連載「つたえること・つたわるもの」(60)
「生育歴」の世代ループ、負のスパイラルを断ち切る。
連載 2019-02-26
もう一つ、いつも「ケジメをつけなさい」が口癖の真面目な母親、「ケジメの母」という言葉もある。
この当時、毎月一回、入院児童(重症ゼンソク、不登校、拒食症など)と両親を一堂に集めて「親子ふれあい学級」を開かれていた。私が見学したときのこと。最初に、A君が学校でゼンソクの発作が起きたときに、病院で教わった通りに腹式呼吸をやったら治ったという体験を発表して、それを聞いた大宜見さんが、「きっとお母さんが心配そうに見ていなかったのが、よかったのかもね」というと、全員大爆笑。
つづけて、「お母さんも負けずによくなっていますよ」と、今度は母親にも水を向けると、A君のお母さんも体験発表に加わりました。
「このごろ、子どもの気持ちがわかるようになりました。学校から帰ってきたときの声の調子や何気ないしぐさで、この子に聞かないでも、きょうは発作で保健室に行かなかったのが、ちゃんとわかるようになりました」
この母親は、わが子のどんなささいな症状の変化も見逃すまいと、一挙手一投足を見張っていたときには「見えていなかった」ほんとうの姿が、A君を見張るのをやめた途端に見えてきたのです。
「親子の関係というのは、言葉ではなくて、直観でわかる。きょうは学校で発作が起きなかったかどうか、聞かないでもわかる。そのことに気がついて半分。あとの半分は、行動を変えること。感情はなかなか変えられないが、行動は変えられる。そうは思いませんか?」と、大宜見さん。
次にB君のお母さんが、目をうるませながら手を挙げました。
「この子はゼンソクなので、ほとんど友だちと飛び回って遊ぶことがありませんでした。きょうはふれあい学級の日なので、学校へ迎えに行くと、校庭で遊んでいる子どもたちのサッカーを見て、ボクもう少し遊んで行きたいと言うのです。ほんとうはここの時間に遅れるのは困るとは思ったのですが、お母さんはいいわよって……。見ていると、この子が男の子らしく、活発に走り回っているのです」
そのあとは、もう胸が詰まって言葉になりません。大宜見さんもうれしそうです。
「お母さん、きょうはいつものケジメの母でなかった。時間に遅れちゃいかん、甘ったれたらいかん、キチンとケジメをつけなさい、という母ではなかった。子どものあるがままの気持ちを、スッと受け入れることができたのですよ」
(同書125~126ページ)
私たち大人もいま一度自分自身の「成育歴」を振り返りながら、わが子に対して「しつけ」という名の「キチンと病」や「ケジメの母(父)」ではなかっただろうか。かつて自分がされて嫌だったことを、わが子にそのまま押しつけてはいないだろうか。「親なんだから、子どもが親の言うことを聞くのは当たり前」と、いつまでも子どもを親の所有物だと考えていないだろうか。子どもを本当に愛するということは、いつか一人前の人間として認め、信じて、親の引力圏から離して(解き放つ)ことではないだろうか。
ここで、野口体操の創始者、野口三千三さんの言葉を、私自身を含むすべての父親と母親に捧げる。
信ずるとは、負けることである。/信ずるとは、任せることである。/任せるとは、負けることである。
【プロフィール】
原山 建郎(はらやま たつろう)
出版ジャーナリスト・武蔵野大学仏教文化研究所研究員・日本東方医学会学術委員
1946年長野県生まれ。1968年早稲田大学第一商学部卒業後、㈱主婦の友社入社。『主婦の友』、『アイ』、『わたしの健康』等の雑誌記者としてキャリアを積み、1984~1990年まで『わたしの健康』(現在は『健康』)編集長。1996~1999年まで取締役(編集・制作担当)。2003年よりフリー・ジャーナリストとして、本格的な執筆・講演および出版プロデュース活動に入る。
2016年3月まで、武蔵野大学文学部非常勤講師、文教大学情報学部非常勤講師。専門分野はコミュニケーション論、和語でとらえる仏教的身体論など。
おもな著書に『からだのメッセージを聴く』(集英社文庫・2001年)、『「米百俵」の精神(こころ)』(主婦の友社・2001年)、『身心やわらか健康法』(光文社カッパブックス・2002年)、『最新・最強のサプリメント大事典』(昭文社・2004年)などがある。
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