#2

数字だけでは語れない、
タイヤの「本当の性能」を
見抜く人たち

ブリヂストン・
テストドライバーの仕事

#2

高速域、悪路、急制動――。

ブリヂストンのテストドライバーは、
日々“タイヤの本当の性能”を見極めている。
数字では測れない繊細な違いを感じ取り、開発の方向性を決定づける。

前編では、ブリヂストン 実車試験部 主幹の小澤通夫さんに話を聞き、
ブリヂストンの“強いリアル”を支えるテストドライバーの仕事を紐解く。

株式会社ブリヂストン

実車試験部 主幹

小澤 通夫さん

※肩書は取材当時(2025年10月)のもの

目次

世界8カ国に広がるテストコース

――

まずは、ブリヂストン プルービング グラウンド(BSPG)をはじめとするブリヂストンのテストコースについて教えてください。

小澤

実車試験を行うテストコースは、現在世界8カ国・11カ所にあり、日本国内には東京・栃木・北海道の3拠点があります。

東京・小平のブリヂストンイノベーションパーク内にある「B-Mobility」はエンジニアが試作したタイヤなどを試す場。
今回取材いただいているBSPGは通年の実車評価の中心拠点です。

北海道の「北海道プルービンググラウンド」(HPG)ではスタッドレスタイヤの開発を行っています。冬の期間は普段BSPGに勤務しているテストドライバーが現地に泊まり込み、試験と開発を進めています。

――

BSPGについて、もう少し教えてください。

小澤

BSPGは1977年に設立されました。
当初の試験員は4名で、東京・小平から出張する形で試験を行っていたと聞いています。

その後、1989年に改修、第2期がスタートし、現在のようなオーバルコース(高速周回路)を中心とした構成へと拡張されました。

敷地面積は約77万平方メートル、東京ドーム約16個分に相当します。
その中に、さまざまな走行環境を再現できる試験コースが集約されています。
航空機用と超大型鉱山車両用タイヤを除く、全てのカテゴリーのタイヤ評価が可能です。

これらの路面や試験条件を組み合わせることで、摩耗性能を含めた耐久性、グリップ性能、静粛性や乗り心地まで、タイヤ開発・試験に必要なあらゆる条件を再現し、「数値」と「感覚」の両面から性能を作り込むのがBSPGの役割です。

オーバルコース①(ブリヂストン提供)

「創って売る」、「使う」プロセスのど真ん中に立つテストドライバーの仕事

――

テストドライバーは、ブリヂストンの中でどのような役割を担っているのでしょうか。

小澤

タイヤを「創って売る」、「使う」という大きなプロセスのなかでは、主に量産技術が確立される前の実車試験を担当しています。

商品企画で「どんなタイヤをつくるか」が決まり、基礎研究、材料開発、構造開発の検討を経て試作が行われます。
その試作タイヤを私たちが様々な条件で試験し、得られたフィードバックを開発側に戻して改良を重ねる。

こうしたサイクルを回して商品性を固め、工場で量産性を確認し、最終的に販売店を経てお客様に届けられます。
その一連の流れの中で、テストドライバーによる実車試験は欠かせない工程の1つです。

また、かなり川上の段階から意思決定に参加するケースも多いです。たとえばリプレイスタイヤ(市販用)は、商品企画の途中段階から関わることがあります。

商品企画や開発部門で、タイヤのコンセプトや基本構造、スケジュールが固まっていきますが、その過程で必ず出てくるのが「現行品はどうなんだ?」「ライバル製品と比べるとどうか?」といった議論です。

その段階で私たちが試乗評価を行い、「ライバル製品はこういうフィーリング」「現行品の課題はここ」といった情報を提供し、コンセプトの叩き上げに関わります。

また、実車試験以外にも重要な役割があります。
たとえば、新商品のコマーシャル撮影やメディア向けの発表会、お客様の見学対応など、BSPGを活用した訴求活動にも携わっています。

――

見学などではどのくらいの人数が来場されますか。

小澤

年間受け入れは、大体1,300人(2025年実績)ぐらいですね。
見学の場合は、施設の説明とコースをバスで巡るツアーを実施しています。販売店やショップのスタッフの方に、タイヤがどのように開発されているかを理解してもらうための重要な取り組みの1つですね。

タイヤの5つの役割・7つの性能をどう測るか

――

具体的に、どのようなタイヤの評価が行われていますか。

小澤

タイヤの性能評価方法の前に、まずはタイヤの役割について整理しておきたいと思います。

ブリヂストンでは、タイヤが果たすべき役割を現在5つに整理しています。

タイヤの5つの役割
①支える
②伝える
③やわらげる
④曲がる
⑤つながる

車体の重量を「支え」、駆動力・制動力を路面へ「伝え」、路面からの衝撃を「やわらげ」、意図した方向へ「曲がる」。
そこに近年では、車両のデジタル化・センシング技術の進化にともない、周囲の情報や車両制御と「つながる」という役割が加わりました。

さらに当社では、タイヤに求められる性能を7つに分類しています。

タイヤの7つの性能
①直進安定性
②ドライ性能
③ウェット性能
④低燃費性能(転がり抵抗)
⑤ライフ性能
⑥静粛性
⑦乗り心地

ユーザーが求める特性や商品のコンセプトに応じて、これら性能の最適なバランスを探っていく。そのために、実車試験での評価が重要になります。

その主な評価方法が、「計測試験」と「官能評価」です。

数字と感覚、その差分を読む①計測試験

――

性能評価の一つ、「計測試験」について教えてください。

小澤

計測試験は、さまざまな計測器を用いた定量評価です。

例えば、タイヤの音や振動を計測する試験では、各種センサーで「タイヤが走ったときに発生する力」や「音・振動」などを正確に測定し、周波数解析などを行います。

たとえば車内の音の測定ではドライバーの耳の位置にマイクを設置してデータを収集します。他にも、実際にタイヤが車に装着されて、どのように接地しているかを映像で解析することもできる試験もあります。

数字と感覚、その差分を読む②官能評価と個性

――

もう一つの「官能評価」について教えてください。

小澤

官能評価は、訓練されたドライバーが五感を使ってタイヤの性質・性能を判断する試験です。
先ほどの「7つの性能」に対応した項目を細かく評価し、それを開発にフィードバックします。これが実車試験のなかでも特徴的な仕事です。

――

大変むずかしそうなテストですね。

小澤

そんなことはないんです。皆さん日常的に官能評価をやっているんですよ。食事をして「おいしい・おいしくない」を瞬時に判断する、あれが官能評価です。
それをタイヤに当てはめている、という風に考えていただければいいかなと思います。

一方で、官能評価には課題が2つあります。

経験値が必要で、慣れていないと正確な判断が難しいこと。もう一つが、人によって判断基準が異なるため、共通言語を作らなければならないことです。

そのため、ドライバー教育では「同じ操作を、同じ条件で行う」ための訓練を徹底し、共通の評価軸を作っています。

ここがBSPGでの評価品質を支える重要な土台です。

オーバルコース②(ブリヂストン提供)

――

「官能評価」は理論上、どのように構成されているんでしょうか。

小澤

官能評価は「設定条件」「感じた事実」「付帯情報」から構成される価値判断です。

式にすると、「設定条件」×「感じた事実」×「付帯情報」-「理想像」=「価値判断」。

たとえば“初めて行った店でのカレー”を想像すると、温度や辛さなど五感で得た情報(事実)に、価格や店の評判(付帯情報)、そして望ましい姿(理想像)が組み合わさって評価が決まります。

これをタイヤ評価に当てはめるとどうなるか。

この「設定条件」は乗る時の車、「感じた事実」は各項目性能、「付帯情報」は「REGNO(レグノ)って1本いくらだって」とか、そういう評判、コスト。そこから「理想像」、つまり期待値を引いた時どうなるか。

この理想像は、ユーザーの特性によって異なっていきます。

たとえば車が好きな人は、色々な車に乗っていて、使い方もその人固有であることがあります。一方、長距離で乗る方、買い物でしか使っていない方もいる。

そういう中で生まれている理想像を引いた時に「そのタイヤってどうなんだっけ」というような判断をされているという風に考えています。

官能評価を行うドライバーと、計測試験を行う技術者は、常に互いに情報を行き来させながら、数値と感覚の両面から性能を詰めています。

――

評価においては、どのドライバーが担当してもフラットな評価ができることが前提なんですね。
一方で、ドライバー自身の個性が活きる場面もあるのでしょうか。

小澤

もちろんあります。個性は決して排除すべきものではありません。

ただし、その前提としてまず「同じ入力ができる」「同じ観点で会話できる」という共通基盤が必要です。
これが整って初めて、「個人的にはこう感じる」という個性の部分を付加できるようになります。

その「個人的な感じ方」が、先ほどお話しした付帯情報や理想像にも繋がります。

たとえばドライバーが「このタイヤはこうだった。でも個人的にはこちらの方が好き」と言った時、その理由が共有できれば、

・その“好み”がどういうバックグラウンドから生まれたものなのか
・どのユーザー層に合うのか
・商品コンセプトと照らしてどちらを優先すべきか

といった判断に活かすことができます。

タイヤの評価には、商品コンセプトという「付帯情報」があります。「このタイヤはこういう特性を目指す」という情報を理解した上でドライバーが評価するので、「自分はこっちのタイヤの入力が好きだけれど、この商品の狙いからするとこちらが正しいよね」というアウトプットが可能になります。

ですから、個性を殺す必要はないんです。ただ、いきなり個性だけで語り出すと、話が噛み合わず混乱してしまう。

カレーの例で言えば、「俺の好きなカレー屋が一番うまい!」「私はそうは思わない」とやり合っても永遠に平行線ですが、「どのポイントが理想と違ったのか」を説明できれば、お互い理解できるはずです。

この「個性をどう扱うか」は、官能評価のむずかしさとも言われる部分です。

――

個性を出すにしても、“出す順番”がとても重要ということですね。

評価が成立する条件を守るための気象把握

――

実車試験を実施するとき、突然の大雨など気象の影響も大きいと思います。何か天気予測の仕組みや連携などはあるのでしょうか。

小澤

特別な連携はなく、基本的には各自が天気予報をチェックして判断しています。
ここはすぐそばに那須連山があるので、山にかかる雲の動きで天気を読む、なんてこともあります(笑)。午前中は持つのか、午後は崩れそうかといった判断ですね。

ブリヂストン提供資料
小澤

先ほどお話ししたように、半日でタイヤを4~5種類比較したい時に途中で雨が降ると、試験が成立しなくなるんです。条件が変わってしまうため、比較のやり直しになってしまう。

なので、「今日はダメそうだな」となれば、“やらない”という判断をすることもあります。

おもしろいのは、みんな自分で判断して動いている点です。「そろそろ降るんじゃない?」と感じたら、昼休みを早めに切り上げて午後の準備を始め、雨が降る前にサッと終わらせてしまう人もいます。

試験を無駄にしたくない、というのが大きな理由ですが、もう1つ重要なのが、タイヤは乗るたびに摩耗するという特性です。

たとえば、1~2種類までは比較できたけど、3種類目から雨で中断となった場合、再開してもすでに1~2種類は摩耗が進んでしまい、条件が揃わなくなる。
だからこそ、「続ける/やめる」の判断が試験の品質を大きく左右するというわけです。

――

実車試験は、評価そのものだけでなく、気象条件を含めて「その評価が成立する条件を守る」ことも重要ということですね。

理想は「何も感じないタイヤ」?

――

小澤さんがこれまで評価をしてきた中で、「これは売れるぞ」と感じたタイヤはどのようなものでしょうか。

小澤

個人的には、「何も感じないタイヤ」が最良だと思っています。正確に言えば「違和感のないタイヤ」。
人は悪い事に敏感に反応するので、気になる点(違和感)が無い事が基本になります。もちろんブランド指名で買われる方にはブランド毎に大切にしているコンセプト(味付け)を違和感のないタイヤに載せていくのが商品開発になります。

そして、それを達成する為に反応が素直であること。素直なタイヤは運転がスムーズになり、ドライバー自身も“運転が上手くなった”と感じられるし、同乗者も快適さを感じます。

たとえば、ワンボックスの2列目と3列目のシートは揺れやすいですが、タイヤである程度抑えることができます。

当社のRV系(※ミニバン・SUV向けタイヤ)は、そうした揺れを抑えて酔いにくくする性能をしっかり評価して作っています。実際にそこを狙った設計をしているんです。

それもまた「タイヤを感じない」という意味の一つで、重要だと思います。

小澤さん

テストドライバーの仕事は、単に走行し評価するだけにとどまらない。
タイヤが本来発揮すべき性能を見極め、開発の方向性を支える“判断のプロ”でもある。
そのリアルな現場で培われる感覚と技術こそが、ブリヂストンの品質の根幹であるともいえるだろう。
後編では、その力を次世代へ受け継ぐための“育成”にフォーカスする。

#1

路面を知り、再現し、タイヤの機能を磨き上げる

#3

数字だけでは語れない技術を継ぐ人たち