生物多様性の回復と脱炭素社会実現を目指して
【インタビュー】WWFジャパン 東梅貞義事務局長
インタビュー 2022-01-24
公益財団法人世界自然保護基金(WWF)は、1961年に野生生物の急激な減少を食い止めることを目的に設立された。その日本拠点として1971年に設立されたWWFジャパンは、2021年で創立50周年を迎えた。WWFジャパンの東梅貞義事務局長は本紙のインタビューに対し、「WWFは企業など立場の異なるステークホルダーと協働し、生物がこれ以上減り続けることなく、人々も豊かに暮らせる社会の実現を目指している。また、WWFジャパンとしては、2030年までに生物多様性の回復と2050年脱炭素社会の実現を大きな目標に掲げている」と話す。同団体はタイヤメーカーなどと共に、「持続可能な天然ゴムのためのグローバルプラットフォーム(GPSNR)」の設立(2018年)に関わるなど、ゴム業界との関係性も深い。WWFが目指すものとは。
世界が目指す“脱炭素社会”の実現
WWFは今、森林減少をゼロにする一方で、経済手段として人々の生計を支えるために森林を上手く利用し、住み分けることを目指している。その実現のため、WWFでは交渉や対話だけでなく、現場に足を運ぶことを何よりも大切にしてきたという。コロナ禍にある足元は、海外の現場を直接訪問することは叶っていないが、それでも「2021年は、持続可能な世界の実現に向け世界が進んだ」と東梅氏は強調する。
具体的には、2050年の脱炭素社会実現を世界で合意したことが挙げられるという。東梅氏は、「2015年に合意されたパリ協定で、気候変動による世界の平均気温の上昇を、産業革命前と比べ、1.5度に抑えるという目標が制定された。これに対し、2021年4月の気候変動に関する首脳会議(サミット)で、米国のバイデン大統領や、日本の菅総理大臣(当時)など、各国の政治のリーダーが、『責任を持って取り組む』と表明した。これまで民が主導で解決策を模索してきた中に官が加わることは、大きな転換点と言える。今後、ビジネスにも多大な影響がある。特に、この問題に対する投資家の目は厳しくなる」と指摘する。
パリ協定の目標達成のため、WWFは新たな指針の作成に関わった。それが、「Science Based Targets(SBT)」だ。同指針は企業が設定する温室効果ガス排出量削減目標で、目標年はパリ協定が求める水準と整合した、5~15年先と定めている。
「SBTは、企業の活動が世界目標の達成に足りているかを検証する手法だ。WWFジャパンとしては、今後このSBTを日本の企業に広げていきたい。日本ではすでに169社が参加しており、米国に次いで2番目の規模を誇っている。メーカーだけではなく、金融企業も参加している」(東梅氏)
GPSNRへの期待
WWFは持続可能な天然ゴムにも積極的に関わっている。
ゴム産業にとって欠かせない天然ゴムの消費は、増加し続けている。世界全体で人口が増加し続けていること、モビリティの進化が止まらないことが、その背景にはある。
天然ゴム消費の増加は森林減少に繋がっている。東梅氏によると、「天然ゴム農園は世界の森林減少の要因で約1%を占め、180万ヘクタールを減少させていることになる」という。供給面で天然ゴムの持続可能性を考える必要に迫られている。持続可能性の向上のためには、サプライチェーンの中で、森林減少ゼロや人権の問題など、環境・社会課題解決に取り組むことは必須だ。農作物と同じ一次産品の天然ゴムに対し、近年、トレーサビリティの重要性が叫ばれているが、トレーサビリティは一企業だけで解決することは難しく、他者との連携が重要となる。
そういった背景から2019年に立ち上がったのが、持続可能な天然ゴムのためのグローバルプラットフォーム「GPSNR(Global Platform for Sustainable Natural Rubber)」だ。タイヤメーカーを中心に、複数の企業、NGO、小規模農家など様々なステークホルダーが連携。現在、89社が参加し、WWFも創設メンバーとして大きく関わっている。
2021年12月にはGPSNRの第3回年次総会(オンライン)が開催された。参加企業が持続可能な天然ゴムのための取り組みをどう報告するべきか、その要件を決定した。
東梅氏は、GPSNRを先進的な取り組みとしながらも、「最近はスピードの鈍化を懸念している。方針を作り、公開するところで留まってしまうと意味がない。策定した方針は、あくまでも方針で、決めたから森林破壊・減少を止められるわけではない。これを軸にいかに現場を変えていけるかが重要だ」と語る。
全体の方針が決まった今、今度は個や社のそれぞれがその方針にどうアプローチするのか。「科学的根拠に基づいた目標と行動を示していかなければならないし、その動きをGPSNRとして把握していかなければならない。WWFとしては、急速に進む生物多様性の喪失や、脱炭素社会実現のためにも森林減少をゼロにする観点からの危機感を共有し、議論をより意味のあるものとなるよう働きかけていく」(同)と、WWFとして今後もGPSNRに積極的に関与していく考えを示した。
WWFのミッション
WWFジャパンは、生物多様性の回復と2050年脱炭素社会の実現という2つの大きな目標を掲げている。前者の達成に向けては2030年の森林減少ゼロを目指し、一方の後者は2021年に世界の合意となった。脱炭素社会の実現に向け、WWFジャパンは「2030年までに日本の温室効果ガス排出量を半分にするために、タイヤメーカーをはじめ、自動車産業、関連セクターに向けて様々な知見を提供したい。対話の機会をいただければ」(同)という。
一方、WWFのミッションである「企業など立場の異なるステークホルダーと協働し、生物が減少することなく、人々も豊かに暮らせる社会の実現」にも余念はない。同ミッションは、SDGsにも関わってくる。
SDGsの概念を表す構造モデルの一つに「SDGsウェディングケーキモデル」がある。同モデルは、SDGs17の目標を大きく3つに分け、下から、生物圏、社会圏、経済圏で構成している。
「このモデルから分かるように、人々が安定して豊かに暮らすには、豊かな自然環境が必要ということが言える。つまり、持続可能な経済、社会を支えるには土台となる『生物圏』なくしては成立しない。同圏には、SDGsのNo.6『安全な水とトイレを世界中に』、No.13『気候変動に具体的な対策を』、No.14『海の豊かさを守ろう』、No.15『陸の豊かさも守ろう』が含まれる。WWFジャパンでは、これらを達成する具体的な活動として、ミャンマーやインドネシアといった地域の森林保護や生き物達を減少から守るだけでなく回復もできるような貢献に努めたい」(同)