白耳義通信 第97回
「アントワープ最古の本と白雪姫」
連載 2024-11-20
鍵盤楽器奏者 末次 克史
ネットを練り歩いていたら面白い記事を見つけたので2つ紹介します。
1つ目は「アントワープ最古の本」。アントワープに「文化遺産図書館」Erfgoedbibliotheek Conscienceという建物があり、ここは現在、一般にも公開されています。その図書館で、先日1140年頃に書かれた本が一般公開されました。
本の名前は「ベルヘム・ミサ典礼書」。ベルヘム Berchemというのはアントワープの地区で、そこにあった聖ミカエル修道院のミサで使われたものということが判明しています。この本は、修道士により羊皮紙に手書きがされており、208ページからなるラテン語の典礼書とのこと。典礼書としては珍しく聖歌も含まれているのだが、なぜ聖歌が含まれているのか、さらなる研究が必要らしい。
今から約900年前の本なので光や埃に弱く、公開後は直ちに倉庫に戻されたとのこと。次に公開されるのは5年後、しかもたった1日ということで、タイミングが合うことを祈るばかりです。
2つ目は「白雪姫」。白雪姫といえばグリム童話に出てくる話として非常に有名です。Wikipediaによると元々はドイツの民話のようですが、ベルギーのブリュッセルに住んでいたある女性の話だとしたら…
その女性の名前はマルガレータ・フォン・ヴァルデック Margaretha von Waldeck。1533年、ヴァルデック郡で生まれます。鉱山を所有する裕福な家庭で育ちますが、これらの鉱山では子供が雇われることが多かったようです(裕福な家庭の子供が鉱山で働くかはさておき・・・)。
マルガレータが4歳の時、母親が亡くなりますが、継母カタリーナ・フォン・ハッツフェルト Katharina von Hatzfeldtとは折り合いが悪く、16歳の時ブリュッセルの宮廷に送られることになりました。当時ブリュッセルはカール5世のスペイン統治下にあり、実質的にはその妹であるハンガリーのマリア Maria van Hongarijeが治めていました。
マルガレータが女官として宮廷に留まっていた際、カール5世の息子フェリペ2世の目に留まります。しかしマルガレータはプロテスタントを信仰。かたやフェリペ2世はガチガチのカトリック教徒。二人の結婚は不可能であり、マルガレータは宮廷の中でも脆弱な立場に置かれます。
白馬の王子による救出という白雪姫のおとぎ話とは異なり、マルガレータは21歳の時、ヒ素中毒で突然死します。歴史家は、政治的な妬みとフェリペ2世との望ましくない関係を終わらせようとした結果だったのではないかと疑っていますが、実際のところはどうだったのでしょう。
マルガレータの遺体はガラスの棺には収められず、現在ブルセラ 1238 博物館 Bruxella 1238として知られている、ブリュッセルの証券取引所の周囲と地下のどこかに匿名として埋葬されたそうです。グリム兄弟はあらゆる種類の物語を集めていたようですが、果たしてこのマルガレータの物語が白雪姫に生まれ変わったのでしょうか…
【プロフィール】
末次 克史(すえつぐ かつふみ)
山口県出身、ベルギー在住。武蔵野音楽大学器楽部ピアノ科卒業後、ベルギーへ渡る。王立モンス音楽院で、チェンバロと室内楽を学ぶ。在学中からベルギーはもとよりヨーロッパ各地、日本に於いてチェンバリスト、通奏低音奏者として活動。現在はピアニストとしても演奏活動の他、後進の指導に当たっている。ベルギー・フランダース政府観光局公認ガイドでもある。
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