ドル(約93.3兆円)と約50%の拡大が予想されています。

 少し話は外れますが、急速にユーザー数を拡大しているAI市場は、現在毎月延べ数十億人以上がAIを活用していると言われるまでとなっていますが、いったいどんな物なのか、経産省の「半導体・デジタル産業戦略」の資料を使いながら確認してみましょう。

 図4にあるように、AIを実現するには、半導体、通信ネットワーク、電力インフラといったものから構成されるハードウエアーとその環境の上で動くAI基盤モデルやアプリといったソフトウエアーが必要となります。ハードウエアー部分を担うのは、先ほどハーパースケラーの大規模投資として取上げた米国大手5社となります。ソフトウエアー、特に基盤モデルをリードしているのも米国4社(OpenAI※1、Google※2、Meta※3、Anthropic※4)になります。

※1:OpenAIは2015年にカリフォルニア州サンフランシスコで設立され、世界有数の人工知能研究組織の1つになりました。OpenAIは、ChatGPTおよびGPTベースのエンタープライズソリューションを通じて世界的な認知度を獲得しています。2026年にエンタープライズおよびコンシューマーAIプラットフォーム全体で世界中の月間アクティブユーザー数20億人(半数以上はコンシューマ)を超えており、世界的な企業、金融機関、医療提供者とのパートナーシップを拡大しています。中国杭州DeepSeek(人工知能基礎技術研究有限公司)のAIモデル(DeepSeek-V3)が、各種ベンチマークでOpenAIの「GPT-4o」に匹敵する性能を持つと言われた事でも有名です。

※2:Googleは個人向けに文章作成、要約、質問応答、画像理解、作業の補助などを行う対話型AI Geminiを提供している事で知られています。その他にも、Google AI StudioがGeminiを使ったアプリの試作や、API確認Vertex AIが本番運用やモデル管理まで含む企業向けのAI開発基盤として提供されています。Geminiの一般向け対話AIの利用者数は、2026年8月時点で月間10億人超と報じられています。

※3:Meta Platformsは2004年に設立され、米国カリフォルニア州に本社を置く、ソーシャルメディアおよびAIテクノロジーの大手企業です。Metaは、オープンソースのAIモデル開発とAI主導のデジタル エコシステムに重点を置いており、LlamaオープンソースAIモデルの展開を世界的に拡大しています。同社はAIアシスタントをFacebook、Instagram、WhatsApp、およびエンタープライズコミュニケーションプラットフォームに統合しており、月間利用者数10億人規模と言われています。

※4:Anthropic は、OpenAIの元メンバーによって2021年設立された米国のAI企業で、対話AI Claude を開発しています。2026年4月、既存のAIモデルを大きく上回る性能を備えている新モデル「Claude Mythos Preview」を発表し、OSやブラウザの脆弱性を自律的に発見し攻撃するコードを作る能力で有名になりました。しかし、本モデルはその危険性があるため一般公開はしないことになっています。ユーザーの多くは企業となっており、月間利用者数は1億人に満たないと想定されます。

 

 現在の生成AIは図5にあるように、データ解析から推論へ、扱う対象も言語から画像、動画、音声などの多様なコンテンツを生成できるマルチモデルへと進化しています。近年のAIモデルの機能進歩は、人間の想定を超える様な問題※5も発生させています。Anthropic社のCEOは、「AI業界はモデル開発の速度を落とし、安全対策を優先すべきだ」と強く訴えており、問題を公表したOpenAIのCEOもこの方向性に同意しています。

知識の深さに相当するベンチマーク例
知識:JAQKET, NIILC(常識応答), JCommonsenseQA, pfgen-bench(日本語知識)、解析:llm-jp-eval(Wikipedia読解・要約推論)等、論理的推論:MMU-Pro, 等、多段推論:AIME 2025, Humanity’s Last Exam等

※5:OpenAIのクラウド上の隔離された環境でのサイバーセキュリティ評価中に、AI研究モデルがインターネットから隔離するための管理策を回避し、共有インフラの脆弱性を悪用してインターネットアクセスを獲得し、隔離された環境の外のシステムにアクセスしました。

 このように、巨大基盤モデル、資金調達規模、世界的プラットフォームの競争では、米国に大きく遅れている状況です。これは日本の弱点である、大規模投資の難しさと世界標準を握る企業が出現し難い事が色濃く出ていると言えます。

 今後、日本はAI市場において、基盤モデル、半導体設計、クラウドの世界標準等で覇権を握ることを目指すよりも、製造業、金融、通信、小売など幅広い分野において、企業向けAI導入で先行する事がより現実的と思われます。つまり、AI市場の“基盤作り競争”ではなく、AIで業務を変える“実践競争”に注力すべきということ事です。残念ながら、図6にあるように、デジタル赤字と呼ばれる流れを止めることは、現在の技術動向からしてもめどが立ちそうにありません。

 現在の世界人口は83億人、半導体の需要を支えるであろう世界銀行の高所得国※6の人口54億人に対し、日本の人口は1億2,000万人で2%強となります。現在の日本の半導体需要が世界市場に占める比率は約4%で、半導体を使用する製品の輸出入よる相殺は有るものの、人口比の2倍程度にとどまっており、世界をリードする半導体使用製品を生み出すことが出来ていない状況と考えられます。

 日本企業も自動車ではトヨタを筆頭に海外展開を積極的に進めていますが、その販売台数シェアは2割強であり、かつて家電製品で世界をリードしていた状況のような勢いはありません。AIデータサーバーの次に来るとされる「フィジカルAI」に各国が注目し、その製品開発に積極的に取り組んでいます。この分野でいかに日本が世界をリード出来るかも、日本の半導体の復活に大きな影響を与える可能性があります。もちろん、日本企業でなくとも、世界をリードするフィジカルAI企業と歩みを進めていくことも可能ですが、次回で確認する日本半導体企業の現状に大きく左右されると思われます。

※6:1人あたり国民総所得(GNI)が世界銀行アトラス方式で換算した米ドル建てで14,375ドルを超えると高所得国です。

【プロフィール】
桑原経営戦略研究所 桑原 靖

 1984年に山口大学経済学部卒業後、㈱三菱電機に入社。主に半導体の海外営業営業に携わる。
2003年に㈱日立製作所と両社の半導体部門を会社分割して設立した、新会社ルネサステクノロジに転籍する。転籍後は、主に会社統合のプロジェクト(基幹システム=ERP)を担当。2010年にNECエレクトロニクス㈱を経営統合して設立されたルネサスエレクトロニクス㈱では、統合プロジェクトや中国半導体販売会社の経営企画なども担当。㈱三菱電機でのドイツ駐在、ルネサスエレクトロニクス㈱での中国駐在を含め、米国及びインドでの長期滞在等の多くの海外経験を持つ。2022年4月末でルネサスエレクトロニクス㈱を退職。