連載「つたえること・つたわるもの」(48)
新しい「意味」を生む対話の身体性、クリエイティブな関係性。
連載 2018-09-11
私にもそのような体験がある。数年前、東洋鍼灸専門学校で「社会学」を講じたときのことだ。
一つは赤っ恥体験。「生体力学(地球の重力、自分の体重)」の話をしたとき、地球の引力(地球の中心に向かって引っ張る力)と重力(地球の自転によっておこる遠心力+地球の引力)を不正確に伝えたことを、理工学部大学院生でもある学生C(鍼灸専門学校の学生は、30~60歳代の社会人が多い)から指摘された。そのときは、「私の勉強不足です。来週までによく調べて、改めて重力の話をします」と頭を下げた。
翌日、別の大学の非常勤講師室で、物理学の教員に緊急レクチャーを受けた。気の毒に思われたのか、高校の物理学教科書を貸していただいて猛勉強。授業資料も新しいものにバージョンアップして、翌週の授業に臨んだところ、学生諸君からあたたかい笑顔をプレゼントされた。ここでは、教える立場の私自身が、専門知識を持つ学生の指導を受けて、新しい意味(高校物理の再試験?)を見つけることができた。
もう一つは、「そんなつもりじゃ」体験。東洋医学と西洋医学の違いを強調するための例え話として、「3分間診療の西洋医学の医師はパソコンの情報だけを見て、患者の身体を診ていない。たっぷり時間をかけて、患者の身体と心を診る鍼灸師など東洋医学の診察は……」と話したその晩、看護師でもある女子学生Dからメールが届いた。「原山先生が例に出した西洋医学の医師がすべてではありません。私の勤務している病院の医師は、患者さんの身体と心を親身になって診察しています」という抗議メールだった。ここで「そんなつもりじゃ……」と返信すれば、言葉を繕っただけの、空疎な言い訳になる。一所懸命、患者の治療に当たる西洋医学の医師とともに働く看護師の学生の心を、私の「心ない言葉」が傷つけていたのだ。
翌週の授業の冒頭、「先週の授業で、私は一所懸命患者のために尽くしている西洋医学の医師、看護師を傷つける発言をしました。申し訳ありません」と、頭を下げた。「私の真意は……」などの言い訳は一切しなかった。問題はプロセスではなく、東洋医学と西洋医学の両面から患者の診察・治療をめざす、看護師の学生Dの心を揶揄するような話をしたという結果である。その晩、またメールが届いた。「言い訳なしで、頭を下げたことに感動しました」と書かれていた。彼女の心が、まっすぐ私に届いた瞬間だった。
大学院生でもある学生Cが私の誤りをスルーして何も言わなかったら、看護師でもある学生Dが抗議のメールをくれなかったら、どうなっていただろう。いまになって想像するだけで、ぞっとする。
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