#3

数字だけでは語れない
技術を継ぐ人たち

ブリヂストンが磨く
テストドライバー育成と
“強いリアル”

#3

技術を磨くのは“人”、そして人を育てるのもまた“人”。

ブリヂストンの「強いリアル」は、そうした人の技術と成長の積み重ねから生まれる。

2024年、テストドライバーの育成カリキュラムを全面的に見直したブリヂストン実車試験部は、若手が迷わず成長できるよう、暗黙知を徹底的に言語化した“解説書”を整備した。情報、そして振り返りの機会を与え、本人が“選ぶかどうか”に委ねる。

後編では、前編に引き続きブリヂストン 実車試験部 主幹の小澤通夫さんにインタビュー。「強いリアル」を支える育成の仕組みづくりと、その哲学に迫る。

株式会社ブリヂストン

実車試験部 主幹

小澤 通夫さん

※肩書は取材当時(2025年10月)のもの

目次

資格制度と「3年で運転3種」へのシフト

――

テストドライバーはまず、再現性の高い運転技術、そして共通の感覚の言語化――官能評価技術が求められるとのことですが、そういった技術・感覚の育て方について聞かせてください。

小澤

ブリヂストンでは、テストドライバー向けに独自の運転資格制度を設けています。
運転技術と官能評価技術を、社内の教育プログラムに沿って段階的に習得していく仕組みです。各段階の検定に合格した人だけが次のランクへ進めるようにし、安定した確実な試験走行の実施と、信頼される評価者を育てています。

――

運転資格ランクは1~4種の計4つありますね。

【各種資格】

運転1種:テストコース構内だけを走行できるレベル。検定期間は1日で、運転免許を持っていれば比較的すぐ取得できる。

運転2種:計測試験を担当できるレベル。“とにかく安定して走ること”が最重要で、簡易サーキットを周回した際のラップタイムのばらつき(Max-Min)を1秒以内に収めることなど、毎回同じ走りができるかどうかを厳しく見る。

運転3種:3種を取得すると、制約を受けつつも限界走行が可能になり、かつ官能評価実施可否に関する検定を受けられる。その検定に合格したドライバーだけが、官能評価を実施できる。

運転4種:3種から、さらに運転技量を高めた段階。許可内容に制約がほとんどなく、コース内の速度制限も緩和され、より高負荷の試験に対応できる。

――

それぞれ習得にはどのくらい時間がかかるのでしょうか。

小澤

私が入社した頃は、一人前になるには最低10年、と言われていて、「運転4種」取得もそれに近い状態、いわば“職人の世界”でした。「背中を見て覚えろ」という指導文化でしたね。

現在、基本の目安は「運転3種」取得まで育てること。4種まで到達できる人は限られていますし、全員がそのランクになる必要もありません。3種まで育ってくれれば、タイヤ開発には十分貢献できます。

また時代の変化とともに育成方針も変わり、「5年で3種まで育てよう」から「3年以内にしてほしい」という具合で、どんどん“早く育成して”という要求が高まっています(笑)。そのため、育成ロードマップそのものを常にブラッシュアップし、より効率的に育つ教育体系を整えています。

一方、本人が希望しない場合や適性によっては向かない人もいて、その場合は無理に育成を進めません。個人のキャリアも尊重しながら判断します。あくまで私たちは会社員なので。

「評価者の要件」が示すテストドライバーの理想像

小澤

私たちはブリヂストンの実車試験ドライバーに求められる“理想像”を「評価者の要件」として定義しています。
初期の段階から一人前の領域に至るまで段階的に個別要件を定め、ステップアップの最上位として「信頼がある」と設定しています。

最上位の「信頼がある」――これは私のポリシーでもありますが、“信頼”は自分では作れません。「あの人なら大丈夫」という周囲の評価があって初めて得られるものです。

たとえば、ここで言う信頼には、同じコースを走る仲間からの信頼も含まれます。「あの人の横なら安全に追い越せる」「あの人は突然飛び出してこない」といった、“走行中の信頼”も実は極めて重要です。

そしてこの要件は、どんな仕事にも通じると考えています。特別な職能だけを要求しているわけではないんです。

ブリヂストン提供資料

BSPG構内を走る車両の様子(ブリヂストン提供)

カーメーカーとの共同開発と“翻訳力”

――

たとえば、新車装着用タイヤ(OEタイヤ)の開発でも、評価の共有は重要ですね。

小澤

私が担当していた当時のOEタイヤ開発では、車の開発担当者とのやり取りの中で、①次にどんな方向を目指すのか、②タイヤは何を優先して仕上げるべきか――といった方向性のディスカッションが非常に重要になりました。

たとえば、「今回の試験結果はこうでした。ここを改善しましょう」という合意があっても、その“意図”を正確に捉えられていないと、タイヤと車両のチューニング方向がズレてしまう。ズレたまま試作を繰り返せば、「いつまで経ってもまとまらない」結果になり、信頼を失ってしまいます。

カーメーカーとの合同試験には様々な制約があり、ブリヂストン側のドライバーが自ら車を運転できないケースもあります。そんな時こそ、カーメーカー側のドライバーからどれだけ情報を聞き出し、ブリヂストンの開発用語に翻訳して繋げられるか。そういった能力が、開発の成否を左右することがあるんです。

人の話を引き出し、理解し、翻訳する能力は、私自身いまでもむずかしいものだと感じますが、ここがこの仕事の大きなやりがい、おもしろさでもあります。

――

テストドライバーは、単なるテスト実行者ではなく、開発そのものに深く関わる役割を担っているんですね。

BSPG構内を走る車両の様子②(ブリヂストン提供)

資格更新と身の引き際

――

小澤さんは、ずっとテストドライバーに携わっているんですか。

小澤

そうですね。途中で設計部門に所属した時期もありましたが、仕事内容はほとんど変わりません(笑)。

ただ2021年から約2年間は、「B-Mobility」の建築・立ち上げ・運営のために東京都小平市のテクニカルセンターで勤務し、次世代タイヤ「AirFree(エアフリー)」の立ち上げにも参加したりしていました。

その後、後任に引き継いでこちら(ブリヂストン プルービンググラウンド=BSPG)に戻ってきました。

――

今は、育成の方を中心に従事されているんですね。

小澤

そうです。(テストドライバー、開発の仕事は)もういいでしょって(笑)。

――

テストドライバーとして「そろそろ後進に任せよう」と感じるタイミングはあるのでしょうか。運転できる人はいつまでも続けることができる印象があります。

小澤

基本的に、取得した資格はほぼ永続的に保持できます。ただし運転4種だけは2年ごとに更新試験があり、合格できないと3種へ降格します。3種は検定なしで永続できますが、4種は許可される範囲が広いだけに、さすがに無条件で更新不要というわけにはいかないですね。

私自身は小平(B-Mobility)に異動したタイミングで、自分から4種を返納しました。やはり乗らないと衰えるんです。通勤で車に乗っていても、開発での運転とはまったく違いますし。

毎日、低速でも“評価のために運転する”という行為を積み重ねていないと感覚は鈍ります。その感覚を取り戻すには相応の時間も必要ですし、「そこへ戻す必要や覚悟はあるのか?」と考え判断しました。

OJTを機能させる「解説集」という攻略本

――

お話を伺っていると、技術面の育成や指導は比較的やりやすいように思えますが、信頼を得るための人間的な部分も含め、“人を教える”こと自体がむずかしいのではないかと感じます。

小澤

まさにその通りです。2024年あたりからカリキュラムをすべて見直し、刷新しました。ただ、どうしても頼らざるを得ないのは OJT(On-the-Job Training)なんですね。どれだけ教育しても、結果として身についていなければ意味がない。その「結果」は現場でしか確認できないので、最終的にはOJTが軸になります。

今回カリキュラムを組む上で意識したのは、その「OJTをいかにうまく機能させるか」ということです。

今の時代、技術を習得するには知識や理屈がセットである必要があります。
“きちんと頭で理解しないと動けない”、セットにする事が習得の近道であることは間違いないと考えています。
私たちの世代は後ろから蹴飛ばされながら体で覚えてきましたが(笑)、もうそれでは通用しない。そこで、解説集を徹底的に作り込みました。「自分は何をすべきか」「こういうケースではどう判断するか」を整理したものです。

この資料があると、OJTでうまくいった/いかなかった時に、本人が自分で振り返ることができる。それが成長を早めるポイントになるはずだと信じています。

さらに、「これを覚えると、こんなことができるようになるよ」という“副読本”のような解説集も用意しました。
そうした資料があれば、やり方が後輩にも受け継がれやすくなりますし、ある程度自己流を抑制し普遍性に繋がります。

具体例を挙げると、音の評価では周波数を聞き分ける必要があります。でもいきなり「何Hzと何Hzを覚えて」と言われても無理なんですよ。だから、「まずは上・中・下の3つだけ覚えなさい」「その間は3種類しかないから、判別すれば大体当たる」というような“コツ”をまとめてあります。

――

ゲームの攻略本みたいですね。

小澤

そうかもしれません。本人も“できる”ようになるとモチベーションが上がるし、たとえOJTで失敗しても次につながる。何もなければ「失敗して終わり」ですから。

今回のカリキュラムは、ヨーロッパ拠点ではあまり例がない取り組みだと言われていて、海外との情報共有する会議の場で、発表の機会もいただいています。

海外PGとの連携と地域ごとのニーズ

――

ヨーロッパが挙がりましたが、ブリヂストンのテストコース(プルービンググラウンド=PG)は海外にもありますよね。そことのコミュニケーションはいかがですか。

小澤

各拠点の実車試験部が年に1回集まる機会があります。

毎年会場は持ち回りで、主にヨーロッパ・アメリカ・日本(BSPG)の3カ所を軸に、アジア圏の拠点も加わって情報交換を行っています。その時、訓練カリキュラムについて資料を共有し、日本の若手社員が他拠点に向けてプレゼンする機会でもあります。

栃木にある、ブリヂストン プルービンググラウンド(BSPG)(ブリヂストン提供)

――

訓練カリキュラムは国によって違うんですか。

小澤

教える内容自体は同じ方向を向いていますが、“職人育成”のような独自の流れが各地域で長く蓄積されていて、そこから派生したカリキュラムが存在します。

特に、地域ごとに求められる性能の重要度が違いますね。

日本は、音・振動・乗り心地など“繊細な性能”に非常にシビアで、ヨーロッパだと高速域(アウトバーン環境)での安定性を最重要視しています。一方、アジア圏では路面の損傷具合が大きく、悪路耐性の評価が必要となる。

こうした要求の違いが、カリキュラムにも自然と反映されています。

――

その違いを翻訳して伝えるのは大変ですね。ほかにもありますか。

小澤

免許制度の違いもありますね。国によって外国人は免許取得できない場合も多く、現地ドライバーが必要になることも。コース建設には莫大な費用がかかるので、可能なら一般道で行うほうが効率的という面もあります。

育成する側への教育とキャリア設計

小澤

もう1つ重視したのは、「育成する側」への教育です。先ほど紹介した要件は、本来育成する側が充分理解していないと意味がない。

繰り返しになりますが、“全テストドライバーを4種にすればいい”わけではありません。所属長は、その人の将来を見据え、どんな道を歩ませるべきか。どうすれば最短でそこに到達できるか。その道筋をどう本人と共有し、納得してもらうか――を考えた上で、スケジュールを組んで進めていくべきです。そのための資料も作りました。

これは「私が完璧にできていた」という話ではありません。むしろ「こうあるべきだった」という反省を含めて、可視化したものです。私はもう全てをコントロールする立場ではありませんが、手助けになるものはしっかり整えておきたい。

結局、重要なのは育成する側がどれだけ真摯に向き合い、本人と意思疎通ができているか。その姿勢がいちばんのポイントだと思っています。

“わかる”と“できる”をつなぐ仕組み

――

“わかる”と“できる”って違いますよね。“わかる”(理解できる)人は多いけれど、実際に“できる”(実現できる)かというと全く別の話で。

小澤

まさにそこです。だからこそ情報は全部与えています。「あなたの進むべき道はこうで、求められる姿はこうで、覚えるべきことはこれ」というのはすべて提示します。

ただし、それを実現できるかどうかは本人次第。教えている側は一切悪くない、というスタンスです(笑)。

ブリヂストン提供資料
――

大事ですね。出し惜しみせず情報を渡して、どう活かすかは本人次第。

“馬を水辺に連れて行くことはできても、水を飲むかどうかは本人の意思次第”という話のように感じられました。

小澤

その通りです。
そしてそこには、連れて行く側が、どれだけ相手にとって“飲みやすく”仕向けられるか、という視点もあると思います。

――

連れて行く中で「違うかもしれない」と感じる時もあるでしょうし。

小澤

責任ある立場の人間が、どれだけ真摯に相手と向き合い、意思疎通を図って信頼を築けるか。それに尽きると思いますね。

(私たちはあくまで会社員なので、テストドライバーとして育成し続けるべきかどうかも含め)なにが最良かを、本人と一緒に考えていく姿勢が大切です。

――

ブリヂストンの“強いリアル”の源を感じることができました。
ありがとうございました。

小澤さん

リアルな技術を次世代へ繋ぐには、体系だった教育と現場で磨かれるOJTの両輪が欠かせない。
技術は、人が継ぎ、人が育つことで前に進む。
ブリヂストンの強さはタイヤだけでなく、リアルに向き合い続ける人の姿勢そのものに宿っている。

#1

路面を知り、再現し、タイヤの機能を磨き上げる

#2

数字だけでは語れない、タイヤの「本当の性能」を見抜く人たち