白耳義通信 第106回
「炎と音楽、世界が集う祭典」
連載 2025-08-20
鍵盤楽器奏者 末次 克史
ベルギーの小さな町ボーム Boom で毎年開かれる「Tomorrowland(トゥモローランド)」は、世界最大級のダンス音楽フェスティバルです。世界中から40万人近い観客が集まり、日本からも多くの若者が参加します。今年も大きな盛り上がりを見せましたが、同時にいくつもの出来事が話題になりました。
まず衝撃だったのは、開催直前の7月16日、メインステージが大火災で焼け落ちたことです。映像は世界中に配信され、「地獄のようだ」「火の海だ」と報じられました。花火のテストが原因ではないかとみられています。ステージは燃えやすい素材で作られていたため、あっという間に炎が広がりました。幸いけが人は出ませんでしたが、シンボルとも言える巨大ステージの大部分が失われました。主催者はすぐに代替ステージの設営に取りかかり、徹夜作業で新たな舞台を完成。予定通り開幕に間に合わせました。この素早い対応は「奇跡」と呼ばれました。出演したアーティストたちは「スタッフの努力に心を打たれた」「音楽を止めない姿勢に感動した」とSNSで語り、観客も「音楽に集中できた」「団結を感じた」と前向きに受け止めました。音楽の力と人々の協力が試された瞬間だったのです。
実は2017年にも、スペイン・バルセロナで開かれた関連イベントで大規模な火災が発生し、約22,000人が避難する騒ぎとなりました。フェスの歴史に残る事件として今も記憶されています。炎との戦いは、このフェスが抱える大きな課題であり、来年以降は花火の使い方やステージ素材の見直しが迫られています。
一方で、別の問題も毎年のように影を落としています。それがドラッグです。ダンスミュージックのフェスでは薬物使用がつきまとい、Tomorrowland も例外ではありません。今年も残念ながら観客が命を落としました。薬物による体調不良や意識障害で救護所に運ばれる人は少なくなく、警察や医療チームは連携して監視や救護活動を行っています。観客の安全を守るため、入口での検査や啓発キャンペーンも強化されていますが、それでも被害は完全には防げていません。「音楽を楽しみに来たはずが、命を落とす人がいる」。この現実は、フェスが抱える深刻な課題です。
さらに今年は、音楽と政治が交錯する出来事もありました。イスラエルのDJ Skazi が、政治的な圧力や安全上の理由から出演を取りやめたのです。国際的なイベントだからこそ、世界情勢の緊張が反映されることもあるのです。そしてフェス終了後には、地元 Nieuwerkerken 市の市長ドリース・デフェルム氏が暴行を受けて負傷する事件もありました。夢のような祭典の裏に、治安の難しさも浮き彫りになっています。
それでも、ステージに立ったアーティストたちは「音楽の力を信じる」と語り、観客も「一体感を味わえた」と声をあげました。日本を含む世界中の若者が一つのリズムに合わせて踊る姿は、フェスの本質を示しています。Tomorrowland は、炎や混乱を乗り越えながらも、音楽が人を結びつける力を改めて証明しました。
【プロフィール】
末次 克史(すえつぐ かつふみ)
山口県出身、ベルギー在住。武蔵野音楽大学器楽部ピアノ科卒業後、ベルギーへ渡る。王立モンス音楽院で、チェンバロと室内楽を学ぶ。在学中からベルギーはもとよりヨーロッパ各地、日本に於いてチェンバリスト、通奏低音奏者として活動。現在はピアニストとしても演奏活動の他、後進の指導に当たっている。ベルギー・フランダース政府観光局公認ガイドでもある。
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