“お守り”のように使う人に寄り添う
東商ゴム工業、やわらかくて 割れない シリコーンゴム製 防災ホイッスル「雫音(しずね)」
ラバーインダストリー New! 2026-06-18
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本記事は月刊ラバーインダストリー6月号【創刊60周年記念特集】ゴム業界の持続可能性について考える①に掲載の記事です。

複写機(OA機器)用ゴムロールをメインに製造を手掛けてきた東商ゴム工業(東京都・墨田区)。同社は現在、シリコーンゴム製の防災ホイッスル「雫音(しずね)」を開発し、その認知拡大と拡販に力を入れている。そもそも、なぜ同社が防災ホイッスルの開発に至ったのか。そして同社独自開発のシリコーンゴム「Artisan Silicone(アルチザンシリコーン)」の採用にこだわった背景や、開発時の苦労について、話を聞いた。
卸売りからスタートし、“とりあえずやってみる” の精神でゴムロール製造に着手
シリコーンゴム製の防災ホイッスル「雫音」。軽くて柔らかく、衝撃に強いというシリコーンゴムならではの強みを活かした、“お守り”のようなホイッスルだ。
そんな同製品の開発・製造を手掛けたのが東商ゴム工業。同社の創業は1966年、現社長末永大介氏の父親で、先代を務めた富夫氏が、工業用ゴム製品の卸商社としてスタートしたことがはじまりだ。
創業後、しばらくはゴム製品を中心に卸売りに励んでいた同社だが、その後「印刷が活況を迎えた際に、父が取引先から複写機用ゴムロールの製造を勧められ、“とりあえずやってみる”の精神で着手することになったそうです」(末永大介東商ゴム工業社長)。

東商ゴム工業
末永大介社長
突然訪れた転機―会社と人を守る “新たな柱”を求めて
同社に、転機が訪れたのは2000年ごろ。当時、工場の受注の90%を占めていた大手複写機メーカー1社が、人件費削減のために工場を海外移管してしまったのだ。
「以前は大量の受注を消化し、活気に溢れていた工場ですが、仕事も根こそぎなくなってしまったので、もう本当にやることがなくなってしまったんです」と大介氏は当時の苦境を振り返る。 来た注文を“受ける”体制から、自ら仕事を取りに行く“攻め”の体制へ、自社の在り方に変化が求められるようになったのもこの頃だ。
従業員の暮らしを守り、会社を次の世代に繋いでいく。そのためにも、同社にとって、“新たな柱”となる事業の探索は喫緊の課題となった。「当時、父と交わす会話の中心は『いかに新しいお客様と出会うか』でした。そんな中、父がかつて手帳に会社名を書き込み、一社一社しらみつぶしに訪問や連絡を重ねていた姿を思い出しました。その背中に学び、私は展示会や全国各地の商談会へ積極的に足を運ぶようになりました」(同)。
リーマンショックの余波が残る2010年、社長に就任した大介氏は、自ら全国に足を運び、営業活動に日々邁進した。その結果、地道に撒いた種が少しずつ芽を出すように、“東商ゴム工業にできること”が1つずつ増えていったという。
「今当社で作っている物は、大半がご縁をいただいて作るようになったものなんです」と、謙虚な姿勢で語る大介氏。しかし、アプローチできる場に足繫く通い続ける努力と、サービス精神を持って目の前の人と向き合うその姿が、縁を繋いできたのだろう。
工業用ゴム製品メーカーが なぜ防災ホイッスルを?
東商ゴム工業が本社事務所を構える墨田区。同区は、伝統工芸工房や町工場などが色濃く残り、ゴム工業発祥の地の1つでもある。行政をあげて区内事業者同士の交流・共創を推進されており、大介氏も積極的に交流を図っている。「雫音」開発のきっかけとなる共創プロジェクト「東京下町想身具店」との出会いも、そうした交流がきっかけだった。
「東京下町想身具店」は、ジュエリーブランドを持つスタートアップ企業「Atelier Ars(アトリエアルス)」が、下町のモノづくり企業とタッグを組み、“下町を纏う”をテーマに装身具の開発を目指すプロジェクト。
Atelier Arsは、東商ゴム工業の持つゴムへの知見と、墨田区特有の地形の性質に着目。同区の、川間かつ低地であることによる洪水リスクの高さや、住宅密集による震災時の火災リスクの高さなどを背景に、手軽に持ち運べる“お守り”のような防災ホイッスル「雫音」の製作を企画。その開発・製造を東商ゴム工業が担うことになった。
命を繋ぐ音を出すために
「雫音」を、より多くの人の命を助けるホイッスルにするために、大介氏は2つの開発テーマを掲げた。
1つ目は、“少ない息で遠くに届く音”を出すこと。とはいえ、工業用ゴム製品をメインに製造してきた同社に、防災ホイッスルをつくるノウハウは当時なかった。
「“とりあえずやってみる”しかないので、ゼロからのスタートで試行錯誤を重ねました」と話すのは、開発担当者の鈴木貴雄工場長。一度目の試作では、市販のホイッスルの構造を模して製作するも、肝心の音が鳴らなかった。「当社は決して、資金に余裕があるわけではありません。“次は絶対に失敗できないぞ”という思いで、笛が鳴る仕組みから必死に勉強しました」と、鈴木工場長は開発の過程を苦笑ながらに振り返る。
どのような構造であれば音が鳴るのか。そして、危険に晒された命を遠方の救助隊へ繋げる音を、肺活量の少ない子供や高齢者、体力が低下した状態の人でも出せるようにするために何が必要なのか。これらを考慮しながら、「雫音」の開発は手探りで一歩ずつ進められてきた。
独自開発の素材を直接消費者に届けたい
2つ目の開発テーマは、同社独自開発のシリコーンゴム「Artisan Silicone(アルチザンシリコーン)」を採用すること。同素材の採用は、「雫音」最大の特長を形作るとともに、開発の難易度を上げた。
そもそも、樹脂製などが大半を占める防災ホイッスルで、素材にシリコーンゴムを採用することは極めて稀だ。理由はシリコーンゴムの扱いの難しさにある。
シリコーンゴムは、耐熱性、耐候性、耐薬品性などに優れる高機能ゴムとして知られる。品質基準の厳しい医療機器などにも使用される素材だ。そのため、特殊な設備や高温・高圧での加工が必要とされるなど、その扱いには細心の注意を払う必要がある。また、その柔らかさが故に、吹く息で笛の形が変形しないよう、細かな硬度の調整も求められる。
同社が、そんなシリコーンゴムを「雫音」に採用したかった理由は2つある。1つは、“やわらかい素材”だからこその耐久性。樹脂製では、落とした際の衝撃などで防災ホイッスルが破損してしまう可能性がある。災害時、建物倒壊など衝撃が発生するシーンにおいて、“お守り”のように使用者のそばに在り続けられることは、他の素材にはない、シリコーンゴム製防災ホイッスルならではの価値と考えた。

アルチザンシリコーンで制作。
粘土のようにやわらかく、触れる人の感性で自在に姿を変えることができる
2つ目は、独自開発のシリコーンゴム「アルチザンシリコーン」を通じて、より多くの人にゴムという素材の“面白さ”を知ってもらうことだ。同素材は元々、ジュエリー製作で使用される“ゴム型”専用のゴムとして開発された。その特長は、粘土のように自在に変形でき、わずか120度ですぐに硬化できるという、“他のゴムにはない”ものだった。開発を担当した鈴木工場長は、「この素材で他に何かできないか」と提案。その名を「アルチザンシリコーン」に変えて、新たな活躍の場を探していたという。
「ARTISAN(アルチザン)」は、「職人」や「熟練した技能者」を意味するフランス語。同素材の特長から、そのネーミングには「手に取った人の感性と、自由な発想の下で形を変えてほしい」という意味が込められている。家庭にあるオーブンで硬化でき、ゴム特有のにおいも軽減するなど、手軽に触れて遊べる同素材にぴったりのネーミングだ。他のゴムと違い、無色透明であることからカラーバリエーションを楽しむこともできる。まさに、“手に取る人の感性” で変化を遂げる素材だ。

これら2つの開発テーマのもと、「アルチザンシリコーン」を使用した製品第1号として完成したのが防災ホイッスル「雫音」だ。同社が培ってきたゴム配合・加工技術が活かされた「雫音」は、“音”を専門に研究に取り組む大学関係者からもお墨付きをもらっているほど。今後は産学連携で「より音の届きやすい周波数を探したり、鳥獣対策など災害以外の場面でも役立つ仕様を共同開発していきたい」(大介氏)という。

シリコーンゴムの透明性を活かし、カラーバリエーションを豊富に。
ラメ入りのものは、廃棄予定の化粧品をアップサイクルで生まれ変わらせた色材「SminkArt」
(モーンガータ製)を使用している環境配慮型製品
防災ホイッスルの販売に留まらない活動をしたい
こうして開発された「雫音」だが、認知度向上においては課題を抱える。防災ホイッスル自体が、水などの食料品と比較して準備を後回しにされがちな備品であるためだ。しかし、災害時には、身動きが取れない場合でも体力を消耗せずに自身の居場所を救助隊に伝える重要な役割を果たすのも事実だ。
大介氏は「残念ながら、日本という災害の多い国に住んでいる以上は、南海トラフをはじめ、“災害”というキーワードが私たちのすぐそばにあります。そうした中で、『雫音』は安心安全が担保できるような、使う人の一番近くで寄り添える防災グッズとして、そばに置いてもらいたいです」と語る。そのためにも、「今後は売るだけに留まらず、自治体との協力なども視野に入れて、防災ホイッスルの重要性や、災害についての正しい知識、行動を一緒に伝えられるような存在になりたいです。そうした活動を通じて出会う方々から、多様なアイデアが派生してきて、それに当社が寄り添えるこというのが、“世の中への貢献”という意味合いで一番望ましいですね」と、今後の展開、啓発活動の必要性にも触れた。
“とりあえずやってみる”の精神が、次の世代へ事業を繋ぐ架け橋に

㊧鈴木貴雄工場長 ㊨末永大介社長
時代の移り変わりとともに、事業の在り方そのものを問われる企業は少なくない。同社も、その課題に向き合い続けているうちの1社だ。特に大介氏は、工場の海外移管やリーマンショックなど “逆風” の中で挑戦を続けている。その原点となるのが、父親であり、先代の富夫氏の存在だ。
「幼稚園の卒園アルバムには、“パパと一緒にゴムをつくる人になる”と書いていました。その幼い頃の夢は現実となり、今では、父が立ち上げたこの事業を次の時代へ繋いでいくことこそ、自分自身の存在意義であると感じています。
だから、僕が2代目社長として携さわらせていただいたことの中で、『雫音』が今後の東商ゴム工業を支える“新しい柱”になっていけばいいなと思っています」と話す。
“とりあえずやってみる”の精神が富夫氏から大介氏に受け継がれ、同社はその在り方を今も柔らかく変化させている。「雫音」が、そんな同社と同じように進化を続けながら、多くの人の “お守り” として愛される日は遠くないだろう。
「雫音」の詳細は下記リンクから
【Creema商品ページ】:https://www.creema.jp/item/18849209/detail?srsltid=AfmBOoohiZi5G4vo-AhGCuRWf6O8GOf-t013gPuM2ePf9XVFHhtxvw3u








